第455話 疲労と休息

 フレーデン公爵領に視察団が訪れ、マルティナの疲労がより酷く蓄積していくその一方で、カタリーナたち『七賢人セブン・ウィザーズ』もとい『義賊』は快進撃を続けていた。


 マルティナの代役をカルロッタが務めるようになったことで、十分な監視網の構築こそ成し得なかったものの、カルロッタは的確に標的を見定め、罠の気配を嗅ぎ分け、仲間を危機に曝すことなく導くことに成功。


 罠さえ無ければプリュイを含めた精鋭七人を止めることは誰にもできなかったのだ。

 そして瞬く間に『義賊』の活躍は国中に広がっていっていた。


 だが、マルティナが欠けたことによる弊害もまたあることも事実だった。

 監視網が無くなってしまったことで『七賢人』の目を掻い潜るものが多数現れていたのである。

 それは『義賊』の株が再浮上した今でも変わらない。むしろ以前よりも動き出しが鈍くなったことを悟られたのかはわからないが、国中の物資の移動が活発化し始めていたのだ。

 そのおかげで標的の選定に以前ほど時間は掛からなくなってきていたが、そのことで喜ぶのはただ宝だけを求めて活動に参加しているプリュイだけ。その他のメンバーは物資の移動が活発化したことを嘆き、頭を抱えていた。


 夜も更け、今日も今日とて『義賊』として暗躍していた七人は、眠気に抗いながらも『賢者の部屋』に戻ってくる。


「ふぁ〜……。眠っ……」


 仮面を外すなり大欠伸をかましたオルバーは目を擦りながらどかっと椅子に腰を下ろす。

 体力面では大して疲れは溜まっていなかったが、眠気だけは別。学院生活と平行して、連日連夜のように活動していたこともあって、眠気は限界に達しようとしていた。

 もちろん、それは体力バカであるオルバーだけに留まらない。


 プリュイを除く誰しもが瞼を重くし、集中力が散漫になりかけている始末。特に王女という肩書きをも持つカタリーナと、マルティナの代役として慣れないことをやっているカルロッタの疲労は他のメンバーと比べてみても別格だった。


 身体が、脳が睡眠を欲しているのか、いくら欠伸を噛み殺そうとも、際限なく睡魔が二人を襲う。

 カタリーナはリーダーとして、そして王女としてのプライドで欠伸を我慢し続け隠し通そうとしているが、その目には今にも溢れて来そうなほど涙が溜まっている。

 そしてカルロッタはというと、彼女の顔色は誰の目からみても最悪そのもの。目の下には酷い隈ができており、そのせいか目付きが凶悪なものに見えてしまっていた。


「リーナ、カルロッタ、大丈夫……か?」


 二人の体調の悪化具合にいち早く気が付いていたイクセルが、やや遠慮がちな声音で二人に声を掛ける。


「あはは……イクセルは心配性ッスね。私は全然大丈夫ッスよ」


「……そうは見えねえけどな」


 笑ってみせるカタリーナだったが、それは明らかに空元気だった。女性の機微に疎いオルバーでさえ、カタリーナが虚勢を張っているであろうことは簡単に見抜けていたほどに、カタリーナは無理な笑みを浮かべていたのだ。


「……私も問題はない。……少し慣れないことをしているせいで多少疲れているのは事実だが、時期に慣れてくるだろう」


「「……」」


 上半身をテーブルに預けながらそんなことを言うカルロッタの言葉に説得力なんてものがあるはずもなく、カルロッタの言葉に耳を傾けていたものは、こぞって反応に困り果てる。


 そんな中でもイクセルは自分に与えられた参謀という役割を忘れない。


「皆、訊いてくれ。物資の移動が盛んになっていることは看過できないが、俺たちの疲労もそろそろ限界が近い。眠気に関しては俺のスキルをもってしてもどうにもできないしな。それにこのまま無理を続ければ、いずれ大きな過ちを犯してしまう可能性だって充分にある。ここは一度休息を入れるべきだと俺は考えているんだが、皆の意見が訊きたい」


 イクセルの提案は一時的な休息を入れようというものだった。


 カルロッタが『義賊』としての活動に加わった日からこれまでの間、好調を維持し続けているのは確かだ。しかし、いくら好調だからといって自分たちの体調管理を後回しにしてもいいということには繋がらない。

 好調だからこそ無理をし続けたい気持ちはイクセルにも十分理解できる。現に今日の活動にゴーサインを出したのもイクセルだった。

 しかし今日一日、カタリーナとカルロッタの顔色や身体のキレを観察し続けてみた結果、イクセルは休息が必要不可欠であると判断を下したのである。

 無論、二人に限った話ではない。イクセル自身はもちろんのこと、プリュイという常識の範疇にいない者を除き、全員が休息を欲していた。


 今もなお、元気そうに今回の活動で手に入った盗品に良い物がないかを目定めているプリュイを放置し、イクセルは一人ひとりの顔を見詰めながら、再度問い掛ける。


「物資の流れを止めたいという気持ちは十分に理解できる。だが、いくら今の俺たちが頑張ろうと、この流れは止まることはないだろう。もし止めるのならばマルティナの力が絶対に必要なのは皆もわかっているはずだ。それでも身体に鞭を打ち続け、活動を続けたいか?」


「……もしや私のことを心配しているのか? ……もしそうであれば先ほども言ったが、問題はない」


 と、カルロッタは言うものの、その声にはいつにも増して覇気はなく、説得力を持たない。


「カルロッタ、お前は日頃から研究に明け暮れているから多少は寝不足にもなれているのだろうが、もしお前がミスを犯し、仲間が怪我を負うことになったとしても、同じことが言えるのか?」


「……なるほど、な。……私には無かった視点だ。……研究のミスは自身の力でいくらでも挽回できる自信はあるが、こと戦闘に限れば、確かに大言壮語することはできないな。……私一人のミスが全員に波及するとなれば、私は大人しく皆の意見に従うとしよう」


 カルロッタは元より無理をするつもりは無かった。ただ単に『足を引っ張りたくない』、その一心で周囲と歩調を合わせようとしただけに過ぎない。


 カルロッタの説得に成功したイクセルは次にカタリーナの相手をする。


「リーナ、お前はどう考えている。素直な気持ちを教えて欲しい」


「素直な気持ち、ッスか……。なら、率直に言わせてもらうッスけど、私たちに休んでいる暇なんてない、そう思ってるッスよ? けど、それは理想論に過ぎないってのも十分わかってるッス。どんなに強靭な肉体を持っていようが、どんなに強力なスキルを持っていようが、人である以上は休息を欠かすことはできない。適度な休息がなければ人は持てる力の全てを発揮することは難しい。いくら焦っていても、冷静に考えればそれくらいのことは理解できるッスよ。だから今回はイクセルの言葉に従うことにするッス。それに、マルティナがいなければどのみち、今の流れを止めることはできそうにないッスからね」


 カルロッタに続き、カタリーナからも言質が取れた。ともなれば後は残りのメンバーになるのだが、リーダーであるカタリーナと、参謀であるイクセルの意見に反してまで休息なんて必要ないと訴え掛けてくるものはいようはずもなかった。――たった一人を除いて。


「なに!? 休もうというのか!? この軟弱者どもめっ!」


「「……」」


 冷たい視線がプリュイに突き刺さる。

 それも一人や二人ではない。プリュイを除く全員からの冷たい視線だ。


「な、なんだ、その目は!」


「「……」」


 誰も何も言わない。ただ無言の圧力だけがプリュイに襲い掛かる。


「……ぐぬぬぬっ」


「「……」」


 そう、『七賢人』はプリュイの扱い方を熟知し始めていたのだ。

 期間こそ短いが、行動を共にした数はかなりのもの。幾度となく行動を共にしていれば、嫌でもプリュイの性格を、扱い方を習得できてしまう。

 プリュイに言葉での説得は困難。基本的には物で釣る方法が手っ取り早いが、今行っているような無言の圧力もプリュイには効果覿面なのであった。


「ええいっ! もう勝手にするがよい! さっさと身体を休めろ、この軟弱者どもめっ! ばーか! ばーか!」


「「……折れた」」


「「……折れたな」」


 へそを曲げてそっぽを向いてしまったプリュイはそのまま放置され、イクセルがこの場を締めにかかる。


「今日より三日間は学院生活だけを送り、休息とする。異論はないな?」


 全員が頷いたことを確認し、言葉を続ける。


「なら決定だ。だが、ただ休むだけでは時間が勿体無いとは思わないか? そこで、だ。一つ宿題を設けたいと思っている」


「宿題かい? 休むことが目的なのに?」


 唐突なイクセルの提案にそれまで黙っていたアクセルが疑問を呈する。


「ああ、少し頭を使うだけのな。宿題の内容、それは――何故俺たちは急に罠に掛からなくなったのか、だ。ざっくりとでいい、それを各々考えてきて欲しい。俺からは以上だ」


 そう締めくくり、その日は解散となった。

 束の間の休息。されどイクセルが設けた宿題は『七賢人』の頭を大いに悩ませることになる。

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