第445話 大根役者

 Sクラスに来てから初めてのクラス替え試験が始まった。


 ルールは以前Aクラスで受けたものとほぼ同じ。

 まずは対人戦闘試験と学術発表試験のどちらかの試験を選択肢する。

 当然、俺たちラバール王国組が受けるのは対人戦闘試験だ。一朝一夕の知識で学術試験を受けたとしても、結果がついてくるはずもなし。ともなれば、選択肢は決められたようなものである。


 Sクラス総勢五十名の内、対人戦闘試験を受ける者は四十五人。この四十五人を各五人の九つのグループに振り分け、上位一名と下位一名を決め、順位を決める次の試験へと移行する。

 そこからさらに下位五名はAクラス上位者とのクラス替えを賭けた試験を行うといったシステムとなっていた。


 そんな試験の中で俺たち『紅』が狙う順位は可もなく不可もない中位。目立たない順位かつ、『七賢人セブン・ウィザーズ』に食い込まないあたりの順位が好ましい。

 アリシアに関しては存分にその力を発揮してもらうつもりだ。最低でも下位五名には入らずに試験を突破してもらいたいものだが、どうなるかは未知数。フラムが徹底的にアリシアを鍛えたと言っていた以上、悲惨な結果にはならないだろうが、俺は念のために以前俺がプレゼントした日緋色金で作った魔道具を装着するよう指示していた。


「これより、毎月恒例のクラス替え試験を行う。Aグループ――」


 場所は第一野外演習場。

 Sクラスの人数が少ないこともあってか、試験は僅か一日で全行程を終わらせるとのことらしい。


 そして試験官は案の定と言うべきか、カイサ先生だった。

 カイサ先生ならば俺たちの事情をよく理解しているため、八百長紛いのことをしても目を瞑ってくれるに違いない。


 カイサ先生の口から次々と生徒の名が呼ばれ、グループが発表されていく。

 全部で九つあるグループに各生徒を振り分けていくわけだが、どうやら完全なランダムで生徒を振り分けているわけではなさそうだ。

 前回の試験結果を考慮した上でグループを分けているようで、学術試験に回ったカルロッタを除く『七賢人』は別々のグループに配属されていた。

 ご丁寧なことにAグループには首席のカタリーナ王女が、Bグループには次席のアクセスが、といった感じに、わかりやすく席次順にAからFグループまでに『七賢人』は振り分けられた。

 そして残るGからIグループには何故か俺たち『紅』が別々に振り分けられ、フラムはGに、ディアはHに、俺はIグループに振り分け先が決まる。

 そんな中でアリシアは……というと、運が悪いことにAグループ。首席であるカタリーナ王女がいるグループに振り分けられた形だ。


 いつも前向きなアリシアでも流石に気落ちしているのではないかと横目で様子を窺ってみると、意外なことに口元から笑みが溢れていた。


 俺は近くに立つアリシアに小声で耳打ちする。


「もしかして……喜んでる?」


「はいっ、もちろんです。一度は手を合わせて見たかった相手。例え今は勝てなくても、いずれその経験が私をさらに強くしてくれると信じていますから」


 アリシアの発想は、まさに戦闘狂のそれに近い。

 良くも悪くも師であるフラムからの影響を大いに受けてしまっているのだろう。

 無論、その向上心は褒め称えるべき点だが、俺はどこか複雑な気持ちになっていた。




 試験は淡々と順調に進んでいく。

 Sクラスに属している者の大半は長期間に渡りSクラスに属しているからか、己の実力は当然のこと、対戦相手の実力も熟知している。そのせいもあってか、対戦相手によっては試合開始と共にあっさりと白旗を掲げる者や、かなり力を抜いて試験に臨む者が多い印象を受ける。


 かくいう俺も似たようなものだった。

 安全装置代わりの魔道具を装着しているとはいえ、全力を出してしまえば怪我人を出してしまうことは避けられない。力を抜きに抜きまくって試験に臨み、見事Iグループを首位で突破していた。


 最終的にグループを突破したのは『七賢人』の六人に加え、俺たち『紅』の三人。アリシアは善戦虚しくカタリーナ王女に敗北を喫し、グループ二位。Aクラスに落ちることは無くなったとはいえ、アリシアにとっては残念な結果になってしまったと言えるだろう。


 そんなこんなでグループステージを終え、ここからはトーナメントが始まる。

 グループを突破したのは九名。奇数名ということもあり、一名にはシード権が与えられ……はしなかった。

 学院?が導き出した方式は、突破を果たした九人にプラス一人を加えるというもの。


 その一人とは――カイサ・ロブネルこと、担任のカイサ先生であった。


 よくわからないことになったが、これで十名。偶数名となる。

 対戦相手は抽選で決めるとのことだったが、どうやら抽選には何らかの仕掛けが施されていたのか、組み合わせは以下のようになった。


 アクセルVSオルバー

 カイサVSコースケ(俺)

 イクセルVSマルティナ

 クリスタVSディア

 カタリーナVSフラム


 となったのである。

 トーナメントは負けた時点で試験は終了。

 一回戦だけで五人、もしくは四人が落とされることになるわけだが、最終的な順位は敗北した際の試合時間というイマイチわからない基準で順位を決めるとのことらしい。

 このルールだと長く試合を続ければ続ける分だけ、負けたとしても最終的な順位は然程悪くはないものとなる。

 つまるところ、俺たち『紅』が『七賢人』に食い込まないようにするためには、早い時間で負け、さっさと退場するに限るというわけだ。


 ちなみにカイサ先生が優勝した場合はカイサ先生に敗れた者が優先的に順位が繰り上がるとの話だった。

 しかし、ここからはあくまでも俺の憶測に過ぎないが、おそらくカイサ先生が優勝することはないだろう。カイサ先生は教師でありながら中立ではなく、『七賢人』の支持者だ。

 そしてこれも俺の憶測に過ぎないが、カイサ先生は俺の意図をちゃんと理解しているはず。

 俺に対してあっさりと勝利を収め、次の対戦相手にはこれまたあっさりと白旗を掲げることになるだろう。


 まさにクラス全体を巻き込んだ八百長試験が始まろうとしていたのだった。




 第一試合、アクセルVSオルバー。

 魔法を得意とするアクセルと、魔法学院に属しているにもかかわらず剣での近接戦闘を得意とするオルバーの戦いは熾烈を極めている――ように見えていることだろう。

 しかしその実、アクセルは加減をしていた。

 わざと試合時間を長引かせ、オルバーの順位を少しでも上げようと苦慮しているように俺には映った。


 結局、五分、十分と時が過ぎ、オルバーの息が大きく乱れ始めたところで、アクセルが勝負を決め、試合は終わる。


「そこまでだ! 試合時間十二分、勝者アクセル!」


 既に試験を終え、見学に回っていた生徒たちから、激戦を繰り広げた二人に大きな拍手が送られる。

 俺もそれに倣い、パチパチと拍手を送るが、やや白けた拍手になってしまっていたのはご愛嬌といったところだ。


 興奮冷めやらぬ中、カイサ先生VS俺の戦いが始まる。

 先の試合時間は、この試験に於ける基準となる時間だ。時を忘れ、戦いに没頭しないよう気を付ける必要があるだろう。


 カイサ先生と対面し、試合開始の合図が出されるその時を待つ。すると、そのタイミングでカイサ先生が俺にだけ聞こえる声で呟いた。


「コースケ、お前とはもっと違った舞台で戦ってみたかったものだ。殺すか殺されるかの真剣な戦いを、な」


「物騒なことを言いますね。俺としてはそんな機会が訪れないことを祈るばかりです」


「どうやらお前には闘志が欠けているようだな。強者であるが故の余裕から来るものなのか、それとも……いや、なんでもない。始めるぞ」


 一言、二言、言葉を交わし、ようやく戦いが始まる。


 カイサ先生の得意魔法は重力系統魔法。重力場を生み出し、相手の行動を制限することで戦いを優位に進めてくるであろうことは入学試験で経験済みだ。


 試合開始と共に、俺の身体に制限がかかる。

 まるで地面に引き摺り込まれるのではないかと錯覚するほどの強大な重力。入学試験の時とは比にはならない力が俺にのし掛かる。

 しかし俺の耐性をもってすれば、耐えられないほどのものではない。俺の両足の下にはくっきりと足跡こそついているものの、俺にはまだまだ余裕があった。

 重力が重くのし掛かってくるだけで、魔法が封じられたわけではない。転移や魔力操作などでいくらでも対処は可能だった。


 しかし、俺はあえて重力場を放置する。

 そしてあたかも重力に耐えきれないとばかりに苦悶の表情を浮かべ、ゆっくりと時間を掛けながら地面に膝をつく。


 この間、時間にしておよそ三分。

 降参するには少々早すぎるかもしれないが、俺の目的は勝利にはない。ここで無駄に耐久してしまえば試合時間が長引き、他の結果次第で『七賢人』の座に就く可能性が出てしまう以上、さっさと白旗を掲げるのが吉だろう。


 俺は渾身の演技で降参を口にする。


「……まっ、参り、ました。ぐはっ!」


 ――ドサッ。


 そう言いながら地面に倒れ伏すのがポイントだ。

 完璧な俺の演技のお陰か、盛大な拍手が巻き起こる。負けたにもかかわらず、悪くはない気分だ。


 重力場が解除され、俺は制服に付いた土埃を叩きながら立ち上がる。

 やってやったぞと思いながら周囲を見渡す。

 特にフラムに自慢……もとい、手本を示したと伝えるためにフラムを探し、目をやる。

 すると、そこには白けた冷たい眼差しを俺に向けるフラムが口を動かしていた。


『下手くそ』


 遠く離れていてもわかった。

 間違いなくフラムが口パクで俺に『下手くそ』と伝えてきたということが。


 ならば見せてもらおうじゃないか。

 俺の演技にケチをつけたフラムの戦いぶりを――。

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