第412話 一筋の閃光
「オマエタチニ、オレタチヲ、ツカマエラレルカネェ?」
全身を漆黒で纏った男が悠々と大剣を片手で構える。
淀みのないその構えは大剣の重さを全く感じさせない。まるで棒切れを構えているかのよう。
ただ単に筋力が発達している――という訳ではなさそうだ。男が持つ何かしらのスキルが影響しているとみて間違いないだろう。
俺はこの隙に、正面に立つ男に『
が、しかし、『神眼』は
俺の視界にはこのように男の情報が表示されていた。
アカギ・コウスケ
???スキル『――』
???スキル『――』
伝説級スキル 『
空間の固定・創造・接続、魔力量上昇・特大
伝説級スキル 『
情報の解析、情報隠蔽、動体視力上昇・特大
伝説級スキル 『
……etc.
―――と。
俺の情報が何故か男の情報として俺の視界に表示されていたのだ。
文字化けしているスキルは『神眼』では解析不可能の
同姓同名かつ全く同じスキル構成を男が持っているとは考えられないことから、何らかの方法で『神眼』の対象をねじ曲げた、もしくは反射したと思った方がよさそうだ。
何の情報も掴めないまま目の前の男と対峙しなければならないが、条件は相手も同じ。であれば、真っ向から力と力をぶつけ合うのみ。
「……」
剣呑な空気が俺と男の間に流れる。
ぶつかり合うのも時間の問題。一瞬でも隙を見せれば戦いの火蓋は切られるだろう。
雪で覆われた地面を一歩、二歩とゆっくり踏みしめていく。
間合いはそのまま。互いに円を描くようにジリジリとその時を窺う。
一対一の戦いが始まる。
だが、そう思っていたのは俺だけであった。
俺の頭上五メートル先に、突如として禍々しい紫色をした直径三十センチ程の球体が次々と現れる。
球体の中では紫色をした煙が激しく渦を巻き、圧縮され、俺を目掛けて放たれた。
「――させないっ」
俺が即座に迎撃態勢へ移ろうとした次の瞬間、ディアのそんな言葉が真後ろから聞こえ、紫の球体は俺に向かうや否やディアが生み出した同数の火球によって、いとも容易く全て打ち消されていった。
そして――、
「貴女の相手はわたしだよ、
もう一人の襲撃者が隠れていた木を見上げたディアがそう言い放ったのだった。
途端、枯れ木が小さく揺らめく。
それは明らかな動揺。俺の目の前に立っている男も仮面の奥の瞳を大きく見開き、驚愕を露にしている。
そして俺も襲撃者たちと同様に驚きを隠しきれず、無意識の内にディアに問い掛けていた。
「……クリスタ? クリスタってまさか……?」
「うん、あのクリスタだよ。見覚えのある魔力だと思っていたけど、今の魔法を見てようやく誰の魔力なのか思い出せたの」
どういうことなんだ、と頭の中で混乱が渦を巻く。
ディアの目はあらゆる魔力を見通す。そんな彼女が確信もなく、クリスタの名前を出すかどうかと問われれば、答えはノーだ。
ディアのことだ、絶対的な確信を持って彼女の名前を出したに違いない。
ともなれば、襲撃者の――『義賊』の正体の一人は、俺たちが通うヴォルヴァ魔法学院のクラスメイトであるクリスタということ。
偶然、クラスメイトのクリスタが『義賊』に加わっていたのか、或いは……。
しかし、思考を整理する時間は与えられなかった。
迸る殺気が目の前の男から放たれ、思考を整理しようとしていた刹那の間に俺との距離を急速に詰めてきていたからだ。
距離を縮めてきた男は大剣を上段に構え、荒ぶる感情に身を任せてその剣を力強く振り下ろす。
「――オリャアアアアッ!」
変声されているその声には明らかに感情が籠っていた。
その感情が怒りから来たものなのか、焦燥感から来たものなのかはわからないが、強烈な気迫だけは伝わってくる。
だが、その一振りには技術も駆け引きも存在していない。
ただ闇雲に感情に任せて振るっただけの一撃など俺に通用するはずがなかった。
俺は男が振り下ろした大剣をあえて回避せずに、紅蓮で迎え撃つ。
紅蓮を大剣にぶつけてその軌道を逸らす。すると大剣はその軌道を変えられ、雪が積もった地面を激しくえぐった。
衝撃で土と雪が空を舞う。
そして、空を舞っていた土と雪が地面に再び舞い落ちた時には、紅蓮の刃先が男の喉元に突き付けられていた。
「――動くな。動いたら容赦はしない」
男の大剣は未だに地面に突き刺さってはいるものの、
そしてもう一人の襲撃者……クリスタと思われる人物はその間に枯れ木から地面へと飛び降りてディアと対峙していた。
その格好は俺に紅蓮を突きつけられた男と同じ。全身を漆黒で着飾り、顔には仮面を着けていた。
「クリスタ? キサマハ、イッタイ、ナニヲ――」
その声は男同様、ノイズが混ざっており性別の判断がつかないよになっている。『神眼』を使っても情報が跳ね返ってくる点も同じであった。
白を切ろうとした言葉を遮り、ディアが声を発する。
「とぼけても無駄。わたしの目は誤魔化せない」
「……」
あまりにも毅然としたディアの態度に、何も言い返せずに黙り込み、睨み付ける。
一触即発の雰囲気が漂う。
頭に血が上っているのか、仮面の奥の瞳にはディアの姿しか映ってないように見える。そんな彼女に対し、ディアは更なる追い討ちをかけた。
「『義賊』に貴女が加わっていただったなんて思ってもいなかった。けど、これで『義賊』に関する手掛かりは掴んだも同然。例え貴女たちがこの場から逃げたとしても、わたしたち『雫』からはもう逃げられない」
「――ダマレ」
「黙らない。わたしたちには目的があるから」
「――ダマレ、ダマレ、ダマレ!!」
絶叫が真夜中の山の中に木霊する。
そんな彼女は――クリスタは実力行使に打って出た。
両拳に嵌めていた鈍く輝く漆黒のナックルダスターを打ち鳴らすと、ディアとの距離を瞬く間に詰めたのである。
最初から二人の距離は五メートル前後しか離れていなかったこともあり、数瞬の後にクリスタの得意な間合いになっていくだろうことは明白。
その光景を横目で見ていた俺は即座に体内で魔力を練っていた。いつでもディアを守れるよう準備は怠らない。
しかしそんな俺の心配は次の瞬間、杞憂に終わった。
近接戦闘を行う術を持たないディアにとっては勝ち筋の見えない間合いになる……かのように思えたが、結果は違った。
クリスタが二歩、三歩と踏み込む刹那の間に、ディアは後方へ跳びながら土系統魔法を発動。地面を隆起させ、クリスタの足の踏み場を無くしたのである。
しかもそれだけでは留まらない。
隆起した地面を再利用し、クリスタを半球状の土壁の中に閉じ込めたのだ。
クリスタを捕らえた土壁はその色を土色から鋼色に変え、鋼鉄の檻へと変貌を遂げる。
「安心して。空気が無くなる前には出してあげるから」
直径三メートルの半球状の檻に囚われたクリスタにはその声は届いていない。ドンドンと壁に拳を叩きつける音が響き渡ってくるだけで、一向に出てこられそうな気配はない。
だが、そんなことはお構い無しにディアは彼女にそんなことを語りかけていた。
俺に紅蓮を突きつけられ身動きが取れない男と、鋼鉄の檻に囚われたクリスタ。
これで二人の動きを封じることには成功した。後は未だに俺たちから少し距離を取り続けている残りの二人と、プリュイと戦っているであろう二人を合わせ、計四人を残すだけ。
まだ油断も安堵もできる状況ではない。
今一度気を引き締め、残す『義賊』たちを捕らえていこう。
そう思った次の瞬間、俺の目の前を一筋の閃光が走った――。
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