第430話 勢揃い
カイサ先生からの呼び出しから早三日が経った。
この三日間の学院生活は特に代わり映えのない平穏な日々を送っていた。
ある程度予想していたが、カタリーナ王女を含む『
夜のとばりが降りる。
俺とディア、そしてプリュイの三人は簡単に身支度を済ませ屋敷を出た。
プリュイは鼻歌を奏でながら今にも小躍りしそうなほど上機嫌。因縁の相手との決着がようやくつくともなれば、気持ちが浮わつくのも無理はない。
ちなみにフラムには事情を説明した上で、『義賊』の正体を知らないアリシアの気を引いてもらう手筈になっている。今頃はアリシアと護衛の騎士たちを引き連れ、王都近郊の開けた場所で鍛練を行っているだろう。
俺たちは比較的ラフな格好で学院へ向かっていた。
戦う意志がないことをそれとなく伝えるためにも愛刀の紅蓮は疑似アイテムボックスの中。ディアとプリュイに限ってはそもそも武器を使う戦闘スタイルではないため、仮に戦闘になったとしても何ら支障はない。ならば、と俺たちは一般人に紛れ込むような格好で街へ繰り出したのである。
学院の正門を通り過ぎ、大きくぐるりと裏手に回る。
手紙に記されていた地図を頼りに、第一野外演習場への侵入ルートを確認しながら、照明が少なく薄暗い裏通りを三人で歩いていく。
「おい。学院?とやらに行くのではないのか? 何故わざわざ遠回りをしているのだ? さっき入り口らしきものがあったではないか」
通り過ぎた校門の方をチラチラと振り返りながらプリュイが文句を言ってくる。侵入ルートについてはざっくりと説明はしていたのだが、どうやら既に忘れてしまっているようだ。
眉間を寄せるプリュイに対し、ディアが優しく宥めにかかる。
「学院の防犯機能に引っ掛からないようにするためだよ。一見、ただ門が閉められているだけのように見えるけど、実際はあちこちに防犯の魔道具が設置されているらしいの」
ディアの言う通り、学院には厳重なセキュリティが敷かれている。
貴重な設備や魔道具、研究成果や論文などが山のようにあるため、強盗やその類いの人にとって学院は宝の山とも呼べる場所だ。いくら学院と言えども、そのような施設を国が無防備に曝すはずもなし。至るところに警備員や防犯の魔道具が配置されているのである。
故に、この手紙に記されている地図は重要だ。もし無くしでもしたら大変なことになるであろうことは容易に想像がつく。
しかしながら何故カタリーナ王女が学院のセキュリティの抜け穴を知っているのかはわからない。王女という立場柄知っていたのか、彼女たちの背後にいるカイサ先生のお陰なのかは不明だが、そのことについては今は特段気にする必要はないだろう。
プリュイの疑問が解消されたところで俺たちは歩く足を少し速めた。
手紙にはハッキリとした時間の指定はなかったため、俺たちがいつ到着しようが文句を言われる筋合いはないのだが、俺たちの帰りがあまりにも遅くなるとアリシアに不審がられる恐れがある。話し合いが長丁場になる可能性が高いことから、少しでも到着時刻を早め、早めに帰りたいという思いからの行動だった。
地図の通りに歩くこと数分、俺たちは分厚く高い石壁の前に辿り着いていた。
つるりとした一枚岩の壁の高さは十メートルにも及び、侵入者の前に立ち塞がる。当然ながら、並大抵の者ではこの高さの壁を越えることは困難。梯子などの道具や何らかのスキルに頼る必要があるだろう。
「えーっと……、この壁を飛び越えろってことかな?」
地図が示す道はこの壁の先。あたかもこの壁がないことを前提とした書かれ方をしていた。
「む? この壁を飛び越えればいいのか? 妾としては別に問題はないが、ついさっき防犯がどうこうと言っていなかったか?」
プリュイから至極全うな疑問が出てきたことに内心驚きながらも、俺は壁を見上げる。
見る限り、ただの高い壁だ。とはいえ、どこに防犯機能が設置されているかわからない以上、迂闊な行動は取れない。
俺がこのまま地図に従い、壁を飛び越えるかどうかを悩んでいると、真隣で壁を見上げていたディアが口を開く。
「この壁の上だけは不自然な魔力の流れがない。たぶんここだけは防犯機能が停止してるんだと思う」
「凄いな……、俺には全くわからなかったよ」
俺は『
魔道具の種類にもよるが、微弱な魔力だけで稼働する魔道具を認識することは今の俺には到底できそうもない。
「ふむ、つまりは問題ないのだな? ならば妾は先に行くぞ」
少し目を離した隙にプリュイはそう一言告げ、あっさりと壁の向こうへ跳んでいってしまう。
「はぁ〜……。仕方ない、俺たちも行こうか」
「うん」
十メートル程度の高さの壁であれば俺は勿論のこと、ディアでも簡単に飛び越えることができる。
膝を曲げ、地面を蹴り、壁の向こうへ軽々と降り立った。
それから学院の敷地内に入ってからは何一つとして障害になるものは現れなかった。
地図通りに歩き、第一野外演習場の入り口に俺たちは辿り着く。
「お待ちしてたッスよ」
照明が完全に落とされた真っ暗闇の中で俺たちを待っていたのは学院の制服を身に纏う一つの影だった。
独特な喋り方をする声の主は、その顔を見るまでもなくカタリーナ王女その人だとわかる。
「あの日の夜以来ですね」
「……あはは、その節はどうもッス。それじゃあ早速ッスけど、移動しましょうか、ついてきて下さい」
どうやらカタリーナ王女が代表となって俺たちを迎えに来てくれたようだ。彼女は暗闇の中でも全く迷う素振りを見せず、第一野外演習場の建物の中へと足を進めていく。
そしてカタリーナ王女の背中を追い続けて辿り着いた場所は、ここ以外の各演習場にも設けられている休憩室と呼ばれる部屋だった。
部屋の前に到着すると彼女は扉を三回、二回と分けてノックする。
――カチャッ。
ノックに呼応するように扉の鍵が開き、カタリーナ王女はドアノブを捻り、俺たちを部屋に招き入れた。
「どうぞ入って下さい」
部屋に足を踏み入れる。
明かりが着いていたその部屋は、長机が並べられただけの簡素な造り。休憩室というよりは会議室と言った方がイメージしやすいかもしれない。
そんな部屋の中には俺たち『雫』とカタリーナ王女を除くと、学院の制服を着た六人の男女と、暇そうに欠伸を噛み殺すカイサ先生の姿がそこにはあった。
「カイサ先生もいらっしゃっていたんですね」
「ああ。もし警備の者に見つかったとしても、私がいればいくらでも言い訳が立つからな。それにハーフドワーフの少女とやらも一目見ておきたかった。なに、途中で口を挟むつもりはないから、私のことは無視してくれて構わない」
カイサ先生の視線がプリュイに向けられる。
だがプリュイからしてみれば、『ハーフドワーフの少女』と言われた直後に自分に視線を向けられた意味がいまいちわからなかったのだろう。首を傾げ、やや困惑した表情を浮かべていた。
案内されるがままに空いた席に腰を下ろすと、目の前の長机に湯気が立つティーカップが置かれる。
「毒は入れてないから安心して飲んでね♪」
毒使いのクリスタにそんなことを言われるとむしろ怖くなって飲む気が失せるのは俺だけだろうか。
「……ありがとう?」
「どういたしまして♪」
戸惑いながらも、しっかりとお礼を言うところがディアらしい。クリスタもクリスタで、戸惑うディアを気にも留めず満面の笑みで言葉を返していた。
「全員揃ったッスね」
とにもかくにも、これで役者は全員揃った。
プリュイと『義賊』の間に生まれた溝を埋めるための話し合いがいよいよ始まる――。
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