第457話 二つの感情

 カタリーナ王女の草臥れた笑みを見て、俺は推測を立てる。そして推測を確信にするため、疑問を投げ掛けることにした。


「話せる範囲で構いません。どのような手で『義賊』を追い詰めたのですか?」


「……残念ながら、私にも知らされていません。『対義賊』の政策を誰が打ち出したのか、その指揮を誰が取っているのかさえも知らされていないのです。唯一わかっていることと言えば、何らかの方法で事前に『義賊』が狙う標的を特定し、罠を張ることで『義賊』を追い詰めていることくらいでしょうか」


 今の返答でカタリーナ王女が俺たちに何を伝えたいのかが、これではっきりと見えてきた。


 そう――彼女は俺たち『紅』に答えを求めているのだ。

 彼女たち『義賊』を幾度となく罠に嵌め、追い詰めた『何らかの方法』とやらを。


 アリシアがいる手前、はっきりと教えを乞うことができず、随分と遠回しな言い方になっているようだが、あながち俺の推測は間違っていないはずだ。

 とはいえ、腑に落ちない点もある。

 俺が知る限りでは、ここ最近のプリュイの機嫌はかなり上々。プリュイの機嫌から察するに、プリュイは『義賊』としての活動を経て、『七賢人セブン・ウィザーズ』から報酬をたんまりと受け取っているとみて間違いないのだ。

 それに加え、この国にいれば、嫌というほど耳に入ってくる『義賊』が活躍しているという噂話。もちろん所詮は噂話のため、信憑性にはやや欠けるものがあるが、全てが嘘と言い訳ではないだろう。


 カタリーナ王女の話と、そしてプリュイの機嫌の良さと噂話を加味して考えると、失敗半分、成功半分と言ったところなのかもしれない。


「他国の人間が口を挟むことではないかもしれませんが、マギア王国にとって『義賊』が捕まることは果たして良いことなのでしょうか。悪を挫き、貧しき民を助ける。例えその行為が法を犯しているとはいえ、救われている民がいることもまた確かなはず。リーナはその辺りのことをどのように考えているのですか?」


 俺が考え耽っているうちに、真面目な顔をしたアリシアが会話に加わってきていた。アリシアの口振りからして、彼女が比較的『義賊』を好意的に思っているのであろうことは想像に難くない。

 『義賊』の正体を全く知らないアリシアの言葉に対し、カタリーナ王女がどう受け取るのかは正直、気になるところだ。

 心の中で能天気だと嘲笑い、秘密を隠し通したまま王女としての立場で上辺だけの綺麗事を並び立てるのか、もしくはアリシアを信じ、隠し通してきた秘密を明かすのか。


 俺たちからしてみると、さっさと『義賊』の正体をアリシアにも明かしてくれた方がありがたい。

 相談に乗ってあげるにしろ、今のように遠回しな言い方をせずに済むし、こちらとしても色々と手っ取り早いからだ。

 それに、俺たち『紅』が『義賊』の正体を知ってしまっている以上、アリシアに正体を隠し通す意味はかなり薄いはず。王女故に、他国の権力者……それも王女に弱味を握られたくない気持ちはわからないでもないが、話し合いをスムーズにするためにも、それらの想いを封じ込めてほしいものだ。無論、俺たちを信用してくれるならば、の話にはなるが。


「……なかなか難しい質問ですね。ですが、正直に申しますと、マギア王国第一王女の立場からすれば、『義賊』は許される存在ではありません。秩序を乱し、国家の威信を失墜させる憎むべき犯罪者集団です。例え貧しき民衆を救っているのだとしても、彼らが法を犯している以上、見過ごすことはできません。感情だけで物事の善悪を決めることなど愚かでしかありませんから。ただ……」


 そこでカタリーナ王女は言葉を区切ると、次の瞬間には王女の仮面を脱ぎ捨て、熱く野心に満ちた表情を覗かせていた。


「個人的には、例え愚かだと言われようと信念を貫き続ける彼らの姿勢は嫌いではありません。それがこの国の未来に繋がるのなら」


 『王女』としての立場であれ、『義賊』としての立場であれ、彼女の想いは一貫している。


 ――全てはこの国の未来のために。


 カタリーナ王女が『義賊』として活動するに至った経緯はわからない。だが、この想いだけは確かだろう。


「……辛いですね」


 アリシアがポツリとそう溢す。


「……辛い? 一体何のこと――」


 全てを言い切る前にアリシアがカタリーナ王女の言葉を遮る。


「王女としての自分と、そうじゃない自分。この二人の自分に板挟みにされる気持ちは、私にもわかりますから」


「……」


 同じ王女だからこそ、その言葉には重みがあった。

 一個人としての感情を優先できず、その地位に相応しい振る舞いをしなければならない苦しさと辛さは、この場にはアリシアとカタリーナ王女の二人しか共有できる者はいないのだから。


 意外感からか、あるいは驚愕からかは知らないが、白銀の瞳を瞬かせ、カタリーナ王女は黙り込んでしまっていた。

 そんな彼女に向けて、アリシアは優しく微笑んだ。


「次の授業の予習をしておきたいので、私は先に失礼させていただきますね。皆様はごゆっくり、では――」


 それだけ言い残し、アリシアは一人きりで颯爽と食堂を後にしてしまった。

 そうしてテーブルに残されたのは、俺たち『紅』とカタリーナ王女だけ。つまり『義賊』の正体を知る者だけとなった。


 もしかしたらアリシアは薄々『義賊』の正体を……いや、それは流石に考えすぎだろう。


「気を使ってくれた? いや、まさか……」


 どうやらカタリーナ王女も俺と同じことを考えていたらしい。

 だが、彼女はすぐさまその考えを捨て、俺たち三人に白銀の瞳を向けてきた。


「――単刀直入に訊かせて下さい。『義賊』の動きを掴む方法はありますか?」


 言葉遣いこそ人目を気にしたものだったが、その内容は直球そのもの。

 カタリーナ王女は俺たち三人に助けを、ヒントを、答えを求めてきたのであった。


 しかし残念なことに、少なくとも俺にはその答えがわからない。

 初めて『義賊』と遭遇したあの日の夜は、『義賊』が来ることを前提として動いていたからこそ、万全の状態で迎え撃つことができたのだ。だが、もしその前提が無ければ、転移門を使って突如として現れた『義賊』を万全の状態で迎え撃つことは難しかったに違いない。ましてや、罠を張って待つなど不可能とも呼べる所業だろう。


 如何にして『義賊』を罠に嵌めることができるのか、俺には全く見当がつかなかった。

 それはディアも同じだったようで、暫しの間、難しい顔をしていたが、最終的には首を左右に振っていた。


 未来予知、裏切り、あるいは容疑者として『七賢人』が監視されている可能性なども追ったが、所詮はどれも憶測に過ぎず、決定打に欠いている。

 もし下手に憶測を口にしようものならカタリーナ王女からの反感を買う恐れもあるので、決定的なものがない限りは黙っていた方がいいだろう。

 それに何より、タダで情報を与えるのは面白くない。

 いくら友好関係を結ぼうと考えていても、相手ばかりが得をするような関係になることは望ましいものとは言えないだろう。

 そういった点からも俺はディアと同様に口を閉ざすことにした。


「……無理を言ってしまいましたね。忘れて下さ――」


 俺たちの鈍い反応から察し、諦めた様子のカタリーナ王女の言葉を、それまで黙々と食事を続けていたフラムが遮った。


「――完璧に、とはいかないが、ある程度の推測なら立てられるぞ」


「……えっ? 本当ですかっ!?」


 驚きを隠しきれなかったのか、カタリーナ王女は目を丸くすると、大声を出しながら身体をテーブルの上に乗り出していた。

 学院生とはいえ、彼女は王女だ。大声を上げてしまえば必然的に注目を浴びてしまうのは避けられない。


「……お騒がせしてしまい、申し訳ございません」


 赤面させながらも丁寧に頭を下げ、騒ぎの収束を図る。

 奇妙な光景を見た、という視線こそ向けられたものの、騒ぎは一瞬にして沈静化された。


「……それで、ある程度の推測が立てられるというのは本当ですか?」


 カタリーナ王女は席に座り直し、声を潜めて改めてフラムに尋ねる。


「うむ。しかし、これしきの推測でいいのなら、プリュイの奴でも簡単に思いつきそうなものだが……」


「……? プリュイさん?」


「まあいい。それで、私の推測なんだが――」


 フラムが何に気付いたのかは知らないが、この期に及んでふざけたことを口にするとは思えない。何かしらの自信や根拠があっての発言だと察した俺は、咄嗟に横から口を挟んだ。


「――ちょっと待ってくれ、フラム」


「なんだ、主よ。人がせっかく悦に入ろうと思っていたのに」


 面白くないと言わんばかりの表情を向けられるが、俺はそれを完全に無視し、カタリーナ王女に視線と笑みを向けた。


「ここは一つ、情報交換といきませんか?」

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