第448話 筋書き

 頓珍漢なことを言い出したフラムのせいで途端に空気が弛緩していきそうになる。

 それでもカタリーナは再度気を引き締め、手櫛で髪を整えているフラムから目を離さない。


 試合はまだ始まったばかり。

 牽制の意味合いもあった一撃をいとも容易く無効化されたことには多少の驚きはあったが、それも予想の範囲内の出来事。

 ただし、カタリーナの予想の範囲内だからといって、何かこれといった特別な打開策があるわけでもないことも確か。


 フラムが持つスキルや身体能力がどれほどのものなのかを慎重に見極める必要があるが、カタリーナの目にはフラムの実力の表層すら未だに覗けていないのが現状だった。


(考えなしに突っ込めば返り討ちに遭うのが関の山。とはいえ、コースケさんやディアさんの戦いぶりから鑑みるに、最終的にはあっさりと負けてくれそうッスけど、それじゃあつまらない。フラムさんの実力の一端を少しでも覗いてみたいッスね)


 息を大きく吸い込み、カタリーナは再度戦闘態勢に移行する。

 目下の目標はフラムの本当の実力を引き出すこと、そしてその実力を見極めることだ。『真の実力者』と今の自分との差を体験するにはこれ以上はない機会なのだから。


 カタリーナは剣を構える。

 構えると言っても、剣を地面に引き摺るようにだらりと右手に握っただけ。


「ふむ、次は剣か。良いだろう、いつでもかかって来い」


 カタリーナが発する闘志に気づいたフラムが不敵な笑みを見せる。

 そこには焦燥感も恐怖心もなく、あるのは好奇心だけ。傲慢とも捉えられるほどの余裕綽々な態度をもってカタリーナを迎える。


(その余裕そうな面の皮を剥がしてみせるっ――!)


 カタリーナの身体が、光を、雷を纏う。

 そして、思わず目を細めてしまうほどの光を纏ったカタリーナは次の瞬間、その姿を光に変えた。


 目にも止まらぬ速さで一筋の閃光がフラムに迫る。


 常人であれば、その光を目で追うことすらも敵わない。当然ながら、迎撃なんて以ての外だ。

 カタリーナがその気になれば、光が目に飛び込んできた時には既に相手は致命傷を追っているだろう。


 しかしフラムの実力は人間の尺度では到底計れ知ることなど不可能だった。


 閃光が瞬いた直後、金属が砕け散る音が鳴り響く。

 そして次に観客の目に飛び込んできたのは、胸ぐらを掴まれ持ち上げられたカタリーナと獰猛な笑みを見せるフラムだった。


「なかなか良い攻撃だったぞ。だが……まだまだ遅いな」


 刃を無くした剣は地面に転がり落ち、武器としての役割を終えている。

 首元を締め付けられ、苦しそうな表情を浮かべながらも、カタリーナは宙ぶらりんの状態のままフラムの側頭部目掛けて強烈な蹴りを放つ。


「――っと」


 強烈な蹴りをフラムは頭を僅かに逸らせ回避。

 結局、カタリーナの怒濤の攻撃の全てはフラムには一切通用することはなかった。


(くっ……ここまで強いんスか……。コースケさんといい、ディアさんといい、ラバール王国には化物がたくさんいるんスかね?)


「少し物足りないとはいえ、楽しくなってきたぞ。さあ、もう一度、だっ!」


 フラムはカタリーナの襟首を掴んだまま勢い良く投げつけた。


 地面と平行に豪速球で投げ飛ばされるカタリーナ。それでも場外負けギリギリのところで体勢を上手く立て直し、何とか踏み留まることに成功する。


 フラムの温情のお陰で敗北こそしなかったものの、これで剣は無くなった。残すは己が持つ身体とスキルのみ。

 とはいえこのまま戦っても勝算は皆無だろう。全力も全力で、なおかつ持てるスキル全てを出し尽くしてもかすり傷一つ付けられるかどうか。


 ともなればカタリーナに残された選択肢は一つしかない。

 切り札を隠したまま試合を続け、フラムが負けてくれるだろうその時を待つ、それだけだ。

 ただしこの場合、フラムの実力を測るという当初の目的は果たせなくなるが、致し方ないだろうと割り切る他ない。


(……やっぱり強かった、今回はそれがわかっただけでも十分とするッスかね。大勢の目がある中で『鏡面世界ミラージュ』は使いたくないッスから)


 カタリーナが持つ二つの伝説級レジェンドスキル『疾風迅雷ゲイル・サンダー』と『鏡面世界』の内、秘匿すべきスキルは『鏡面世界』であった。

 このスキルがあるお陰で『義賊』として活動する際に、王城を抜け出すことができるのだ。どちらも非常に強力なスキルではあるが、カタリーナの中では『疾風迅雷』よりも『鏡面世界』の方が重要度が上回っていたのである。


(戦いを楽しんでるフラムさんには悪いッスけど、ここから先も『疾風迅雷』だけで戦わせてもらう――ッスよっ!)


 カタリーナはスイッチを切り替え、ヒット&アウェイでフラムに挑む。


 音を置き去りにした超高速の一撃をカタリーナが放ち、フラムがそれをいとも容易く捌く。離れては近付き、そしてまたそれを繰り返す。

 両者ともに顔には笑みを浮かべてはいるものの、端から観ればその戦いは死闘に映ったことだろう。

 しかし二人はこの試験を、試合を純粋に楽しんでいた。

 度重なる猛攻を浴びせようとも、余裕の笑みが絶えない相手を目の前にしても尚、カタリーナは挑み続ける。


 額に汗を浮かばせ、肩で呼吸をするカタリーナと、涼しい顔で呼吸を乱さず攻撃の尽くをかわし、防ぎ切るフラム。




 それから二人の戦いは十分間に渡って続いた。


 その間、観客席にいた者たちはもはや興奮を通り越し、ただ唖然と二人の戦いを静かに眺めていただけ。

 そして十分が経った瞬間、完全に静まり返っていた観客席から一人の男子生徒の声が届く。


頑張れじかんだ、フラム!」


 声の主は他の誰でもない。

 試合時間を黙々と数え続けて、タイムキーパー役を担っていた紅介からの一声だった。


 それは楽しい時間を、戦いを終わらせる一声だ。

 完全に戦いに夢中になっていたフラムも、紅介の一声で我を取り戻し、楽しい時間が終わってしまったことを悔やむ。


「残念だが、どうやら時間切れらしい。どうだ? また今度遊ぼうじゃないか。なんなら鍛えてやってもいいぞ」


 バシッとカタリーナの拳を手のひらで受け止めたタイミングでフラムがそんな言葉をカタリーナに囁く。


「遊ばれるのは勘弁願いたいッスけど、鍛えて貰えるなら是非とも喜んでお願いしたいッスね」


 超近距離での殴り合いをしながら会話する二人。観客はおろか審判を務めているカイサでさえ二人が会話に興じているとは気付いていない。


「では時間だ。最後に渾身の一撃を私に打て」


「感謝するッス。――はあぁぁぁ!」


 まるで決め台詞のように雄叫びを上げ、カタリーナは渾身の一撃を放つ。それに対しフラムはタイミングを上手く合わせ、雷を纏った拳が直撃する瞬間、自ら大きく後方へ吹き飛んだのであった。


「それまで! 勝者、カタリーナ・ギア・フレーリン!」


 会話には気付かなくとも、フラムが自ら吹き飛んでいったことを見抜いたカイサは若干の苦笑いを口許に浮かべながら勝者の名前を呼んだ。


(はぁ〜……勝ったのは良かったッスけど、大きな恩を買わされてしまったみたいッスね)


勝利を譲られたカタリーナは息も絶え絶えに、天を仰ぎ見ながら苦笑を漏らした。



 こうしてフラムVSカタリーナの試合は完全な八百長でカタリーナが勝利を収め、全ては紅介の筋書き通りに幕を閉じた。


 その後の試験――もといシナリオは『七賢人セブン・ウィザーズ』に託され、最終的な試験の結果は、上位七人の入れ替え無し、順位変動無しという結末になったのであった。

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