第429話 質問合戦

「顧問ということは、彼女たちの保護者的な立ち位置という意味ですか? それともカイサ先生が主導となって彼女たちを――」


 俺の推察は鋭い眼差しと共にその途中でバッサリと断ち切られる。


「――それは些か邪推が過ぎる。『義賊』として活動を始めたのはあいつらの意思だ。あくまでも私はその尻拭いをしてやっているだけに過ぎない」


 カイサ先生の言葉をそのまま鵜呑みにするのであれば、カタリーナ王女たちは自らの意思で盗賊紛いのことを始めたと言うことになる。だとすれば、見えない大人の思惑が絡んでいるということはないだろう。


 ただし、気になる点もある。

 それは、何故カイサ先生は『義賊』として活動する彼女たちを止めないばかりか、自ら率先してその手伝いをしているのかという点だ。

 学院の教師として、生徒が起こした問題を表沙汰にしたくないだけなのか、もしくは何か別の考えでもあるのか。

 現状ではカイサ先生が『義賊』を庇うことのメリットがまるでわからないのが正直なところだ。


 損得など度外視で生徒たちを守りたいと考えているだけの可能性も極小ながらも無くはないだろうが、俺はここぞとばかりにカイサ先生の真意を訊ねることにした。


「カイサ先生が彼女たちの尻拭いをする理由が俺には全く理解ができません。その活動の善悪は置いておくにしても、教師という立場なら止めようと考えるのが普通なのではないでしょうか?」


 自分で言うのもなんだが、生意気だと思われても仕方がない発言だ。立場をかんがえると、生徒である俺が教師であるカイサ先生に説教染みたことを言うのは筋違いだろう。

 にもかかわらずカイサ先生は、生意気な俺の問いに対して真摯に言葉を返す。


「確かに、普通ならそうするべきだろうな。だがな、私はあいつらの目的を……いいや、夢物語と言うべきか。それを訊き、柄にもなく支援してあげたいと思ってしまったんだよ。……その話の信憑性はともかくとして、な。だから私はあいつらを守ることを厭わない。我がロブネル侯爵家の力を使ってでも、だ」


「姓を持っていたので、先生が貴族だということは分かっていましたが、まさか侯爵家出身のお方だったとは……」


 ひとえに侯爵といっても国によっては多少位に違いはあるかもしれないが、上級貴族であることには違いないだろう。

 当然ながらその権力は並大抵のものではないはず。侯爵家の力を振るえば、例えカタリーナ王女たち『義賊』が何らかのミスを犯したとしても尻拭いをしてあげることはそう難しくはないのかもしれない。

 それにカイサ先生の口振りからして、過去に実際に尻拭いをしてあげた経験があるとみて間違いなさそうである。


「急に畏まるな、むず痒くなるだろうに。それに私は今はまだロブネル侯爵家の当主ではない。一人娘ということもあり、一応は次期当主ということにはなっているが、結婚相手如何では……――コホンッ、今は私の話はどうでもいい。そんなことよりも、だ。お前たちの目的はなんだ? 傭兵団『雫』と名乗り、モルバリ伯爵が冒険者ギルドに出していた護衛依頼を引き受けたそうじゃないか。訊いた話によれば、フラムの代わりかは知らんが、ハーフドワーフの少女……それもかなりの実力を持った者と行動を共にしていたそうだが、お前たちは――ラバール王国の指示で動いていたのか?」


 嘘を許さない真っ直ぐで真剣な眼差しを向けられる。

 ラバール王国からの留学生という扱いになっていることもあって、俺たちの背後に大国の影がちらつくのは仕方ないにしろ、その眼差しは諜報員を疑うそれだった。


 それはそうと、今のカイサ先生の発言から、手紙に書かれていた『ハーフドワーフの少女』の一文にようやく合点がいく。

 どうやらカタリーナ王女たちはプリュイのことをハーフドワーフだと勝手に思い込んでいたらしい。あの時は説明する暇も、説明できない事情もあったため、プリュイの正体に関しては伏せたまま曖昧になっていたことをすっかりと俺は忘れていたのだ。

 そもそものところ、俺は勝手にプリュイのことをただの人間だと思ってくれるだろうと考えていたが、今冷静になって考えてみれば、背丈などの外見からはまるで想像もつかないほどの強さを持っているプリュイをただの人間だと思うはずがなかった。カタリーナ王女たちがプリュイをハーフドワーフだと思い込んでしまうのも無理はないだろう。

 だが、こちらとしては思い違いをしてくれていた方が都合が良いこともまた確か。要らぬ混乱を招かないようにするためにも、プリュイのことをそのままハーフドワーフだと認識してくれていた方がラッキーだ。


 あえてプリュイのことは訂正しないまま、カイサ先生の問いに答える。


「今さら隠しても無駄なようなので始めに言っておきますが、今回の件に関して、ラバール王国は全く関与などしていません。それに傭兵団『雫』に関しても、おそらく二度と俺たちが名乗ることも活動をすることもないかと思います」


「だが、ただの気紛れで傭兵業をやっていた訳ではないだろう? お前たちの目的はどこにある?」


 遠回しな言い方をせず、駆け引きなしで単刀直入に訊いてくるあたり、カイサ先生は俺たちと長々と腹の探り合いを続けるつもりはなさそうだ。

 腹の探り合いが苦手な俺からしてみればやり易いことこの上ないが、どうも相手にペースを握られている気がしてならない。だからといってどうこうできるわけでもないため、俺は駆け引きを捨て、素直に答えることにした。無論、隠すところは隠してだが。


「カタリーナ王女にも言ったかと思いますが、俺たちの目的は『義賊』の活動を止めさせることにあります」


「……なるほど、お前たちの目的は理解した。だが、何故止めさせようとする? お前たちはラバール王国の民だ。マギア王国の悪しき貴族が『義賊』の被害に遭ったとしても、お前たちには何ら関係がないはず。どうしてお前たちが出しゃばる必要がある? もしや、悪事を見過ごせないとでも言うつもりか?」


「俺たちは……いえ、少なくとも俺は、そこまでの善人ではありませんよ。自分のことだけでも一杯一杯ですし」


俺はそのつもりだが、ディアに限っては正直わからない。そのため、俺はあえてそんな言い回しをした。


「ならば何故だ?」


「頼まれたからです。今はそれだけしか言えません」


 正確に言えば、フラムがプリュイと約束をしてしまったことが全ての始まりなのだが、そこまで教える必要はないだろう。


 いずれにせよ、今の俺が話せるのはここまで。

 俺とディアも当事者の一人と言えばそうなのかもしれないが、この件に関してはプリュイの意思に任せることに決めているのだ。落としどころはプリュイに任せるとして、おそらく俺とディアはプリュイと『義賊』の仲介役を務めることになるだろう。


「これ以上お前たちをつついても意味はなさそうだな……。なら、最後に一つだけ訊いてもいいか?」


 鋭い視線を引っ込め、肩の力を抜いたカイサ先生が何とはなしに訊いてくる。


「答えられることなら」


「お前たちは『義賊』を捕らえるつもりも、憲兵に突き出すつもりもない、その認識で間違っていないか?」


「今のところはそのつもりです。話し合いで解決できればそれが一番だと思っていますから」


「……そうか」


 素っ気ない感じで訊いてきた質問だったが、もしかしたらカイサ先生はカタリーナ王女たちのことを心の底から心配していたのかもしれない。

 今は背を向けてしまったが、俺がそう答えた時にはカイサ先生は確かに小さく安堵の息を吐いていた。その点から鑑みるに、俺の予想はそう間違っていなさそうだ。


「……さてと、今日は呼び出してしまって悪かったな。私からの話は以上だ。お前たちとあいつらの話し合いが上手くいくことを祈るとしよう」


 閉めていた教室の鍵を開けたカイサ先生は、俺たちが教室を後にする姿を、やや疲れた笑みを浮かべながら見送った。

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