第472話 暗中模索

 何の前触れもなく、その日は訪れた。

 イクセルの家で話し合ってから約一週間後の出来事だった。


 手口は同じ。

 ただし、今回は小さな紙切れ一枚だけではなく、やや厚みを持った封筒が机の中にひっそりと置かれてあった。


 中を見るまでもなく見当はついていたが、送り主は案の定イクセルだった。

 手紙には『時刻は深夜三時。場所は王都からおよそ北方五十キロ先にある小都市クヴァルテール。イクセル』。

 不親切なことに文章はそれだけ。時間と場所だけが指定されており、詳細は一切書かれていない。

 その代わり……とは少し違うかもしれないが、封筒の中にはもう一枚の紙が入っていた。


 それは地図。

 王都ヴィンテルから小都市クヴァルテールまでの経路が詳細に書かれている地図が一枚封入されていたのだ。

 その地図は手書きではなく市販されているものなのか、かなり精巧にかかれており、地形や魔物の出現エリア等々のデータまでもが事細かに記載されていた。


 要するに、だ。この手紙と地図は招待状――もとい、召喚状といったところなのだろう。


 こちらの予定を確認せずに一方的に送りつけられた手紙だったが、つい先日情報提供を受けてしまった手前、ここは応じざるを得ない。

 それに何より、これは俺たちにとっても絶好の機会でもあるのだ。依然として、アーテの企みの全貌はぼんやりとしか見えて来ないままだが、着実に近付いてきているのでは、という実感が俺にはあった。


 もしかしたらこの件を切っ掛けに、何かが大きく前進するかもしれない。

 そんな予感を覚えずにはいられなかったのである。




 学院から帰るや否や、俺はすぐさまディアとフラム、そして自室でぐぅすかと惰眠を貪っていたプリュイ叩き起こし俺の部屋に呼んだ。目的はもちろん、イクセルからの手紙についてだ。


 回し読みする形で三人には手紙と地図を見てもらい、早速話に移る。


「――で、プリュイに一つ訊きたいことがある。手紙には日付が書いてなかったんだけど、この手紙が指し示す日付は今日……じゃなくて正確には明日か。その認識で合ってる?」


「んー……多分合っていると思うが、自信はないぞー……。ふぁ~ぁ……今日動くことは訊かされているが、場所までは覚えておらぬし。それに妾は暴れるだけだからな」


 寝ぼけ眼を擦りながらの発言だったが、覚えていないと言われてしまった以上、いくら追及しても無駄だろう。どうせプリュイだ、寝起きじゃなく意識がハッキリとしていたとしても、同じ台詞が返って来ていたに違いない。


「チッ……相変わらず使えない奴だな」


 呆れた眼差しと共に辛辣な言葉をプリュイに浴びせるフラム。

 当然、プリュイは声を大にして反論しようとしたが……。


「――ぬぁんだとぉ!? お前にだけは言われたくないわっ! こんのぉ、クソババ――痛っ! 痛いっ! おいっ、やめっ……」


 強烈なアイアンクローがプリュイを襲い、その頭蓋骨を今にも砕こうとしていた。

 ミシミシと背筋が凍るようなおぞましい音が聴こえてくるが、いつものことなのでスルーだ。二人を放置し、ディアと話を進めていく。


「それにしても急過ぎるな……。五十キロも離れた場所なのに当日になって連絡を寄越して来るなんてさ」


 現在の時刻は午後六時を少し過ぎたあたり。

 手紙に書かれてある時刻まで残り九時間を切っていた。馬車に揺られながらゆっくりと向かうには時間が足りそうにない。正直言って無茶振りも良いところだろう。


「地図を見る限り、整備された街道だけを進むわけにはいかないみたいだし、ちょっと大変だけど走っていくしかなさそうだね」


 今日も今日とて天気は雪、時々猛吹雪。

 王都には結界が張られているため、雪どころか寒さすら感じることはないが、王都の外は違う。

 主要な街道こそ雪が降り積もらないよう魔法(魔道具)の力によってしっかりと整備されているのだが、街道を少しでも外れてしまえば膝や腰のあたりまで雪が積もっていても何らおかしくはない。

 馬車はおろか、馬に直接乗ったとしても短時間で辿り着くことは難しいだろう。


 まあ、そもそものところ、俺には騎乗技術がないため、馬に跨がることすらできないのだが。


 何はともあれ、小都市クヴァルテールまでは走っていくしかなさそうだ。

 全力で飛ばせば悪路を考慮に入れても一時間もあれば悠々と到着できるだろう。体力に余裕を残しておくためにも、出発は深夜の一時くらいがちょうどいいのかもしれない。


 結局、ディアと二人だけで粛々と話を詰めていった。

 フラムはプリュイとじゃれ合っていたようだが、俺たちの話を盗み聞きするくらいのことは造作もないはずだ。話を訊いていたという前提のもと、更に話を進めていく。


「ところでプリュイは夜に向けた準備をしなくていいの?」


 痛みのあまり両手で頭を抱え、うずくまっていたプリュイに話を振る。

 プリュイの予定……というよりも、『七賢人セブン・ウィザーズ』がいつ動き出すのかを聞き出すためだ。


「うぅ……。わ、妾たちは転移門を使うからな、二時に隠れ家に集まることになっている」


 やや涙声になっていたが、心配するだけ損だと華麗に無視する。


「自分たちは転移を使って向かうってことか。相乗り?させてもらえればこちらとしても楽できるんだけど、まあ無理な話か……」


 今回俺たち『紅』が『七賢人』もとい『義賊』を監視することを知っている人物は僅か三人のみ。

 手紙の差出人であるイクセルと、『七賢人』のリーダーであるカタリーナ王女、そして内偵役として、今そこでうずくまっている頼り無さそうなプリュイだけ。

 当然ながら、俺たちの存在(監視)を他のメンバーに知られるわけにはいかない。そういうこともあって一緒に移動するなど論外なのである。


 移動のことを考え、憂鬱になりかけていた俺にフラムが声をかけてくる。


「主よ、聞き忘れていたんだが、私も付いていった方がいいのか?」


 何を当たり前のことを――と、言いかけたが、寸でのところで踏みとどまり、フラムが呈した疑問に納得を示す。


 フラムにはアリシアを守るという約束……いや、制約があるのだ。

 屋敷の中にはアリシアの専属騎士であるセレストさんを筆頭に、数名の騎士が常に滞在しているため、危険に晒されるようなことになることはまずあり得ないとは思うが、万が一ということもある。

 その際にフラムが屋敷にいるかどうかで状況が大きく変わることは火を見るよりも明らかだ。例えどんな非常事態に陥ろうとも、フラムなら絶対的な守護神としてアリシアを守り抜くだろう。


 おそらくフラムは迷っているのだ。

 アリシアが危険に晒される可能性が限り無くゼロに近いとは知っているものの、果たしてアリシアの傍から離れていいものなのか、と。


 フラムの気持ちは十分に理解できる。理解はできるが、今回の件に関してはフラムの協力が必要不可欠だと俺は思っている。

 容疑者の最筆頭であるマルティナの能力を容易く見破ることができるその慧眼が必要になってくるだろうと予想しているからだ。


 故に俺はフラムに妥協案を提出することにした。


「ああ。フラムがアリシアのことを心配していることはわかってるけど、俺としては付いてきてもらいたいと思ってる。だからこうしないか?」


「ふむ……主には良案があると?」


「良案と言えるほどのことじゃないかもしれないけど、一応考えはあるよ。俺の部屋にゲートを設置して、フラムが屋敷から離れる時間をできるだけ短く済むようにしようかなってさ。行きは俺とディアだけで何とかするから、俺がゲートを繋ぎ、時間が来るまでフラムには屋敷に留まってもらって警備をしてもらうって感じでどうかな? これならもし何か起きたとしてもすぐに屋敷に戻れるし」


 その際には俺の幻影も屋敷に置いておいた方がいいだろう。

 距離が離れすぎてしまうため自由自在・臨機応変に幻影を動かすことはできないが、異常を俺に伝えるくらいのことなら問題なくできる。

 まあそんなことをしなくてもフラムなら何かしらの方法で異常を察知できるかもしれないが、念のための保険として十分に役立ってくれるはずだ。


 俺の説明を訊いたフラムは一切悩むような素振りを見せることなく、ニヤリと口元に笑みを浮かべながら首を縦を振った。フラムからの信用と信頼がひしひしと伝わってくる。


「うむ、なら決まりだな。プリュイよ、お前もしっかりと務めを果たすのだぞ?」


「――ふんっ! 言われなくともわかっている! 何かあったらお前たちに知らせればいいのだろう? もしその様な時が来たら、ドカンと夜空に氷の大華を咲かせてくれる! わーっはっはっはっはっ!」


 プリュイの自信に満ち満ちた高笑いを訊き、逆に一抹の不安を抱いてしまったが、一応これにて話は全て纏まったと言っていいだろう。


 彼女たち『七賢人』の詳細な作戦も行動経路も何も訊かされていない中で監視役を務めなければならないため、色々と苦労しそうだが、そこは出たとこ勝負だ。



 こうして俺たち『紅』とプリュイは、来るべき時に備えていったのだった。

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