第456話 婉曲
つい先日から月が変わり、二月になったばかり。
クラス替え試験を終えてからというもの、俺たちは代わり映えのしない日常を送っている。
平日は学院に通い、休日は自由気ままに休みを満喫する。
退屈に思うことはあるが、そんなゆったりとした日々を送るのも決して悪くはない。だがそれと同時に、代わり映えのしない日常に俺は焦りを感じていた。
俺たちがマギア王国に来た理由は、アーテのあの言葉にあるのだから。
――春になったら私の配下がマギア王国で騒動を起こす。
あの時のアーテの言葉はかなり聞き取りづらかったが、その内容は概ねこんなところだったはずだ。
そんな不穏な言葉を訊き、アーテの配下が起こそうとしている騒動を、蛮行を止めるために、俺たちはエドガー国王に無理を言ってマギア王国に潜り込んだのだ。
にもかかわらず、俺たちはこの日まで何一つとして手掛かりを掴めずにいる。
本当に騒動が起こるのか。
あの言葉は嘘なのではないか。
そういった希望的観測が脳裏を過るが、アーテの言葉を簡単に嘘だと決めつけるのは危険だ。
取り越し苦労になってもいい。むしろそうであって欲しいと願いながらも、俺たちは騒動が起こるとされている春に備えなければならないだろう。
だが、今の俺たちには騒動の前兆を掴む術はない。
仮にもラバール王国の留学生という立場である以上、好き勝手な行動は当然ながら慎まなければならず、今の俺たちにできることは限られている。
そうした状況に陥っている俺たちの当面の目標は、この国の……マギア王国の第一王女であるカタリーナ・ギア・フレーリンと友誼を結び、情報を得ることだ。
この国の王女であるカタリーナ王女ならば、この国の変化や異常にいち早く気付ける立場にあることは明白。同じクラスメイトでもある彼女から何かしらの情報を引き出すことができれば、手詰まりになっている俺たちの状況も打破できるかもしれない。
打算的な友好関係の構築。
良心が全く痛まないと言えば嘘になるが、その辺りは割り切る他にないだろう。それにカタリーナ王女からしてみても、俺たちと友誼を結ぶことは大きなメリットとなるはずだ。
彼女がこだわる『
俺たち『紅』とカタリーナ王女ならば、WIN-WINの関係が築けるに違いない。
そんなことを考えながら、俺は昼休み前最後の授業にぼんやりと耳を傾けていた。
授業が終わり、待ちに待った昼休みとなる。
カタリーナ王女と友誼を結びたいと考えていた俺は、早速行動を起こすことにした。
「カタリーナ王女を昼食に誘おうと思ってるんだけど、どうかな?」
流石に俺とカタリーナ王女との二人きりで昼食を取るというのはハードルが高い、高過ぎる。自意識過剰かもしれないが、もしかしたら周囲に要らぬ誤解を生んでしまうかもしれない。
ともなればここは一つ、ディアたちに協力してもらった方が無難だろう。
「どうしたの? 急に」
至極真っ当な疑問の声がディアから上がる。
それに対して俺は、つい今しがた思いついた考えを説明しようと思った――が、すぐ近くにはアリシアがいることもあって、曖昧な説明で留めた。
「クラスにもだいぶ馴染めて来た頃だし、そろそろ交友関係も広げておこうと思ってさ」
「うん、わかった。そういうことなら」
「……ふむ、なるほどな。私は構わないぞ」
今の言葉だけで俺の思惑をディアとフラムは察してくれたらしく、特に嫌がる素振りもみせず、素直に頷いた。
「交友関係を広げる……素晴らしい考えだと思います。ですが……」
俺たちの思惑を知らないながらに賛同してくれたアリシアは、そう言いながら横目でカタリーナ王女がいる方向を見つめる。
するとそこには授業が終わった途端に、机に突っ伏したと思われるカタリーナ王女の姿があった。
「理由はわかりませんが、どうやらお疲れのようです」
「そうみたいだね……」
俺にはカタリーナ王女が疲れている理由に心当たりがあった。
情報源はプリュイのため、少々信憑性には欠けるが、連日連夜『義賊』として精力的に活動し続けてきたが故に疲れているのだろう。
カタリーナ王女の素顔を知っている俺からしてみれば、例え彼女が机に突っ伏していたとしても不思議には思わないし、然程気に留めることでもない。
しかしカタリーナ王女は基本的には学院の中でも人の目があるところでは王女らしい振る舞いを心掛けていたはずだ。にもかかわらず、人目を気にせずに机に突っ伏しているということは余程疲弊しているのだろう。
そのようなタイミングで声を掛けるのはいくらなんでも憚られる。友好関係を構築しようと考えているのに強引に食事になんて誘えば彼女の機嫌を損ねるような結果になりかねない。
仕方がない、今日は諦めて別の日に……そう考え、カタリーナ王女から視線を外そうとした時だった。
身体に鞭を打ちながらゆっくりと姿勢を正したのであろうカタリーナ王女と視線が交差したのは。
「……」
「……」
目と目が合う。
俺は軽く会釈だけで済ませるつもりだったが、こちらを見つめる潤んだ白銀の瞳が、俺の足をその場に縫いつけてきたのだ。
そしてカタリーナ王女は俺から視線を離さないまま席から立ち上がると優雅な仕草でこちらに近づき、開口一番こう言った。
「昼食、ご一緒しても?」
顔色は悪く、よく見てみると目も充血している。
明らかに体調が悪そうにもかかわらず、何故カタリーナ王女は俺たちを昼食に誘ったのだろうか。
こちらとしては願ってもない機会だが、彼女の思惑がわからないのは些か不気味だ。
カタリーナ王女のことを気にしながら食べる昼食は味がほとんどしないが、さっさと胃の中に詰め込むとしよう。
未だ食べ続けているフラムを除き、全員が皿を空っぽにし、ようやく会話らしい会話が始まる。
真っ先に話題を提供したのは、この昼食会を提案したカタリーナ王女だった。
「そう言えば近頃、また『義賊』の動きが活発化しているそうですよ。彼等の性質上、アリシアや皆さんに被害が及ぶことはないでしょうが、お気をつけ下さい」
どの口が、と思わずにはいられない話題に、つい咳き込みそうになる。が、そこはぐっと堪え、何故彼女がそんなことを言い出したのかを考える。
字面だけを考えるならば、脅迫や牽制のようにも捉えられる発言だ。しかし、そんな安直過ぎる脅迫や牽制を彼女がしてくるかと考えると、答えはノーだ。
ここにいるメンバーはアリシア以外の全員が『義賊』の正体を知っている。にもかかわらず、彼女がわざわざ『義賊』に対する注意喚起を行うはずがない。
ならば、カタリーナ王女が持ち出した『義賊』というキーワードに注目し、そこから話を広げていくべきだろう。
「ご忠告痛み入ります。『義賊』の標的にならないことを祈るばかりです」
友好関係の構築を目標としているにもかかわらず、少々堅苦しい言葉遣いになってしまったが、そこそこ無難な返事ができたはず。この俺の言葉に対し、カタリーナ王女がどう言葉を返してくるのか注目だ。
「そこまで畏まらないで下さい。そもそも悪いのは、未だに『義賊』を捕らえらていないマギア王国の手際の悪さなのですから。ですがここだけの話、近頃は『義賊』を捕らえる一歩手前までは何度か迫ることができていたそうです。結果的には逃げられてしまっているので、あまり自慢できるようなことではありませんが……」
「……捕らえる一歩手前、ですか?」
そう俺が問い返すと、彼女は草臥れた笑みを浮かべたのであった。
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