第424話 ロザリーと副官

 紅介たち『雫』がカタリーナ王女率いる『義賊』と戦い、そして見逃がし、引き続き護衛依頼をこなしている一方で、『王の三腕サード・アームズ』の隊長ロザリーは、同じくメイド姿に扮した副官と共に王都ヴィンテルを散策……もとい、情報収集を行っていた。


 副官の名はレリア。

 年齢は十九。落ち着いた亜麻色の長い髪に、美形ばかりのこの世界の中では至って標準的な容姿しか持たない彼女は、パッと見ただけではメイド服を着ていなければどこにでも居そうな町娘にしか見えない。

 だがその実、こと戦闘能力に限れば隊長であるロザリーをも上回る実力を持っており、諜報活動を主とする秘密部隊『王の三腕』きっての実力者なのであった。ただし、オン・オフの切り替え如何ではポンコツになるときが多々あるのだが、それはご愛嬌ということに部隊内ではなっている。


 商店がずらりと建ち並び賑わう大通りを、買い物バックを片腕にさげながら二人は歩いていく。

 表向きは買い出しを兼ねた散策。

 まずは良質な食材を取り扱う通い慣れた商店に向かう。店主にも顔を覚えられていることもあり、二人は笑顔で店内に迎え入れられる。


「これはこれは、いつもご贔屓に。本日はどのような品をお求めですかな?」


 やや肥満気味な男性店主がロザリーとレリアに話し掛ける。

 富裕層向けの上質な食材を幅広く取り扱う店でありながら、店主は気さくでお喋りが好きな性格の持ち主だった。

 故にロザリーは数ある商店の中からこの店を選び、常連客になったのである。全ては情報を集めるために。


「程よく脂が乗ったお肉を一キロほどいただけますか?」


 言わずもがな、購入する肉の大半を平らげてしまうのはフラムだ。ここ数日は紅介たちがいない分、購入量は多少抑えられてはいるが、それでも一日あたり一キロはフラムの機嫌を損なわないためにも必要不可欠になっている。


「肉の種類はいつも通り私のオススメするもので?」


「はい。店主様がオススメしてくださる物に間違いはありませんので」


 普段は見せることのない愛想の良い笑みをロザリーは浮かべる。


(うっわっ、隊長が笑ってる……。隊長の笑顔を見慣れてないからか、どこか怖いというか……)


 傍でロザリーの横顔を見ていたレリアは頬を僅かにひきつらせながら二人のやり取りを見守る。

 ロザリーの感情を覗かせない能面のような表情ばかりを見続けてきたレリアにとって、滅多に見ることのないロザリーの笑顔は形容し難い恐怖を彼女に抱かせるには十分過ぎた。


 冷蔵機能が搭載されたガラスケース型の魔道具にズラリと並べられた数々の肉類から一際大きな肉塊を取り出し、店主が手際よく肉を切り分けながらロザリーとのお喋りに興じる。謂わば世間話というやつだ。

 他愛ない話が続く中、さりげなく話を変えたのはロザリーだった。


「そう言えば噂で訊いたのですが、最近『義賊』が活動を再開したそうですね」


 ここで過度な好奇心を見せないようロザリーは心掛ける。あくまでも場を繋ぐための話題提供という体裁を崩さないようにさりげなく『義賊』を話題に上げた。


「どうやらそのようですな。一部の商人の間では大騒ぎになっておりますよ」


 あたかも自分には関係がないと言わんばかりに店主が笑う。

 店主の余裕のある態度に加え、『一部』というワードにロザリーは引っ掛かりを覚える。


「一部、ですか?」


 鞄から財布を探すふりをしつつ、自然に話の続きを促す。他愛ない世間話という体裁を保ち続ける。


「ええ。『義賊』は悪に手を染めている貴族や、そのような貴族を背後に商いをする商会を狙いますからな。後ろめたいものがある商人たちが戦々恐々としておるのですよ。とは言っても、ほんの一握りの商人だけですがな」


「でしたら物流には然程影響はなさそうですね」


 さも、あまり興味がないとばかりに当たり障りのない言葉を返す。


(大した情報ではないですが、悪徳貴族だけを狙うという噂の裏付けにはなるでしょうか)


 商人直々の情報はそれなりに確度が高いものであるとロザリーは結論付ける。しかし、ロザリーが求める有益な情報とは程遠いのもまた確か。

 手早く会計を済ませ、店を後にしようと思い始めていたロザリーだったが、店主の次の一言によって財布に伸ばしていた手を止めることになる。


「……の、はずなのですがな、どうにもここ最近、食料の仕入れ値が上がり始めておるのですよ。当分は今のままの価格でやらせていただくつもりですが、それもいつまで持つか……」


 困り顔を浮かべる店主をほったらかしにし、ロザリーは自分の世界に籠る。


(季節は冬。食料品が多少値上がったとしてもおかしくはありません。ですが、店主の様子からして季節とは関係がない別のところに原因がありそうですね……)


 自分の世界に籠ってしまったロザリーに代わり、レリアが会話を繋ぐ。


「それもこれも『義賊』が原因なんですかね? それとも何か別の原因が?」


 ど直球に疑問を投げ掛けるレリアであった。

 あまりのど直球な発言にロザリーの意識は強制的に現実に引き戻される。


 諜報活動を主とする秘密部隊の隊員……しかも副官であるにもかかわらず、レリアは駆け引きや本性を隠すことを苦手としていた。

 愚直なまでに素直な性格をしており、過去に幾度とロザリーはレリアに手を焼かされた過去を持つ。

 それでも彼女が『王の三腕』の副官という地位にいるのは、武に秀でているがため。諜報活動の面ではなく、武の面で『王の三腕』を支えているのである。


 レリアの暴走癖は今に始まったことではないとは頭で理解しつつも、ロザリーは額にうっすらと青筋を浮かべていた。

 だが、レリアは店主との会話に忙しくしていたがために、その事実に気付いていない。


「全くの無関係……とは言い切れないでしょうな。なんでも『義賊』に対し、国がついに本格的に腰を上げるらしいのですよ。各地に兵を派遣して治安維持に努めるなんて話がありましてね。それで食糧や武具、後は魔道具なんかも国が買い上げているようで」


「それが本当の話なら、かなりの大規模作戦じゃないですか。流石の『義賊』でも国が本気を出したら万事休すかもしれませんね」


「……ここだけの話、私は『悪を裁き、民を救う!』そんな『義賊』の心意気が好きでしてね、密かに応援していたので、まだまだ頑張ってもらいたいと思っておったのですが……」


「ああ! わかります、わかります! なんか格好いいですし、少し憧れちゃいますもん!」


「話が合うようですな! わはははっ!」


「そうですね! あはははっ!」


 他に客がいないことを良いことに、店主とレリアは『義賊』に関する話題で勝手に盛り上がり、高笑いを上げる。

 そんな二人にロザリーは冷たい眼差し(特にレリアへ)を向けながら、未だに高笑いを上げ続けていたレリアの脇腹を強くつねった。


「――んぎっ!?」


「……コホンッ。店主様、うちのメイドが失礼を。お釣りは迷惑料としてお受け取り下さい」


 お釣りというには多すぎる金貨三枚を店主に渡し、ロザリーは店主に頭を下げ、レリアの腕を引っ張ってそそくさと店を後にしたのであった。




「レリア、何か弁明することはありますか?」


 二人の足は屋敷へと向かっていた。

 店主以外には誰にも話を訊かれてはいないだろうが、念には念を入れ、この日の買い物兼散策という名の情報収集活動を打ち切ったのである。


 徹底的に店主をリサーチし、店主の背後関係に国家や貴族との繋がりはないと知っていたがために今の会話が大事になることはないとロザリーは頭の中では理解している。だが、レリアの暴走が許されるかどうかは全くの別問題だった。


 額に青筋を、口元には笑みを浮かべるというロザリーの高等テクニックを見せつけられ、レリアは背中に冷たい汗を流す。


(まずいまずいまずいまずいまずいまずい……っ!)


「あっ、いや、あのー……ですね?」


「……」


(あっ……だめだ。絶対に後で怒られるやつだ……)


 ロザリーの微動だにしない鉄の表情を見せつけられ、レリアは弁明を諦めたのであった。


 その日の晩、レリアがロザリーから説教を受けたことは言うまでもない。

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