第401話 金と信用
「どうするんだ、これ……」
意識を失い、地面に転がる四人の門番を目の前にして、俺は呆然と立ち尽くしていた。
胸の上下や微かに呻き声が聞こえてくることから、死んではいないはずだ。しかし外傷は多数。顔は腫れ、身体中の至るところには青アザが浮かんでいる。
凄惨な光景……とまではいかないが、何にせよマズイ状況であることには変わりない。
何せ、依頼主の屋敷の門番を倒してしまったのだ。
こうなってしまっては交渉のテーブルにつく以前の問題である。犯罪者として衛兵に突き出されても何らおかしくはないだろう。
言うまでもないだろうが、この一連の騒動を引き起こした犯人はプリュイだ。
そのプリュイは悪びれる様子もなく、地面に横たわっている門番たちを見下しながら悪魔のような笑い声を上げていた。
「わっーはっはっはっ! 妾を侮辱しておきながら、その程度の力しか持ち合わせていないとは片腹痛い。妾に掛かれば貴様らなどスキルを使う必要性すらないのだ! わっはっはっ!」
鬱憤が晴れてすっかり上機嫌になっているプリュイには悪いが、この状況のどこに笑える要素があるのかと問い詰めたい気分だ。
「こうすけ、わたしは門番さんたちを治療してくるね」
ディアの対応の早さは見事の一言であった。
未だに頭の整理が追い付いていない俺を尻目に、自ら率先して事態の収拾にあたるとは感服するしかない。
それからディアの治癒魔法により、門番たちはプリュイから受けた痛みから解放され、傷一つない綺麗な身体に早変わり。
これでひとまずは一件落着……と、そんな都合の良い話があるはずがなかった。
「き、貴様ら、こんなことをして許されると思っているのかあああ!!」
治療を受け、すっかり元気になったスキンヘッドの大男の怒声がこの辺り一帯に響き渡った。
相当頭に血が上っているのか、大男の首から頭の先まで完全に朱色に染まりきっている。
他の三人の門番だってそうだ。声を荒げることこそないが、俺たちを見る視線が明らかに痛く鋭い。
ここは素直に頭を下げる場面だ。
既に交渉どうこうの話ができる状況ではないことは明らか。俺が今できることは、これ以上の騒動が起きないようにこの場を何とか静めることのみ。
「――申し訳ございませんでした!」
深々と頭を下げ、誠心誠意謝罪の言葉を伝える。
プリュイが起こしたこととはいえ、彼女の手綱を握り切れなかった俺の責任であることもまた確か。
今も尚、プリュイは不遜な態度を貫き続けているが構っている場合ではない。無視一択だ。
「謝って済む問題だと思ってんのか? ああ?」
ダメだった。
やはりと言うべきか、簡単には許してくれないようだ。
一触即発の雰囲気が漂う。
四人の門番もそれぞれ武器を取り出し、今にも襲い掛かってきそうなオーラを放っている。
門番の治療を終え、俺の隣に戻ってきていたディアが耳元で囁く。
「ここは逃げるしかなさそう……?」
激しく同意したい気分だ。
許されることなら、さっさと尻尾を巻いて逃げ出したい場面。
しかし、じゃじゃ馬娘こと、プリュイがそれを許してはくれない。
「ほうほう! あれだけボコボコにしてやったというのに、まだ立ち向かってくるか! ……良いだろう。今一度妾が叩きのめしてやろうではないか! わっはっはっ!」
『ああ……フラム様、どうかお助け下さい』と俺は心の中で涙を流しながら願う。
今までフラムに手を焼かされたことは何度もあったが、ここまでではなかった。プリュイと比較してしまうと、フラムがまともだったのだと思えて仕方がない。
プリュイの挑発とも取れる発言に、門番たちが黙るはすがなかった。
「こんっのっ、クソガキがっ! 調子に乗るのも大概に――」
大男が武器を構え、臨戦態勢に入ってしまったその時、野太い声が両者の間に割って入った。
「騒がしいわい! 一体、何をしておる!」
鼻息を荒くし、門の先に現れたのは、四十代と思われる肥えた薄毛頭の男性だった。
首には金色に輝く太いネックレスを、腕には細かな装飾が施されたブレスレットを、指には多くの宝石が嵌め込まれた指輪を付けている。
成金趣味全開の派手すぎる見た目からして、この男性がこの屋敷の主――モルバリ伯爵であろうとすぐさま見当をつける。
「……ッ!? 申し訳ありやせん、モルバリ伯爵様」
一触即発の雰囲気はモルバリ伯爵の登場によって霧散した。
これでひとまず、争い事は収まるだろう。とはいえども、俺たちを取り巻く状況は最悪だ。
只でさえ怪しい格好をしている自覚がある上に、門番まで負傷させたとモルバリ伯爵に知られてしまえば、印象は最悪なものになるに違いない。
交渉どころの話ではなく、良くて門前払い、普通に考えれば犯罪者として突き出されかねない状況に置かれてしまった。
ディアの治癒魔法のおかけで門番たちの外傷は綺麗さっぱり無くなっているが、門番たちが口を揃えて『暴力を振るわれた』と言われた時点でお先は真っ暗。
俺の頭の片隅には『逃亡』の二文字が浮かび上がりつつあった。
「謝罪などどうでもよい! さっさと何が起きたのか説明しろ!」
「へ、へい! 実は……」
大男が事の詳細をモルバリ伯爵に説明していく。
その間、俺の背中には大量の汗が浮かび流れていた。まるで裁判官から裁きが下るその時を待っているかのような感覚である。勿論、そんな経験をしたことはないため、あくまでもイメージだが。
「――てな訳でして、門番として務めを果たすため、傭兵を名乗るこいつらを俺たちが怪しんだ途端、突然暴力を振るわれたのでさあ。わかっていただけやしたか?」
色々脚色されてしまっていたが、間違いなく被害者は向こうだ。
こちらがいくら抗弁したとしても、雇われている者と不審者では言葉の重みが異なる。どちらの声により耳を傾けるかなど、考えるまでもなくあちら側になるだろう。
それにどうやら大男は世渡り上手らしい。
ぎこちない笑みを貼りつけ、腰を低くしながら両の手のひらを擦っている。
「ほう、そんなことがな……」
このまま流れに身を任せてしまえば、俺たちの立場は危ういものになることは確実。
どうにかして突破口を見つけ出さなければならない。もし見つからなかったら颯爽と逃げ去るしかなさそうだ。
意を決し、俺は失礼を承知の上でフードを被ったままモルバリ伯爵に話しかける。
「お騒がせしてしまい、申し訳ございません。私共は傭兵団『雫』と申すもの。この度はモルバリ伯爵が冒険者ギルドに出した依頼を拝見し、お屋敷に参上した次第でございます」
慣れない敬語を駆使し、それっぽい雰囲気でファーストコンタクトを試みる。
その際、門番との一悶着がまるで無かったかのように、こちらの用件だけを伝えるだけに留めておく。
話を逸らすことができれば、それだけで上々。あわよくば交渉まで漕ぎ着けることができれば、最上といった感じだ。
「……フンッ、どうせ名を売りたいだけの傭兵なのであろうよ。あの忌々しい『義賊』が活動を再開した今、金と名声を得ようと多くの身の程知らずがワシのところに押し寄せてきておるからな」
完全な拒絶ではない。どちらかと言えば悪くはない反応だ。
話を逸らすことに成功しただけでも大成果と言えるかもしれないが、もう一押ししてみる価値がありそうな雰囲気を感じる。
「報酬と名声が欲しくはないと言えば嘘になるかもしれません。ですが、私共に依頼を任せて頂ければ、必ずや依頼を達成してみせましょう。それだけの実力を持っているという自負がごさいますので」
正直なところ、俺たちにとって報酬も名声も不必要なものなのだが、あえてここは頷いておく。良好な関係を築く上で、相手の言葉を開口一番に否定することはあまり良くない印象を抱かせてしまう恐れがあるからだ。
そして何より、依頼主からの信用を得るにはどうしても『金』が必要となってくる。
金も名声も要らないと言ってしまえば、むしろ向こうはこちらを警戒してくるに違いない。依頼主からしてみれば、『金』で結ばれた関係の方が信用することができるだろうと考えての発言だった。
そして更に、逸らした話を今一度戻し、逆に利用した。
門番たちならば、俺たちの――プリュイの実力の程はその身を通して理解しているはず。ならば、俺たちの実力は少なくとも門番たちよりも上回っていることの証明にもなってくれるだろうと考えたのである。
「ふむ……」
悩んでいる様子からして、門番たちから話を訊いているモルバリ伯爵は理解しただろう。俺たちの実力がモルバリ伯爵が雇っている門番よりも上だということに。
後、もう一押し。
それでモルバリ伯爵が交渉に応じるか否かを確める。
「私共は依頼主の方々と互いに損をしないような契約をしたいと常々考えております。そこで一つ提案がございます。もし私共が依頼に失敗した場合、モルバリ伯爵が受けた損害を私共が補償致しましょう。金貨五十枚の損害が出た場合には、金貨五十枚を。金貨百枚であれば、金貨百枚を必ずやお支払致します。如何でしょうか?」
「……其方たちに支払い能力があることが前提になっておるが、果たしてそれほどの大金を名も知れぬ傭兵が持っておると言うのか? 到底信用できん話だ」
モルバリ伯爵の返答を訊き、俺は心の中で笑みを溢した。
「ええ、勿論ございますとも。ご確認なさいますか?」
俺はそう言いながら、疑似アイテムボックスから金貨が大量に詰まった袋を取り出し、中身を広げて見せる。
「この袋にはおおよそ百枚の金貨が入っております。もしこれでも足りないと仰るのであれば――」
そこから更に金貨が詰まった袋を一つ、二つと取り出し、最終的には五つの袋を取り出し、中身を全て確認してもらうことになった。
金貨が詰まった袋に目を奪われながらも、モルバリ伯爵が問い掛けてくる。
「こ、これほどの大金を持っておるとは……。如何様にして稼いだのだ?」
「当然、傭兵として、でございます」
堂々とした態度で口元に笑みを浮かべながら言葉を返す。
真っ赤な嘘を吐いてしまっているが、気付かれる心配は皆無。問題になることはまずないだろう。
何より、大金を持っているという事実さえあれば、それだけで相手の信用を勝ち取ることができるのだから。
「では、お返事を。私共に依頼を引き受けさせていただけますか?」
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