第431話 譲れないもの
「お互いのことを知るためにも簡単な自己紹介から始めるッスかね。ということで、まずは言い出しっぺの私から。名はカタリーナ・ギア・フレーリン。『
カタリーナ王女は自身が王女であることを公言しなかった。
その意味するところは『義賊』としての活動は王女としてではなく、『七賢人』としてのものだと主張したいのかもしれない。
既知の間柄ということもあってか、カタリーナ王女の自己紹介はたったのそれだけで終わる。
そして次に口を開いたのは、部屋の奥に座るカタリーナ王女のその隣に座る男。白銀の髪に整った顔立ち。性別問わず誰の目から見てもイケメンである。
「僕の名はアクセル・クルーム。こうして学院で顔を合わせるのは初めてだけど、これでも『七賢人』の第二席なんだ。よろしくお願いするよ」
今は半ば対立関係にあるというにもかかわらず、爽やかな笑みを俺たちに向けてくる。
あくまでも第一印象でしかないが、悪い人ではなさそうだ。
「それじゃあ、次はワタシかな? コースケくんとディアちゃんは知ってると思うけど、ワタシの名前はクリスタ。第三席だよん♪」
元気そうに桜色のポニーテールを揺らすクリスタ。
表面上は天真爛漫な装いをしているが、腹の中では何を考えているのかがわからない怖さが彼女にはある。俺の中では要注意人物の一人だ。
「ワタクシは第四席マルティナ・フレーデンですわ」
クリスタに続く形で自己紹介を始めたのは、見事な金髪縦ロールの女性だった。如何にも貴族のご令嬢といった感じで、友好的とは程遠い高飛車な態度を貫き通し、簡単に自己紹介を済ませる。
「クリスタ同様、俺のことは知っていると思うが、一応自己紹介をしておこう。第五席イクセルだ。主に作戦の立案や現場での指揮などを担当している」
眼鏡の奥から鋭い眼差しを俺たちに向けてくる。その中でも俺に向けてくる眼差しは特段鋭く冷たいものだった。
もしかしたらあの日の戦いを未だに根に持っているのかもしれない。
「……第六席カルロッタ。……以上だ」
カルロッタに限っては、俺たちに視線すら向けずに手元で何かを弄くっている様子。この話し合いの場にまるで興味がないのだろう。
そして最後に口を開いたのは、ローブ越しからでもわかるほど筋骨隆々の男。鍛え上げられた分厚い肉体は、魔法学院の生徒というよりかは冒険者を想起させられる。
「俺の名前はオルバーだ。こんなんでも一応は『七賢人』の末席に就かせてもらっている。よろしく頼むな」
裏表の無さそうなスカッとした自己紹介だ。
俺とは一度拳を交えた間柄だというのに、そんなことを気にしてそうな素振りは彼には見られなかった。
『七賢人』もとい、『義賊』側の自己紹介が一通り終わり、いよいよ俺たちの番となる。
八対の瞳が俺に向けられている様子からして、『まずはお前から自己紹介を始めろ』という意味なのだろうと察し、言葉を選びながら自己紹介を始めた。
「俺の名前はコースケです。訳あって傭兵業をしていましたが、あくまでもあれは一時的なものであって、今後続けていくつもりはありません。それと大事なことを一つ。ラバール王国の指示で動いていた訳ではないことをここに宣言しておきます」
プリュイの問題は俺たち『紅』の中だけで解決しなければならない。
相手側が俺の言葉を信じてくれるかどうかは別として、これ以上はラバール王国に迷惑を掛けないようにするためにも、傭兵団『雫』の活動がラバール王国とは無関係であることを明言しておく必要があった。
俺の発言に対し、いくつか胡乱げな視線を向けられたが、今は弁明をする時間ではないと割り切り、ディアへと視線でバトンを渡す。
「わたしはディア。わたしからは貴女たちとはあまり争いたくないとだけ言っておくね」
余計な情報を与えないためか、はたまたコミュニケーションを取るのが苦手だからか、ディアは短くそう告げただけで自己紹介を終えた。
そして最後にプリュイの番となる。
どんな爆弾発言が出てくるのかと不安なところはあるが、今はそっと見守る他ない。いざとなれば無理矢理にでも口を塞ぐことも頭の片隅に置いておかなければならないだろう。
全員が座ったまま自己紹介をしてきた流れの中で、何を思ってかプリュイは勢いよく立ち上がり、人差し指をカタリーナ王女にスバッと突きつけた。
「妾の名はプリュイであるっ! 貴様らがこれまで成してきた蛮行を止めるべく、こうして足を運んでやったのだ! 感謝するがよい!」
そう言い放つとプリュイは満足げな表情を浮かべて腰を下ろした。
ちなみに指を指されたカタリーナ王女はプリュイのテンションについていけず、引きつった苦笑いを口元に浮かべている。
「……こ、これで全員の自己紹介は終わったッスね」
僅かながらにヒリついた空気の中、カタリーナ王女が司会進行を兼ねてこの場を仕切っていく。
「であれば、そろそろ質疑応答に移ってもいいッスか? こちらとしては色々と訊きたいことがあるので」
早々に着地点――折衷案を模索していくのかと思いきや、どうやら向こうには訊きたいことがあるとのことらしい。
正直に言って、あまり探られたくないという思いは強いが、着地点を決めるためにも、ある程度お互いのことを知っておくことは必要だろう。
やや躊躇しながらも、結局俺は渋々首を縦に振ることにした。
「……ええ、わかりました」
「だったら最初に私から一ついいッスか? 今回の件にラバール王国が絡んでないというコースケさんの主張は理解したッス。そこで確認したいんスけど、ここにいないフラムさんやアリシアも今回の件には関わっていないという認識で間違いないッスかね?」
何故ここでフラムの話題が出てきたのかと不思議に思うところはあったが、フラムの実力をある程度理解しているカタリーナ王女からしてみれば気になるところなのだろうと納得をする。
俺の立場からしてみれば、アリシアはともかくとして、ラバール王国が関わっていない=フラムが関わっていないとはならないのだが、如何せんその辺りの事情は説明するのが難しい。
俺は慎重に言葉を選びながら説明をしていく。
「アリシア王女殿下は今回の件には全くと言っていいほど関わってはいません。現に『義賊』の正体が『七賢人』であることをアリシア王女殿下には伝えていませんから」
アリシアがいない場で敬称をつけずに迂闊に呼び捨てにすることはできない。俺とディアの表向きの立場がラバール王国から選抜された留学生ということになっているからだ。
以前、カタリーナ王女には俺たちとアリシアの関係性をうっすらと教えていたために、例えこの場でアリシアのことを呼び捨てにしたとしても然程問題にはならないだろうが、余計な探りを入れられないためにも、念には念をという意味で敬称をつけておくことを忘れない。
「……『
「そうなりますね。元を辿ればフラムとプリュイが旧知の仲にあったことが起因していますので」
ここは隠すべきところではない。あえて真実を言うことで信用を得ることを優先する。信用を稼ぎ、ここぞという場面で真実を隠すために俺は布石を打つことにしたのだ。
俺が真実を語るやいなや、何故かカタリーナ王女の表情が曇っていく。まるでその表情は困り果て、白旗を揚げる寸前といった感じだった。
「はぁ〜……、それは本当に困ったッスね。唯でさえフラムさん抜きでも手も足も出なかったのに、そこにフラムさんまでが加わるとなると、どう足掻いても私たちに勝ち目はないじゃないッスか……」
「もしかして……もう一度俺たちと戦うつもりだったと?」
耳を疑う発言だったが故に、訊かずにはいられなかった。
もし『七賢人』に、『義賊』に、戦う意志が残っているのであれば、戦いは避けられないだろう。心を折り、完全に白旗を揚げさせなければならなくなる。
しかし、そんな俺の心配は杞憂に終わった。
「冗談ッスよ、じょーだん。あれだけこっぴどくやられておいて、もう一度だー、なんて思うはずがないッスよ」
くくくっ、と悪戯っ子のように笑うカタリーナ王女の笑い方は到底大国の王女のそれとは思えない。だが、それが彼女の本性なのだろう。
王女らしい振る舞いは仮面を被ったもので、こうして普通?の女の子のように笑う彼女の方がどこか生き生きとしているように見える。
「そう思ってくれているのであれば、こちらとしても安心ですよ。無駄な争いなんてしたくないですし」
「そうッスね、私も同じ意見ッスよ。でも――」
その瞬間、カタリーナ王女の表情が真剣なものへと変貌する。
そして彼女は、ずっしりとした声音でこう言葉を続けた。
「――勝てないと思っていても、どうしても譲れないものもあるんスよ。だから私たちはプリュイさんの要望には応えられないッス」
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