第447話 フラムVSカタリーナ
この日一番の盛り上がりを見せる観客席。
いつの間にか他のクラスからも生徒が押し寄せてきたのか、それまで空席が目立っていた観客席は多くの生徒で埋め尽くされ、その時を今か今かと待ちわびている。
ヴォルヴァ魔法学院首席でありながら、マギア王国第一王女であるカタリーナ・ギア・フレーリン。
対するは、ラバール王国から来た謎の留学生フラム。
両者の実力はクラスの垣根を越えて知れ渡り、誰しもが二人の実力を認めていた。
しかしながら、こと人気に於いては二人の間には大きな隔たりが存在する。
まだ試合が始まっていないにもかかわらず、観客席からはカタリーナを応援する声がそこかしこから上がっていた。
ヴォルヴァ魔法学院が、マギア王国が誇り、そして敬ってやまないカタリーナ第一王女と、他国から来たぽっと出の留学生であるフラムとの人気の差は覆しようがないほど圧倒的。
冬であることをまるで感じさせない熱量が観客席から放たれる様子は、まるで国家の威信を賭けているかのような雰囲気を抱かせる。
フラムからしてみれば、今この時だけは完全にアウェイな雰囲気。罵詈雑言のような声こそ聞こえてはこないが、その熱量に圧迫され、萎縮してしまっても不思議ではないだろう。
だがフラムは違った。
フラムの胆力は並大抵のものではない。カタリーナを応援する声が無数に聞こえてきても尚、フラムは顔色一つ変えることはなかった。
(これはこれで面白いな。むしろ血が滾ってきてしまうぞ)
グラウンドの中央に立ち、両者は試合開始の合図が出されるその時を待つ。
カタリーナは学院から貸し出された片手剣を、対するフラムは素手。フラムは己が身体一つで試合に臨むつもりでいた。
試験官を務めるカイサが緊張感が漂う中、ゆっくりと口を開く。
「これより試験を開始する。だが、その前にこれを装着してもらおう」
そう言いながらカイサが何処からともなく取り出したのは何のデザイン性もない無骨な銀色の腕輪。その腕輪は試験に臨んだ他の生徒たちがこれまで着けていたものとは明らかに異なる外見をしていた。
「カイサ先生、これは一体?」
これまで何度もこの試験を受けてきたカタリーナでさえもその腕輪を目にしたのは今回が初めて。唐突に腕輪を渡され、戸惑いの声を上げたのである。
「お前たちには従来通りの魔力低減装具だけではこと足りないと判断した。より安全性を高めるため、二つの腕輪を着け、試験に臨んでもらう。いいな?」
「別に構わないが……ふむ、これではまるで罪人みたいな格好だな」
何も躊躇うことなく腕輪を装着したフラムは自分の両腕を見て、眉間に皺を寄せた。
鎖こそ繋がっていないが、両腕に嵌めた腕輪はまるで捕らえられた罪人の姿に近く、見ていて気分の良いものではない。カタリーナもカタリーナで、フラムと同様の感想を抱いていた。
「悪いが、そこは割り切ってもらう他ないな。お前たちが全力で戦えばその余波は観客席まで及ぶ可能性が高い。当然、お前たちの身の安全のためでもある」
「ふむ……」
フラムはカイサの話を半分聞き流しながら、ものは試しにと手のひらの上で小さな火柱を生み出し、眺め続ける。
(かなり魔力効率が落ちたようだな。ざっと二割程度か?)
二つの腕輪の効果によって本来の五分の一程度の力しか出せないようになっていた。しかしながらそれは全てのスキルに適用されるわけではない。あくまでも体外へと放出する魔力量を制限されただけである。
つまるところ、肉体強度や耐性には影響を及ぼすことはないということだ。
魔法戦・肉弾戦共に得意とするフラムの力を抑えるにはこれだけでは不十分。むしろ同じ枷をつけられた分だけ魔法戦を得意とするカタリーナがより不利な状況になることは容易に想像がつく。自身があまりにも有利すぎる状況にフラムは不満を覚える。
(これではつまらん戦いになりそうだ。わざと負けてやるにしろ、少しは楽しみたかったんだがな……ん?)
そう心の中で愚痴を溢していたそんな時に異変は訪れた。
手のひらの上にあった火柱が、フラムの意思とは反して勝手に掻き消されたのである。
そして次にフラムを襲ったのは、強烈な違和感。
何者かが己の身体に直接干渉してくるような不快感がフラムを包み込む。
だがそこでフラムは慌てなかった。
何故ならば、その感覚は過去にも味わったことのあるものだったから。そして何より、その違和感の正体に心当たりがあったからに他ならない。
(これは……魔力阻害、だな。主が自信なさげに妙案があるとは言っていたが、まさかこのことだったのか。だが、まだまだのようだ、まるで練度が足りていない。まったく、仕方がないな……また今度、主を鍛え直してやらねば)
フラムは観客席の最前列に座っていた紅介に顔を向けると、わざとらしいほどの満面の笑みを見せつける。
そんなフラムの満面の笑みに、紅介は寒気を覚えたかのように身体をぞくりと震わせたのだった。
――――――――――
腕輪の装着を終え、それぞれが感覚を確かめること数分。
両者ともに準備を終えたことを確認したカイサがようやく試合開始の合図を出す。
「準備はいいな? ――始めっ!」
巻き込まれたら堪らないとばかりにカイサがその場から即座に距離を取る。
その姿を横目で確認した直後、カタリーナは先手を打つ。
(その力、試させてもらうッスよ!)
途端、カタリーナの身体からいくつもの青白い閃光が迸る。
無論、それはただの光ではない。雷だった。
カタリーナが頭上に手をかざす。
すると荒れ狂っていた雷が次第にカタリーナの手のひらに集束していき、一つの塊となる。
「――行きます」
観客の目があるため、カタリーナは言葉遣いを丁寧なものに変えていた。
そして雷撃を放つその寸前、カタリーナは正々堂々とフラムに宣言を行う。
「面白い。いつでもかかってくるがいい」
頭上に掲げていた手をフラムに向け、満を持して雷撃は放たれた。
雷撃は全てを置き去りにする。
腕輪の効果によって威力こそ低下していたものの、その速度は変わることはない。
目にも止まらぬ速さで放たれた雷撃はフラムに直撃し、大きく砂煙を上げると、行き場を無くしたエネルギーが着弾地点でうねり狂う。
「「……」」
あまりにも呆気ない幕切れ。
観客席にいた生徒たちは興奮を忘れ、呆然と口を閉ざす。
砂煙が晴れれば地面に倒れ伏したフラムの姿が見えてくる。観客席にいたほぼ全ての者たちがそう考えていた。
しかし、紅介やディアはもちろんのこと、フラムと直接対峙していたカタリーナの見解は違った。
(これで終わり、なんてことはあり得ないッスよね……)
砂煙が晴れる前にカタリーナは確信していた。――このまま終わるはずがない、と。
カタリーナは身構え続ける。
紅介、ディア、プリュイという本物の実力者の存在を知った今、彼女が慢心することなどあり得ない。
しかも相手がその三人の仲間であることを知っている以上、三人と同等の力、あるいはそれ以上の力を持っていても何ら不思議ではない。むしろそう考える方が余程自然だと言えるだろう。
徐々に砂煙が晴れていく。
うねり狂っていた雷は既に霧散し、今は砂煙が残っているだけ。しかし、それももうじき晴れようとしている。
薄くなっていく砂煙。
その先にぼんやりと人影が見えてくる。
「――まったく……全身が砂だらけになってしまったではないか」
「これは困りましたね。まさか、無傷とは……。もしかして回避されたのですか?」
砂煙が晴れたその先にいたのは、砂埃を鬱陶しそうに手で払うフラムの姿であった。
その姿には雷撃を受けた形跡はまるで見つからない。ローブの奥から見え隠れする程よく日焼けした素肌には、焦げ跡や火傷どころか、傷一つ見当たらなかった。
「いや、避けてなどいないぞ? お前の一撃がどの程度のものなのか知りたかったしな。それによく見てみろ」
そう言いながらフラムが指差したのは、後ろで一束ねにされたポニーテールの紅い髪。
「えっと……髪、でしょうか?」
発言の意味がわからず、カタリーナは怪訝な表情を浮かべながら問う。
するとフラムは、ムッとしながらこう口にしたのである。
「ほら、ここをよく見てみろ。お前のせいで髪が逆立ってしまっているではないか」
「は、はぁ……」
この時、カタリーナは呆れた返事しかすることができなかった。
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