第402話 皮肉めいた空

 フードを目深に被った怪しげな三人組の傭兵が持ち掛けてきた話は、金にうるさいモルバリにとっても決して悪い話ではなかった。

 冒険者は『義賊』の登場以来、全くの役立たず。

 たかが荷馬車の護衛程度の依頼に、安くはない報酬を支払う用意をしても尚、引き受ける者はほとんど現れない。

 そんな冒険者の醜態にモルバリは怒りすら覚えていた。


 とはいえ、冒険者に頼らざるを得なかったのもまた事実。

 モルバリは今でこそ伯爵位を与えられているが、つい二年ほど前までは子爵位。

 元は王都ヴィンテルから東へ馬車で五日ほどの場所にある険しい山々と僅かな平地を領地とする貧しい貴族だったのだ。


 しかし、そんなモルバリにある日、転機が訪れる。

 何の変哲もないと思われていた山々から、ミスリルなどの貴金属や、金剛石を含む宝石類が産出されたのだ。

 その日を境にモルバリの領地は飛躍的な発展を遂げる。

 鉱業を中心とした領地運営に切り替えたことにより、巨万の富を得ることになったのだ。

 奴隷を買い漁り、領民にも採掘仕事を強いたことで加速度的に領地は発展を遂げ、小さかった町は『鉱山都市タール』と呼ばれるまでに至ったのである。

 目まぐるしい領地の発展と、国益に繋がる鉱物の産出により、モルバリはアウグスト・ギア・フレーリン国王に認められ、今の地位を与えられていた。


 だが、急速に発展したが故の弊害も存在した。

 それは人手不足――特に兵士の人員不足が顕著だった。

 元々は何の特色もない領地を持つ貧しい貴族だったモルバリ家には多くの私兵を抱える余裕はなかったのである。

 ところが、モルバリを取り巻く状況は目まぐるしく変化。巨万の富を生み出す鉱山の警備を欠かすことができなくなってしまった。

 領地の発展と並行して人材集めにも力を注いでいたものの、その成果は芳しいものではなく、只でさえ人材不足に頭を悩ませていたところに追い討ちをかけるかのように『義賊』の登場。

 モルバリは王都への鉱物の運搬さえままならなくなってしまっていた。


 故にモルバリは人材不足を補うためにも、『義賊』による被害に遭わないためにも、力ある冒険者を頼らざるを得ない状況に陥っていたのである。

 しかし、依頼は出したものの『義賊』を恐れてか、力ある冒険者が依頼を引き受けてくれる気配はまるでない。時折、屋敷を訪れる冒険者や傭兵はいたが、誰も彼も力なき者たちばかり。モルバリが雇った門番に軽くあしらわれ、尻尾を巻いて逃げていくような軟弱者しか集わなかったのである。


 そんな中、突如として現れた『雫』と名乗る傭兵たち。

 門番たちから訊いた話を頭の中で簡単に纏めた限り、どうやらたった一人の少女に打ちのめされてしまったとのことらしい。

 門番たちは何かと言い訳をしていたが、柄は悪いがある程度の力を持っている門番たちをいとも容易く打ちのめしてしまうほどの実力を持っていることには違いないとモルバリは結論付けていた。


「では、お返事を。私共に依頼を引き受けさせていただけますか?」


 そして、傭兵団のリーダーと思われる男からの交渉。

 あまりにもこちら側に都合が良過ぎる条件に、思わず即応してしまいそうになったが、モルバリはグッと堪える。


(護衛に成功するにしろ、失敗するにしろ、ワシに損はない……。だが、いくらなんでも話がうますぎる。何か罠でもあるのかと勘繰りたくなるわい。もしや……こやつらは犯罪者か? いや、傭兵ならば裏の顔が一つや二つあったとしても不思議ではなかろう。仮に契約を交わした傭兵が犯罪者だったとしても、知らぬ存ぜぬを貫けばワシが罪に問われることはあるまい。それに、いざとなったらこやつらを衛兵に突き出せば済む話か。……まあ、よい。念のため、保険を掛けておくとするか)


 モルバリは心の中で嗤う。

 得意の損得勘定を行い、立ち回り次第で圧倒的に得が上回ると判断を下したからだ。

 唯一の懸念材料は目の前の三人組が傭兵に見せかけた盗賊だった場合のみ。しかし、その問題も提案一つで解消できるとモルバリは考え、実行に移す。


「護衛の依頼を其方たちに任せるとするわい。だが、一つ条件がある」


「なるほど、条件ですか。内容をお伺いしても?」


「護衛に失敗し損害が出た場合、其方は補償すると申していたが、そう易々と信じるわけにはいくまい。故に、担保として金貨百枚をワシに預けてもらおう。無論、護衛に成功した暁には報酬と共に金は返す。このモルバリの家名に誓ってな」


(さて、どう出る? もしワシが出した条件を呑まないのであれば突き返すだけ。胡散臭い者共をワシが簡単に信用すると思うなよ)


 フードを目深に被った男――紅介は一瞬だけ悩む素振りを見せた。

 しかし、その時間はほんの僅か。理不尽な条件を突き付けられたにもかかわらず、朗らかな声色で言葉を返した。


「ええ、こちらはそれで問題ありません。今からでも……いえ、明日には出発致しましょう! では、この袋をお預け致しますね。きちんと金貨が百枚入っているか、ご確認を」


「……う、うむ。――ンッ!?」


 迷い無くいきなり金貨が詰まった袋を押し付けられ、モルバリはその重量に耐えきれず、たたら足を踏んでしまう。


「あっ、重かったですよね。申し訳ございません」


(――な、なんなんだ、こやつは!? 何故そうも容易くこれほどの大金をあっさりと預けられる!? 疑うことを知らんのか!?)


 金にうるさいモルバリからしてみれば、紅介の思い切りの良すぎる行動が何一つとして理解できなかった。

 依頼の報酬は護衛依頼としては破格の金貨三枚にも及ぶが、あっさりと金貨百枚を他人に預けることができる者にとってははした金に過ぎない額。

 何故そうまでして依頼を受けたがっているのかがわからないモルバリにとって、紅介の言動は一周回って不気味に映り始めていた。


「き、気にするでないわい。では明朝、ワシの屋敷を訪れよ。五時だ、決して遅れるでないぞ」


「承知致しました。では、私共はこれにて失礼させていただきます」


 貴族としての矜持に賭け、虚勢を張って見せたモルバリだったが、その声は明らかに震えていた。

 結局、屋敷を後にする三人の後ろ姿が完全に見えなくなるまで気を緩めることができずにいた。


(この担保は失うことのないように、金庫にしまっておかねばなるまいな……)


 貴族の誇りに賭けて約束を果たそうと思ったわけではない。

 モルバリは得体の知れぬ恐怖によって約束を果たすことを心の中で誓ったのであった。


 疲れきっていたモルバリに対し、門番を務めていたスキンヘッドの大男が唾を飛び散らせながらモルバリに直訴する。


「モルバリ伯爵様! 良いんですかい!? あんな生意気な野郎共に護衛を任せるなんて!」


他の門番たちも口にはしなかったものの、その表情にはまざまざと不満の色が浮かび上がっていた。


「よい……よいのだ。ワシに損は無いのだからな。はぁ……疲れたわい……」


 モルバリは身体を百八十度回転させ、大きなため息と共に空を仰ぎ見る。

 マギアの冬にしては珍しく、空は蒼く晴れ渡っていた。


(――フンッ、どんよりとした気分のワシとは対照的に、天気は快晴か。……なんとも皮肉めいた空だわい)


 悪態を吐きながら空から視線を下げると、屋敷の屋根で羽を休めていた一羽の小さな白い鳥とモルバリの視線が交差する。


「……またあの鳥か。まさかワシの屋敷に巣でも作っているのではあるまいな」


 白い鳥が小さな翼を広げ、モルバリの視線から逃れるように青空を飛んでいく。


 ――何処までも高く、そして誰よりも速く。


 その光景はモルバリにとって見慣れつつあるものになっていた。

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