第428話 後ろ楯
「この空き教室を使わせてもらうとしよう」
歩くことおよそ一分。
中央校舎五階の空き教室の前で立ち止まったカイサ先生はポケットの中から鍵の束を取り出し、その内の一本を鍵穴へと挿した。
「好きな席に腰を掛けてくれて構わない」
当然、通された教室の中には人の影はない。
造りこそSクラスの教室と全く同じだったが、どことなく居心地の悪さを感じながらも俺はディアと足並みを揃えて教室の中へと入る。
――カチャッ。
背後から聞こえてきたその音はカイサ先生が後ろ手に鍵を閉めた音だった。
どうやら密室での話し合い――密談をお望みのようだ。
胡散臭さと気味の悪さを覚えるが、担任からの呼び出しとなっては流れに身を任せる他ない。
出入り口に一番近い席に腰を下ろし、カイサ先生の言葉を待つ。
カイサ先生は席には座らず俺たちの机の前に立つと、それまで大切そうに持っていた手紙を机の上に滑らせた。
「お前たち宛の手紙だ」
「手紙……ですか?」
俺は机の上を滑ってきた手紙を手にした。
手触り、紙の色合いからして上質な植物紙を使っているのだろう。しかし、封蝋こそされているものの、赤い蝋には家紋などのシンボルはなく無印。表面にも裏面にも差出人のヒントになりそうな手掛かりは残されていなかった。
「開けても?」
言葉こそ返っては来なかったものの、カイサ先生は小さく頷いた。
封蝋を割り、二つ折りにされていた一枚の薄い紙を取り出す。その際、ディアにも見えるよう肩が触れるか触れないかという微妙な距離で手紙をゆっくりと開いた。
そこに記されていたものは大まかに分けて二つ。
一つは文章。
極めて短く、いまいち要領を得ない内容だった。
手紙にはこう書かれている。
――『三日後の夜、ハーフドワーフの少女と共に』。
その短い文章の後に続いていたのは手書きの地図と赤いインクで書かれたバツ印。
お世辞にも精密な出来とは言えないかなり大雑把な手書きの地図だったが、バツ印が示すところは簡単に理解できた。
「こうすけ、この場所って……」
「ああ、学院の第一野外演習場だね。ご丁寧なことに侵入経路まで書いてくれてるよ。それにしても……ハーフドワーフの少女って誰のことだろう?」
差出人は不明だが、待ち合わせ場所を学院の敷地内にしておきながら、学院の教師であるカイサ先生を介して手紙を渡してくるとは、肝が据わっているというべきか大胆不敵というべきか。
とにもかくにも、怪しいことこの上ない手紙だった。
ただ、気になる点があるとすれば、『ハーフドワーフの少女』という文だ。記憶をいくら辿ろうともマギア王国でハーフドワーフの少女と出会った覚えがないのだが、果たして一体誰のことを指しているのだろうか。
隣に座るディアに確認してみたが、ディアも覚えがないらしく首を左右に振っていた。
差出人は不明、ハーフドワーフの少女にも覚えがない。
ともなれば、宛先を間違えたのではないかという疑問が湧いてくるのは必然。
差出人に関しては『もしかしたら』という人物も思い浮かばなくは無かったが、念のためにカイサ先生に確認を取ることにした。
「カイサ先生、もしかして……宛先を間違えていたりはしませんよね?」
「私を馬鹿にしているのか?」
間髪入れずに刺々しい言葉が返ってくる。白けた眼差し付きで、だ。
「してませんよ! ただ、思い当たる節がなかったもので、つい……」
半分は嘘で半分は本音だった。
このタイミングで俺とディアにコンタクトを取ろうと考える人物が彼女しか思い浮かばなかったからだ。
『
しかし、ハーフドワーフの少女という全く身に覚えのない文がどうしてもノイズになっていたのだ。
「思い当たる節がないだと? フッ……、白々しいにも程がある。確か……傭兵団『雫』といったか?」
どこか皮肉めいたカイサ先生の言葉を訊き、否応なく心臓が跳ねる。
何故、カイサ先生が『雫』を知っているのか。
どこから俺たちの情報が漏れ出たのか。
いつ、どこで、どうやって……。
俺は咄嗟に身構えていた。
立ち上がりディアを抱くようにその腕を引き、長机を挟んでカイサ先生を睨み付けていた。
頭の中で鳴り続ける警鐘に従い、俺がカイサ先生を敵として認識しようとしたその時、冷ややかな言葉が投げ掛けられた。
「――愚か者め、少しは落ち着け」
「……」
その一言で多少冷静さを取り戻したが、警戒心は未だに高く保ったまま。緊迫した空気が空き教室を包み込む。
「……まったく、これでは落ち着いて話ができないだろうに。先に言っておくが、今の私にはお前たちと戦う意志はない。何なら私を拘束してくれても構わないが? さて、どうする?」
手のひらを開き、両手を挙げることで戦意が無いことをまざまざとアピールしてくる。
『今の』という単語には引っ掛かるところはあったが、ひとまずは信じても良さそうだ。空き教室とはいえ、学院内で生徒に手を出す教師はそうそういないだろう。
そう判断力した俺は身体の力を緩め、態度を改めて話し合うために席へ座り直そうとした……のだが、ここであることに気付く。
花のような甘い香りと、制服の上からでも分かる人肌の温もりを。
「――ご、ごめんっ!」
顔から火が出るとはまさにこのことだ。
ディアの小さな身体を強く抱きしめていたことに気付いた俺は、顔を真っ赤にしながら慌てて離れ、勢いよく椅子に座り直す。
過剰に反応し過ぎた俺とは対照的に、ディアは何が起こったのかまるでわかっていない様子でどこかぼんやりとしていた。
「私の前で青春するとは大した度胸だ。そうは思わないか? コースケ」
「……すみません」
掠れ掠れの声で返事をするので精一杯。穴があったら入りたい気分だ。
頭が真っ白な状態になったが、都合よくこれで話は終わりとはならない。カイサ先生は一度大きな咳払いをし、表情を真剣なものへと改めた。
「幸いにも少しは頭が冷えたようだし、話を続けさせてもらうか。まず、その手紙の宛先はお前たちで間違いないと私が責任を持って保証しよう。それで、だ。差出人についてだが、お前たちには既に見当がついているんじゃないか?」
試すような視線を感じる。
俺たちが信用するに値する人物であるかを見定めているような視線だ。
この感覚が間違いでなければ、答えは一つだ。
「いえ、残念ながら全く。手の込んだ悪戯じゃないのであれば、この手紙の差出人は俺たちに何か重大な用事でもあるのでしょうね」
「……まあいい。お前たちは口が堅く、それでいて多少は信用できる者たちであるということにしておこう。その手紙の差出人はカタリーナだ。『義賊』のリーダーと言った方がお前たちには分かりやすいか?」
よくわからないやり取りだったが、どうやらカイサ先生の中で俺たちは合格ということになったらしい。
それにしても何故カイサ先生が『義賊』のリーダーの正体がカタリーナ王女であることを知っているのだろうか。
口振りからして、おそらくカイサ先生は『義賊』のメンバー全員の正体を知っていそうだ。……いや、それだけではない。もっと深い繋がりがあるとみていいだろう。
「……何故それを?」
俺は無意識の内に小声になりながら、探るような視線をカイサ先生に向けていた。
「簡単な話だ。いくら高い実力を持っていたとしても大人の後ろ楯無しに『七賢人』が『義賊』として活動できるはずがないだろう? 学院内での成績が良く、様々な特権があいつらに与えられていたとしても所詮は子供、一生徒に過ぎない。だから私が大人として、そして教師としてあいつらの穴を埋めてやっているんだよ。端的に言えば『義賊』の顧問と言ったところだろうか」
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