第441話 漏洩
「明かり、だと? そんな馬鹿な」
猛吹雪が吹き荒れるこの悪天候の中で、名もなき小さな村に明かりが灯っているとはイクセルには到底信じられなかった。
大きな街や都市ならば魔石を用いた街灯が設置されていることもあるため、まだ納得はできる。が、このような村にそこまで上等な設備があるとは考えにくい。
ならば明かりの正体は人の手によるものと考えるのが妥当。しかしこの悪天候の中でわざわざ外を出歩く者が果たしているのだろうかという疑問が浮かんでくる。
「明かりの数は?」
「ぼんやりとしているので、はっきりとはわかりませんが、数は十……いえ、二十ほどだと思いますわ」
「……不可解だ。どうもきな臭さを感じるな」
村を囲う二十ほどの明かりにイクセルは気味の悪さを覚えていた。
(この悪天候を危険と見て、駐屯地から兵が巡回に来ているとでもいうのか? いや、そんなことはまず有り得ないだろう。そもそも巡回であれば村を囲う意味がわからないし、ここまで酷く天候が荒れ始めたのはここ数十分のこと。巡回の兵が来たのだとしても、いくらなんでも到着が早すぎる)
しらみ潰しに可能性を潰していく。
そして、あれこれと考えること数分。イクセルは排除しきれない一つの可能性にぶち当たる。
「……罠。もしかしたら俺たちは待ち伏せされているのかもしれない」
神妙な面持ちでイクセルはそんな言葉を漏らすと、すかさずカタリーナが疑問を呈する。
「罠、ッスか? いくらなんでもそれは考えにくいと思うッスけど。もし仮に罠だとしたら、今この時、この場所で私たちが襲撃を行う予定だったことが相手側に筒抜けになってたってことになっちゃうッスよ?」
「仰るとおりですわ! それではまるでワタクシたちの中に裏切り者がいるなんてことになりますわよ!?」
カタリーナに同調する形でマルティナが必死にイクセルの言葉を否定する。
そう……マルティナは必死だった。
もし本当に罠が張られているのだとしたら、罠を見抜けなかった責任の所在は監視網を張り巡らせていたマルティナにあることになってしまうからだ。
とはいえ、他のメンバーたちはそんなことをつゆほども思っていなかったのだが、マルティナは内心では自責の念に押し潰されそうになりながらも懸命に否定していた。
「おいおい、そんな感情的にならねえで少しは落ち着けって。皆もそうだと思うが、裏切り者がいるとは思っちゃいねえし、それにまだ罠だって決まったわけじゃないだろ?」
「ああ、オルバーの言うとおりだ。裏切り者がいるとは考えていないし、何より今の話は所詮可能性の一つに過ぎない。……前回の敗北を切っ掛けに、俺は少し神経質になり過ぎているのかもしれないしな」
イクセルの最後の一言は風の呑まれ、掻き消されていった。
マルティナがある程度落ち着きを取り戻したことを確認し、イクセルは話を本筋に戻す。
「とにかく、罠である可能性を頭の片隅には残しておいてくれ。無論、もし本当に罠だった場合は即刻退避する。いいな?」
その言葉を合図に、全員が漆黒の仮面を装着していく。
目標まで後一キロ。
猛烈な吹雪に身を曝しながらも七人は名もなき小さな村へとその足を進めた。
慎重かつ軽快な足取りで目的地までの距離を潰し、七人は仮面越しに村の入り口を見渡せる位置まで辿り着く。
大雪に覆われた雑木林にその身を隠しながら周辺を警戒していくが、そこには人の影はおろか、マルティナの報告にあった謎の明かりすら確認できずにいた。
(見間違え……ということはないだろうが、何も無さそうだな……)
村を囲う簡易的な獣避け程度の低い柵の奥には、収穫を終えたのであろう刈り取られた畑らしき広大なスペースと、石造りの小さな家々が建ち並んでいる。
雪によって白一色に染め上げられたこの村にある明かりは、家々から微かに漏れ出たものだけ。それ以外の光源は見える範囲には何一つありはしなかった。
入念に周辺を確認すること約五分。
特に異常なしと判断したイクセルはハンドシグナルで前衛組の三人に『展開』の合図を送る。
アクセル、クリスタ、オルバーの三人は『了解』の合図を返し、雑木林からその身を投げ出そうと最初の一歩を踏み出した――その時だった。
「――イイノカ? マチブセ、サレテルガ」
ノイズ混じりのくぐもった声を出したのはプリュイだった。
原則として標的に近い場面での発声は禁止されているため、声の主が誰であるかは音の発生源を追わずとも明白。
イクセルの合図とは反するプリュイの声に前衛の三人はピタリとその足を止めた。
そして合図を出した当のイクセルは仮面の下で唖然とした表情を浮かべる。
(待ち伏せだと? 敵の位置は……)
すぐさま『待て』の合図を出したイクセルは周囲をくまなく調べていく。しかし、漆黒の仮面に付与された暗視・望遠などの機能をフル活用しても尚、異変らしい異変を見つけることができない。
(どこだ、どこにいる。もしや家の中か? であればその数はたかが知れているだろう。とはいえ、待ち伏せされていると判明した以上、ここは退却するのが吉。わざわざ罠に掛かってやる必要はない)
イクセルからハンドシグナルが送られる――『退却準備』と。
イクセルは賢明だった。
信頼も信用もしていないプリュイからの忠告であったにもかかわらずしっかりと耳を貸し、適切な判断を下すことができたのだから。
しかしイクセルはプリュイの性質を理解しきれていなかった。掴みきれていなかった。
周囲の状況を見て、自重することくらいはできるだろうと勝手に思い込んでいたのだ。
後ほんの僅かでもプリュイのことをイクセルが理解できていたならば、最善を尽くすことができただろう。
「ニバシャ、ハ……ウム、ミツケタ」
そんな呟きが聞こえて来たと思った時には既に手遅れだった。
自然のものとは違う、一陣の風が吹き抜ける。
その風は影を伴っていた。成人男性の胸元にも及ばない小さな影を。
「……エッ?」
過ぎ去った風を見送った誰かが思わずそんな声を漏らす。
そして次に聞こえて来た音は、威勢の良い男たちの叫び声だった。
「「――来たぞぉぉぉッ!!」」
次々と風に乗って荒々しい男たちの声がその場に残った六人のもとに届いてきた。
視界には雪に埋もれていた広大な畑から、白い毛皮を羽織って隠れていたのであろう者たちが次々と起き上がってくる光景が飛び込んでくる。
「間違いない! 『義賊』だ!」
「奴の仲間はどこだ!?」
「あっちだ! あっちから来たぞ!」
「その前にあいつだ! 誰かあいつを捕まえろ!」
耳には歓声や怒声、笛の音などの様々な音が。
目には小さな影とそれを追う者たちの姿が。
「「……」」
プリュイに置いていかれた……ではなく、プリュイの暴走に巻き込まれた六人は暫しの間、呆気に取られていた。
飛び交う魔法やそれに伴う戦闘音をただ呆然と眺め聴き、動き出すことができずにいた。
「……ハッ! タッ、タスケルッスヨ!」
最初に我を取り戻したのはカタリーナだった。
呆然と信じられない光景を眺めている仲間たちにハンドシグナルを出しても意味はなさない。そう考え、プリュイの救出を声に出して訴えたのだった。
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