第446話 ディアVSクリスタ

 第三試合が始まった。


 イクセルVSマルティナの戦いは、両者とも遠距離攻撃を主体に熾烈な魔法戦を繰り広げている。

 魔法の発動速度、威力、精度はどちらもかなりのもの。目まぐるしく攻守が入れ替わる魔法戦に観衆の誰もが熱い歓声を送っていた。

 けれどもそれは最初の数分だけ。

 試合時間が十分、そして二十分を越えた頃にはすっかりと観客席は静まり、今となってはいつ試合が終わってくれるのだろうかと欠伸をしながら観戦するものが多数現れる始末。


 かくいう俺もその一人だった。

 手を抜いている……とは流石に言い過ぎだが、二人は明らかに試合を決めようとしていない。ただ試合時間だけを引き延ばすことだけを考えて戦っているようにしか俺の目には映らなかったのである。


 そして試合時間が二十五分を迎え、長すぎた戦いはあまりにも呆気なく幕を閉じた。


「はぁ……はぁ……降参だ」


 魔力切れを起こしたのか、足元をふらつかせながらイクセルが降参を宣言。これにて第三試合はマルティナの勝利で幕を閉じたのである。


 そして迎えるは、ディアVSクリスタの第四試合。

 次の試合が始まるまでの僅かなインターバルの間、俺とディアは次の試合に向けた話し合いを行っていた。


「わたし……どうやって負ければいいと思う? クリスタの得意魔法は毒だけど、わたしには毒は効かないから……。効いたふりでもした方がいいのかな?」


 負け方に悩むとは少しおかしな話ではあるが、ディアの表情は真剣そのもの。その表情には、やや不安の感情も混ざっている。


「毒が効いたふりをするのは難しいんじゃないかな? それこそ迫真の演技が求められると思うし……」


 毒の種類にもよるとは思うが、口から泡をふいてみせる、または全身を痙攣させてみせるなどしなければ、観客から演技だとバレかねない。無論、俺にだってそんな芸当はできないし、ただでさえ感情表現が苦手なディアともなれば到底不可能だろう。


 ならば、どうするべきか。それを一緒に考えてあげる必要がある。


「確かクリスタは近接格闘技も得意としてたはず。あえて懐に潜らせて苦戦を演じるってのはどうかな?」


 限られた少ない時間の中で最善策を模索するのは難しい。

 俺が今パッと思い浮かぶような案はこの程度のものしかなかった。


「うん、確かにそれが一番いいかも。頑張ってみるね」


「ああ……うん……」


「難しい顔をしてるけど、どうしたの? こうすけ」


「いや、俺が立案しといてなんだけどさ、ディアが殴られると思うとちょっとね……」


 この作戦には致命的な欠陥があった。

 それはディアが怪我を負う可能性が極めて高いということだ。

 カタリーナ王女に恩を売ると言い出した俺に付き合わせているだけでも申し訳ないというのに、さらに怪我まで負わせてしまうともなれば、いくらなんでもバツが悪い。

 俺の顔が曇ってしまっていたのはそういった理由から来たものだった。


 そんな俺を見かねてか、ディアが柔らかな笑みを見せる。


「大丈夫だよ、心配しないで。わたしなりに上手く立ち回ってみせるから」


「……ごめん。それと、ありがとう」


 自身の不甲斐なさに奥歯を強く噛み締める。


「わたしに任せて。それじゃあ行ってくるね」


 俺が気付かぬ間に、ディアの名を呼ぶカイサ先生の声がグラウンドから聞こえてきていたようだ。

 ディアは小さく俺に手を振ると、後ろを振り向かずグラウンドへ降りていった。


 そして、ディアVSクリスタの試合が始まったのである。


 試合開始の合図が出たにもかかわらず、二人は最初の立ち位置から一歩も動かず、他愛もない会話に興じていた。

 クリスタは怪しげな笑みを口元に浮かべ、ディアは無表情のままクリスタの話に耳を傾ける。


「ディアちゃんと戦える機会が来るなんてほんと嬉しいよ♪ でもね……今度は負けないから」


「……? うん、頑張って?」


「あはははっ、もしかしてワタシ、煽られてるのかな? 絶対に負かしてやる」


 クリスタのその言葉が戦いの合図となった。

 あの日の夜、ディアに敗れたこともあってかクリスタの動きはやや慎重気味になっているようだ。

 一息で間合いを積めていき近接戦闘に持ち込むのかと思いきや、クリスタは禍々しい紫紺色をした風球を生み出し、牽制程度にディアへ放つ。


 だがその程度の魔法をくらうディアではない。

 如何にも毒々しい風球を同じく風系統魔法でいとも容易く霧散させる。

 紫紺色の煙はコントロールを失い、グラウンド全体に漂う――かと思いきや、これまたディアが風系統魔法を駆使し、毒の煙を空高く運ずことで完全に打ち消すことに成功する。


 それから暫くの間は、毒を放つクリスタ、それを跳ね除けるディアという構図が続いた。


 クリスタがいくら巧妙に毒を隠し放とうと、魔力を直接視認できるディアからしてみれば丸見えも同然。その尽くをディアは無力化していく。


「やっぱり遠距離戦は分が悪いみたいだね。魔法の才能じゃディアちゃんに勝てそうにない。なら後は……拳で戦うしかないよねっ――!」


 戦いは第二フェーズへと移ったようだ。

 クリスタはその場で軽快にステップを踏むと、そのままの勢いでディアに突撃。対してディアはクリスタの進路を妨害する……ことはなかった。


 瞬く間に二人の距離は縮まっていく。

 試験ということもあってか、クリスタの拳にはナックルダスターは装着されておらず、彼女の持ち得る武器は己が拳のみ。


「――はぁっ!」


 ディアの懐に上手く潜り込んだクリスタは腰を回し、体重を乗せた渾身の一撃をディアの顔面めがけて放つ。

 直撃すれば骨折は免れないだろう重い一撃。当たりどころが悪ければ意識を失うだけではなく、命の危機にすら繋がりかねないだろう。


 しかしディアは冷静だった。

 クリスタが懐に潜り込み、渾身の一撃が放たれた瞬間に土系統魔法を使用し、地面をはぜさせたのである。


 ディアの魔法により、二人の距離は強制的に離された。

 土煙が晴れずに未だ空中に漂う中、クリスタは再度仕掛ける。

 距離を詰めながらもサイドステップを踏み、魔法への警戒を高めると、隙を見出だしたのか急な方向転換をし、ディアに再突撃。

 今度の攻撃は一撃の威力に比重を置いたものではなく、手数を優先した連打。


 ディアの身体能力は並の人間を遥かに超えているとはいえ、純粋な近接戦闘をあまり得意としてはいない。

 涼やかな表情のまま、クリスタの拳を一撃、二撃と回避しているものの、後退を余儀なくされてしまう。


 連打につぐ連打に、ディアはじわりじわりと後ろに下がる。いや、下がらざるを得ない状況に追い込まれていた。


 そして……。


「そこまで! ディアの反則により、勝者はクリスタ」


「えっ? ちょっ――! 反則ってなんなんですか!?」


 カイサ先生の宣言に驚きを隠しきれていなかったのは、負けたディアではなく勝者であるクリスタだった。


「クリスタ、お前はこの試験を何度受けている? 知っているはずだ。ディアの足は場外を出た、間違いなく反則負けだろうが」


「あっ……」


 クリスタはカイサ先生からの指摘に絶句する。

 勝者であるにもかかわらず、その顔は敗者が浮かべるそれだった。


「……せっかく、せっかく、いいところだったのにーーー!!」


 クリスタの悔しげな絶叫は、第一野外演習場全体に響き渡ったのであった。




 試合を終えたディアが汗一つかいていない涼しげな顔で観客席に戻ってきた。


「お疲れ様、ディア。もしかして……最初から反則負けを狙ってた?」


「うん。グループ戦でも場外負けのルールはあったから」


 そこまで言われて俺はようやく思い出す。

 野外演習場は百メートル四方の広大な敷地面積を誇っているが、今回の対人戦闘試験で使われる範囲はその半分のみ。白線で囲われた範囲から一歩でも足を踏み出せば失格になることはなんとなく知っていたが、何分これまで一度も気にしたことがなかったため、すっかりと忘れていたルールだった。

 今日行われた数々の試験でも場外負けになった生徒は一人もいなかったこともあり、そんな負け方があったなんて俺は考えてもいなかったのである。


「全部ディアの計算通りだったってわけか……凄いな」


「ううん、そんなことないよ。わたしも反則負けがあることに気付いたのはグラウンドに立ってからだったから」


 ディアVSクリスタの試合は僅か五分足らずでクリスタの勝利で幕を閉じた。

 今回の試合はディアの機転のお陰で他の生徒たちに八百長を疑われる心配はまずないはずだ。唯一不満を抱いている生徒がいるとすれば、それはクリスタだけだろう。


 何はともあれ、ここまでの試験は万事順調に事が進んでいることには違いない。

 残す問題はこの後……フラムVSカタリーナ王女の試合だけだ。


 俺は次の試合に備えるべく、ディアを連れて観客席の最前列へ足を運んだ。

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