第411話 常闇の襲撃者

 プリュイが放った極寒の伊吹によって相手は凍てついた山肌を境に四・二の形に分断されていた。


「左に四人、右に二人か。良い感じに分断できたみたいだ」


 意図して分断させた訳ではないだろうが、結果オーライだ。

 連携を断つという点に於いて、プリュイの一撃はこちらへ有利に働くだろう。三対六よりも、二対四と一対二で戦う方が個々の能力が高い俺たちにとっては戦いやすいからだ。

 高度な連携を取ることで仲間内の弱点を補完し合う戦法を取られては面倒極まりない。何より、俺とディアの連携はまだしも、プリュイと連携を図れない以上、分断に成功したことは好都合だった。


 問題は俺たち三人をどう振り分けるのかになるのだが、プリュイの様子を察するに、その点は考えるまでもなさそうだ。


「妾が右の奴らを相手にする。一人の方が動きやすいからな」


「わかった。じゃあ俺たちは左を。近接戦は俺が、魔法戦はディ……ベータに任せるよ」


 ディアの近接戦闘能力がどれ程のものかはわからないが、少なくとも俺の方が適任に違いない。当然、魔法に関しては逆なので、ここは適材適所上手く役割を分け、立ち回った方がいいだろうと俺は判断をした。


「うん、任せて。こうすけの背中はわたしが守るから」


「……あ、ありがとう」


 ディアの頼もし過ぎる言葉に、俺は頬をひきつらせながらガックシと肩を落とす。

 一度は言ってみたかった台詞をまさかディアに言われるとは思っておらず、男として何とも情けない気持ちになってしまったのである。


 俺の気落ちした様子にディアが不思議そうに首を傾げているが、今は気持ちを切り替えるべき場面。気合いを入れるため、軽く両頬を二度と叩き、山の奥に視線を向ける。


「それじゃあ始めよう。――迎撃戦だ」


「うんっ」「うむ」


 その言葉を合図に、俺たち『雫』は二手に分かれ、山の中を駆けていった。




 深い雪に覆われた地面をものともせず、俺とディアは急斜面を駆けていく。

 標的まで残り五十メートル。

 枯れ果てた多くの木々に囲まれていることもあり、未だに相手の姿形は見えないが、『気配完知』が接敵まで残り僅かだと知らせてくれる。俺はディアと並走しながら紅蓮を鞘から引き抜き、迎撃態勢を整えた。

 そして残り四十メートルを切ったタイミングで、相手から先制の一手が打たれた。


 そよ風が俺とディアの顔を優しく撫でる。

 一見、何の変哲もないただのそよ風。しかしそのそよ風に、俺は確かな魔力反応を感じ取っていた。


「――ッ」


 強烈な違和感と得体の知れぬ不快感を覚え、俺の直感が警鐘を鳴らす。

 無視するには不気味過ぎる。

 直感に従い一度足を止め、五感を研ぎ澄ます。

 すると、そよ風に乗って花のような甘い香りが微かに俺の鼻腔をくすぐってきた。


「……毒、か」


 致死性の毒ではない。

 神経に働きかけ、睡眠に誘う類いの毒であると確信する。

 しかし、俺が持つ『千古不抜オール・レジスト』を突破するほどの力はない。そしてそれはディアに対しても同じであった。


「わたしに任せて」


 ディアは毒に怯む様子も堪える様子もなく、反対方向に一陣の強風を吹かせた。

 例え俺たちには効かなくとも、風下にいる護衛対象者たちを守るために毒を飛散させてくれたのだ。


 俺は相手が放ってきたこの先制の一手で、襲撃者が『義賊』であることを半ば確信していた。

 ただの盗賊の類いであれば、眠らせるだけの生ぬるい攻撃をしてくるとは到底思えなかったからだ。勿論、眠らせるだけの効果しか持たないスキルである可能性も否定できないが、どちらにせよ最初の一手としては弱すぎる。

 故に俺は襲撃者たちを自ら不殺の掟を設けている『義賊』なのだろうと見当をつけたのであった。


「ベータ、この毒が流れてきた方向はわかる?」


 毒を撒かれ続けられては厄介。もしより強力な毒を生成できる能力を持っているのであれば尚の事。

 野営地に残してきた俺の幻影ではこのスキルに対処できないため、俺は手っ取り早くそのスキルの所有者を叩こうとディアにその人物の位置を聞いたのである。


「――あっち」


 ディアが指を指したのは偶然にも俺たちに一番近くにいる人物の方向だった。

 とはいえ、油断はできない。その方向にはピッタリと寄り添うようにもう一つの反応があったからだ。


「反応は二つ。もう二つの反応は少し離れているようだし、まずはそっちを叩こう。準備はいい?」


 ディアがコクりと頷いたことを確認し、俺たちはギアをもう一段階上げた。

 そして一気に標的まで残り十メートルまで詰めたところで、こちらから仕掛ける。


 標的の二人は木の上。

 俺は疑似アイテムボックスから『麻痺毒』を付与した自家製のダガーを二本取り出し、牽制の意味を込めてそれを投擲。

 ダガーは木もろとも貫かんとばかりの速度で標的が隠れている木に向かって進んでいく。だが、所詮は鉄から作った安物のダガー。その投擲速度はかなりのものだったが木を貫くほどの威力も切れ味も当然なかった。


 けれども、それでいい。

 俺は暗に『お前たちの居場所はわかっている』と伝えたかっただけ。あわよくば、迫りくるダガーを恐れその姿を見せてくれればベストだ。


 二本のダガーが立て続けに鈍い音を立て、枯れ木に突き刺さる。


 これでこちらの意図は多少なりとも伝わっただろう。

 そう思ったのも束の間、ダガーが突き刺さった枯れ木が小さく揺れ動く。

 それと同時に俺たちの頭上から黒い衣服を纏い、これまた黒い仮面を着けた人影が大剣を振りかぶり、俺に向かってそのままの勢いで振り下ろしてきたのだった。


 落下の速度と体重を乗せた大剣による重撃。

 下手に受け止めようものなら武具もろとも真っ二つになるであろう強力な一撃に対し、俺は慌てることなく悠々と後ろに跳び、それを回避した。


 不殺とは何だったのかと思わずツッコミたくなる必殺の一撃に対し、内心で愚痴を溢しつつ俺は相手を殺さないよう紅蓮の刃を裏返し、着地した瞬間の隙を狙って襲撃者の胴体を目掛け一閃。


 それは避けようもない一撃だった。

 にもかかわらず、紅蓮は空を切る。


 漆黒で着飾った襲撃者は着地した瞬間、その身体をまるで柳のように重力を感じさせない動きで、俺の一撃を寸前のところで回避してみせたのだ。


 ふわりと後方へ身を翻した襲撃者は大剣を軽々と片手で担ぐと、俺とディアを交互に見つめながら口を開いた。


「……アブネェ、アブネェ。ユダンモ、スキモ、アッタモンジャネェナ。――オマエタチハ、ナニモノダ?」


 どうやら何かしらの方法で声を変えているようだ。ノイズ混じりの聞き取りづらい言葉が俺の耳朶を打つ。

 正体や性別を隠すために声を変えているに違いないだろうが、体格と言葉遣いからして、どう考えても目の前の襲撃者は男だった。


「傭兵だ。それ以下でもそれ以上でもない。そんなことより、お前たちが噂の『義賊』で間違いないか?」


 俺は近くにいる襲撃者三人に警戒をしながらも、まずは目の前の襲撃者との対話を試みる。

 もし相手が目的の『義賊』でないのなら、この戦いに意味はない。出し惜しみをせずにさっさと捕らえ、憲兵に突き出すだけとなる。

 しかし相手が『義賊』ならば話は別。捕らえることは確定だが、憲兵には突き出さずにプリュイへと引き渡すことになるだろう。


 そうこう考えている内に、聞き取りづらい言葉が返ってきていた。


「ソウダ、トイッタラ、ドウスル?」


 素顔を見るまでも本当の声を聞くまでもなく、目の前の男は笑っているのだろうと俺は感じ取っていた。まるで楽しいとすら思っていそうな雰囲気をその分厚い肉体から漂わせている。


「まずは捕まえる。話はそれからだ」


 捕まえた後のことは正直何も考えていなかった。ひとまずはプリュイにその身柄を引き渡し、後のことはプリュイかロザリーさんあたりと要相談といったところだろうか。


「オマエタチニ、オレタチヲ、ツカマエラレルカネェ?」


 挑発とも取れる発言にいちいち腹を立てることはない。

 紅蓮を構え直し、本当の戦いが始まるその時を待つ。ただそれだけだ。




 星明かりだけが俺たちを照らす暗い冬の山。

 しんしんと雪が空から舞い落ち、冷たい空気が頬を撫でる。


 『雫』と『義賊』の本当の戦いが今、始まろうとしていた――。

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