第442話 逃亡劇

(どうして……どうしてこんなことになってしまいましたの!?)


 マルティナは心の中で絶叫する。

 罠を見抜けなかった己の失態に、そして勝手に突っ走ってしまったプリュイに大きな苛立ちを覚えながら猛吹雪の中を駆けていく。


 カタリーナの言葉に乗せられた『七賢人セブン・ウィザーズ』はプリュイを救い出すべく駆ける。

 その行動には策や連携なんてものは存在しない。ただ闇雲にカタリーナの言葉に従い、咄嗟に身体が動いてしまっていただけだった。


 幸か不幸か敵の意識はプリュイ一人に向けられている。

 足場の悪さをものともせず一直線に荷馬車へ向かうプリュイと、それを懸命に追う兵士たち。魔法の雨がプリュイを狙って降り注ぐがプリュイは止まることをしらない。


 程なくして『七賢人』は村を囲う柵に辿り着き、躊躇することなく飛び越えた。


「増援だ! 敵の増援が来たぞ!」


「迎撃せよ! 必ず奴らを捕らえるんだ!」


(悪いけど、貴方たちの相手をしてる暇は無いんだよね、っと!)


 先陣を切っていたクリスタがスキルを発動する。

 変幻自在に毒を生み出し、そして操る『瘴気創出マイアズマ』で、神経に働きかけ全身を麻痺させる毒を創出し、風系統魔法を併用して毒を放つ。


 ざっと二十人は居るであろう兵士たちの中心に毒入りの風球が落とされる。


「――グアッ!?」


 風球が落とされた近くにいた一部の兵士たちが呻き声を上げると共にその場に崩れ落ちていく。


(げっ、吹雪のせいで毒が流されちゃったかー……。予想よりも数は減らせなかったけど、まーそれでも十分かな)


「お、おい! どうした!?」


 毒を浴びなかった兵士たちの中に動揺と混乱が生まれる。

 突如として倒れこんだ仲間に駆け寄る者、慌てふためきパニックに陥る者など、その反応は様々であったが、とにもかくにも撹乱には成功。

 間隙を縫い、『七賢人』はプリュイの後を追う。


 アクセルが、オルバーが、進路を妨げる兵士たちを次々と薙ぎ倒していく。クリスタは全線を張る二人の支援にまわり、カタリーナとイクセルは降り注ぐ数多の魔法を撃ち落とす。

 そんな中で一人、マルティナだけはただ茫然と仲間たちの後ろをついて行くことしかできていなかった。


(ちっ、緊急時だというのにマルティナは一体何をしているんだ……)


 視界が悪い中での迎撃は骨が折れる作業。

 止むことなく降り注いでくる魔法の大半を落としていたのはカタリーナだったということもあり、イクセルは僅かな時間を見つけては後ろを振り返り、マルティナの様子を窺っていた。


 仮面のせいで表情はわからない。けれども、ふらつくように駆けるその動きを一目見ただけで、マルティナに異変が起きていることは明白だった。


(……心ここに有らず、といったところか。責任を感じているのかもしれないが、このまま黙って見過ごすことはできないな)


 イクセルはカタリーナに近寄り、ハンドシグナルを送る。


『この場を任せてもいいか?』


『問題ないッスよ』


 短いやり取り。

 カタリーナは何一つ疑問を抱くことなく躊躇いを見せずにイクセルの言葉に頷いた。


 マルティナのもとまで駆け寄ったイクセルは、肩を落とし消沈気味のマルティナの背を強く手のひらで叩く。


「イッ――!?」


 痛みで変声された音が漏れる。

 痛みによって強制的に背を伸ばされ、やや俯いていた顔を上げると、そこには顔を近付かせてくるイクセルの姿があることに今さらながらにマルティナは気付く。


『怪我はないか?』


 イクセルの第一声……もとい、最初のハンドシグナルはマルティナの身体を気遣ったものであった。


(貴方のせいで背中が痛い……なんて言えませんわね。感謝しますわ、イクセル)


『問題ありませんわ』


『了解した。なら行くぞ』


『ええ……感謝しますわ』


 イクセルが気を遣ってくれたことをすぐに察したマルティナは、消沈していた気分を持ち直し、照れ臭そうに顔を上げた。




(ええい! 鬱陶しいぞ!)


 荷馬車に近づくにつれ、敵の数が増えていく。それに伴い、当然のようにプリュイに襲いかかる攻撃の手数は増えていた。


 巨石が迫る。

 プリュイの背丈より、一回りも二回りも巨大な岩石がプリュイの頭上から降ってくる。


(この程度で妾を止められると……思うなっ!)


 プリュイを押し潰そうとしていた巨大は、高く掲げた小さな拳によってものの見事に真っ二つに。

 次に襲いかかってきたのは吹雪に紛れた風の刃。

 うっすらと緑がかった三日月状の風刃がプリュイの小さな身体を切り刻まんとばかりに襲いかかってくる。


 が――その程度の魔法で傷つくほどプリュイは柔ではなかった。

 まるで蝿を手で払い除けるかのような仕草で風刃はたちまち消失。無論、払い除けた手は薄皮一枚破れてはいない。


「ばっ、化け物め! ――ぐはぁっ!!」


(ん? 今何か踏んだ気が……まぁどうでもいいか)


 プリュイの足場にされた兵士の意識はそこで途絶えた。


 その後もプリュイの快進撃……暴走は止まることをしらなかった。

 荷馬車をぐるりと取り囲んでいた十人ほどの兵士を殴り飛ばし、ようやく目的の地に到着。

 プリュイは躊躇うことなく、荷馬車の幌を力ずくで取り外した。


 そしてそこにあったものは……。


「ナンダ、ト……」


 荷馬車いっぱいに石が積まれていた。

 それもただの石。

 宝石でも、金属でも、石炭でもなく、紛れもなくただの石。

 価値あるものどころかゴミにしかならない石が大量に積まれていただけであった。


「ワラワノ、ワラワノ、タカラハ……?」


 あまりの出来事に、雪が降り積もった地面に力なく膝から崩れ落ちるプリュイ。

 そしてそこに駆け寄るのはプリュイを追い掛け続けて来た数多くの兵士たち。今度こそはと、プリュイを捕らえるため、じわりじわりとその距離を縮めていく。

 だがプリュイはショックのあまり放心状態。敵に取り囲まれても尚、微動だにせずに笑いながら虚空をただぼんやりと見つめていた。


「ハハッ……ハハハ……」


「……笑っているだと? なんなんだ、こいつは」


「よくわからないが、好機であることには違いない。捕らえるぞ!」


「――はっ!」


 各々が武器を構え、プリュイ目掛けて突撃。

 殺しても問題はないと命令されていたため、兵士たちは全力でプリュイに武器を振り下ろす。


 ――バキンッ。


 振り下ろした剣は、槍は、斧はプリュイに直撃した瞬間、音を立てて砕け散った。


「……は?」


 間抜けな声を漏らした男の手に残ったのは剣の柄の部分のみ。

 そして目の前には無傷のまま未だに放心状態になっているお尋ね者が座り込んでいる。


 未だに理解が及ばないままであったが、武器が無くなってしまったことは誰の目から見ても明らか。ならばと別の手に打って出る。


「あ、相手は放心状態だ! このまま捕縛し、連行するぞ!」


「「……はっ」」


 先程のような威勢の良い言葉は返って来なかったが、無理もない。

 放心状態とはいえ、相手は異常なほど頑丈で圧倒的な強者なのだ。命令さえなければ、近付きたくもないというのが部下たちの本音であった。


 刺激しないよう慎重にプリュイに手を伸ばす兵士たち。

 手にはミスリル製の長い鎖を握り、なるべく音を立てないようにその鎖をプリュイの小さな身体にくくりつけ――られなかった。


 直前、空から雷光が降り注ぎ、その衝撃で兵士たちは吹き飛ばされたのであった。


「ダイジョウブ、ッスカ?」


 雷光の正体はカタリーナだった。

 プリュイを救うため『疾風迅雷ゲイル・サンダー』を使用し、他のメンバーより一足先に危機的状況に陥っていた(陥っているように見えた)プリュイのもとまで駆けつけたのである。


「……」


(あのプリュイさんが意識を失ってる!? そんなまさか……)


 小声でプリュイを何度も呼び掛け、肩を揺らすが反応はなし。しかも仮面をつけているせいでプリュイの意識の有無がカタリーナにはわからず、次第に焦燥感に駆られていく。


(こうなったらプリュイさんを抱えて逃げるしかないッスね……!)


 実際のところ、プリュイは放心しているだけで意識を失ってはいなかったのだが、カタリーナがそんなことを知るはずもなし。


 小さな身体を胸元に抱え、カタリーナは脱出を図る。

 しかし『疾風迅雷』は使えない。このスキルの仕様上、人を抱えた状態で使用してしまうと、抱えた者を雷撃によって傷つけてしまうからだ。


 いくらプリュイが小柄とはいえ、人ひとりを抱えて満足に動くことは難しい。大雪が降り積もっているのであれば尚のこと。

 当然、その逃げ足は遅くなり、最初の雷撃で吹き飛ばされていた兵士たちに追い付かれるのも時間の問題だった。


「逃がすな! 何としてでも捕まえるんだ!」


(ちょっと面倒なことになってきたッスね。一度この辺りで迎え撃った方が楽……)


 カタリーナがそんなこと物騒なことを考え始めていると、そのタイミングでようやく待ち望んでいた仲間たちが合流を果たす。


 イクセルから合図が送られる。


『無事なのか?』


『わからないッス』


『了解した。ひとまず退却する』


『『了解』』


 ハンドシグナルだけで意志疎通を交わし、『七賢人』は名もなき小さな村を脱出した。


 しかし、その後からが地獄だった。

 村で待ち伏せしていた兵士に加え、駐屯地から合流を果たした兵士たちが執拗に『七賢人』を追い続けてきたのだ。


 足場が悪いこともさることながら、意識がない(実際はある)者を抱えての逃亡劇。いくら実力者揃いの『七賢人』であっても、なかなか兵士たちを引き剥がすことができず、その逃亡劇は五時間以上にも及んだのであった。

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