第400話 『雫』

「考えが甘かった……」


 足取りは重く、ガックリと項垂れながらも、次の依頼主の屋敷に向かって地図を片手に歩いていく。


 ここまで三戦? 全敗。依頼主に会う前に全て門前払いをくらった形だ。

 それもこれも俺の傭兵に対する認識の甘さが原因だった。

 名が売れているわけでもなく、コネすらもない状態で『雇ってほしい』など、今考えると烏滸がましいにも程があったのだ。身元不明の不審者として扱われてしまうのも頷ける話である。


 これまでの散々な結果にプリュイの機嫌は急降下。今も不満たらたらに愚痴を溢している有り様だ。


「うくぐぐ……。全ッ然ダメではないかっ! せっかく妾が依頼とやらを引き受けてやろうというのに、それを拒否するなど……。人間如きがーッ!」


 怒りを露に地団駄を踏むプリュイ。

 触らぬ竜に祟りなし……といきたいところではあるが、そうもいかない。一時的なものとはいえ、今は仲間なのだ。これ以上機嫌を損なわないよう、次こそはせめて交渉のテーブルについてみせると気持ちを改める。


「条件に合う依頼は残り二つ。次は慎重に交渉を進めよう」


「うん、そうした方がいいと思う。最善を尽くすためにも、まずはわたしたちの『設定』を考えてみない?」


 失敗続きの俺を気遣ってか、はたまた不機嫌なプリュイを気遣ってか、ディアが積極的に提案を行う。

 少しでも雰囲気を良くしようとディアなりに頑張ってくれたに違いない。本当にありがたいことだ。


「だったら正式にパーティー名を考えてみようか。これまでの失敗から鑑みるに、個人の名前よりパーティー名だけが重要視されるみたいだし」


 冒険者とは違い、傭兵はあまり公にはできない依頼を引き受けることもあるため、偽名を使う者が多いだろうことは想像に難くない。

 例え本名を名乗ったとしても、おそらく雇う側は偽名であることをある程度想定してくるはずだ。故に、重要視されるのは個人の名ではなく、パーティー名とそれに付随する実績や名声になってくるだろう。


 勿論、実績も名声もない俺たちがパーティー名を付けても意味があるのかという不安もなくはないが、最低限傭兵としての体裁を整えるという意味では役立ってくれるに違いない。

 あたかも凄腕の傭兵であるかの如く、堂々とした振る舞いができれば、交渉のテーブルに一歩近付くことができるはずだ。


 パーティー名を考えようという俺の言葉に真っ先に反応を示したのは、それまで不機嫌のオーラを漏らし続けていたプリュイだった。

 目深に被ったフードの奥に隠れている瞳が輝いている気がしてならない。


「……ほうほうほう! パーティー名とな! 面白そうではないか! 無論、妾が決めて良いな?」


「あ、ああ……」


 勢いに呑まれて咄嗟に頷いてしまったが、果たしてプリュイに任せてもいいものなのだろうか。彼女のネーミングセンスは如何に……。


 一切悩む素振りも見せず、即決即断。プリュイは自信満々に口を開く。


「決めたぞ! パーティー名は『水竜』とする!」


「却下」「ダメ」


「なっ!? 何故だ!?」


 俺とディアがほぼ同時に拒否をする。

 プリュイの狼狽えた反応から察するに、彼女にとっては『これしかない!』というものだったのだろうが、いくらなんでも恐怖の象徴である『竜』を冠するパーティー名を認めるわけにはいかない。プリュイの正体が水竜であることを考えれば尚更である。


「流石に『竜』って単語を使うのはやめておこう。プリュイの正体がバレる可能性もあるし、恐れ知らずの馬鹿だと思われかねないからさ」


「わたしも同感。もっと無難な名前の方がいいと思うよ」


「ぐぬぬぬ……。な、ならば――ッ!」


 結局、目的地に向かいながらあれこれ考えること数分。

 何度も俺とディアに却下されながら、プリュイはパーティー名をついに決めた。


 その名は『雫』。


 意味は特にないらしい。竜がダメならと、ただ単に水にまつわるワードを選んだだけのようだ。


 何はともあれ、これで正式なパーティー名は決まった。

 後は依頼を引き受けられるかどうかに全てが懸かっている。

 実績も名声も何もない俺たちは、パーティー名だけを引っ提げて四件目の依頼主の屋敷へと向かう。




 四件目に訪れた依頼主の屋敷の様子は今までとは一風変わっていた。

 広い庭に大きな屋敷。

 そこまでは今まで訪れた屋敷と然程変わりはなかったが、華美な屋敷の外観と宝石が散りばめられた謎のオブジェがいくつも並べられた庭からは、どうにも品がないように思えてならない。

 有り体にいってしまえば、成金趣味全開といったところ。

 プリュイは金銀財宝に目を奪われているようだが、少なくとも俺の好みとは遠く離れた外観をした屋敷であった。


 外観の好みの問題はどうあれ、華美な装飾が施された屋敷の割には、門番の外見は野蛮そのもの。

 門前には四人の門番がおり、こぞって体格こそ良いものの、装備には統一感がまるでなく、良く言えば冒険者、悪く言えば賊のようにすら見えてくるほどだった。

 外見だけで人となりを判断するのはあまり褒められたことではないが、四人は門番の仕事を真面目に行うつもりがないのか、お喋りに夢中になっている様子。

 俺たちが屋敷に近付いてきているにもかかわらず、気に留める素振りも見せてこない。


「ここで間違ってないよな……?」


 俺は独り言を呟きながら手元の地図とメモを照らし合わせる。


 依頼者 トビアス・モルバリ

 依頼内容 王都ヴィンテルから鉱山都市タール間に於ける荷馬車の護衛

 想定日数 十日

 報酬 金貨三枚

 依頼者の住居 王都ヴィンテル 北東区画――。


 メモを確認する限り、ここで間違いなさそうだ。

 この依頼を四件目に回していたのは、想定される拘束日数が約束の期限である一週間を超えていたからに他ならない。一日二日ならまだしも、三日ともなれば依頼の優先度はどうしても低くなってしまう。

 しかし、三日程度の誤差であればこちらの努力次第で短縮も可能。そう考えた上で候補の中に入れていた依頼であった。

 しかも報酬はたったの十日間の護衛にしては破格の金貨三枚。日本円にして約三十万円である。

 護衛任務にしては高額過ぎる報酬が『義賊』の厄介さを物語っているのだろう。


 スキンヘッドの大男を中心に、会話に華を咲かせているところに割って入るのは忍びないが、時間の問題もある。

 ここがダメなら五件目に向かわなければならないため、意を決して会話に割って入ることにした。


「――でよぉ、それがまた最高だったんだわ」


「すみません、ここはトビアス・モルバリ様のお屋敷で間違いありませんか?」


 笑い声が木霊する中、俺の言葉が門番たちの会話を断ち切る。


「ああ? なんだ、ガキ共。モルバリ伯爵様の客人か? そんな予定は訊かされてなかったはずだが」


 話の腰を折られたことが癪に障ったのか、不機嫌そうにスキンヘッドの大男が俺たちを睨み付けてくる。

 だが、その程度で臆する俺ではない。何事も無かったかのように平然とした態度で用件を告げる。


「いえ、客人というわけでは。冒険者ギルドに張ってあった護衛依頼の件について少しお話しをさせていただきたいと思いまして」


「ああ、そういえば荷馬車の護衛依頼を出したと仰っていたな。で、お前たちは何者だ? ナリからして冒険者ってわけじゃなさそうだが、冷やかしにでもきたのか?」


 大男の視線が俺の後ろ……ディアとプリュイに向けられる。

 その視線は明らかに侮蔑が籠められたものだった。

 ディアはまだしも、プリュイの身長は幼女といっても差し障りはないほどに低い。その言葉通り、冷やかしの類いだと思われているのだろう。


「滅相もありません。これでも私たちは傭兵。『雫』という名で活動している傭兵なのです」


「『雫』だぁ? 訊いたことねぇ名だな。お前たちは訊いたことあるか?」


 大男の呼び掛けに応じ、残りの三人の門番がそれぞれ首を左右に振る。その姿を確認し、大男は鼻で笑った。


「――フッ、『雫』なんて傭兵の名は誰も訊いたことがねぇようだぞ? そもそもガキが三人集まったところで何ができる? 相手するのも面倒くせぇし、さっさとママの元に帰りやがれ」


 端から相手にしてくれるとは思っていなかったこともあり、こんなことで俺の心が折れることはない。

 相手にされないのは元より承知の上。ここから食い下がり、さらに会話を積み重ねることで交渉のテーブルにつく糸口を見つけ出してみせる。


 ――そう決心したのも束の間、ついに恐れるべき事態が発生する。


「……貴様ら、妾を侮辱するとはいい度胸だ。覚悟はできているのだろうな?」


 恐れるべき事態――プリュイがキレたのだ。


 よくよく考えてみれば、今まで静かにしていてくれていたこと自体が奇跡だったのだと気付かさせる。

 プリュイの我が儘っぷりはフラムのそれを遥かに上回る。プライドは人一倍高く、そして気紛れ。


 天上天下唯我独尊をどこまでも貫くのがプリュイという少女の性質だったことを俺はすっかりと頭の中から抜け落ちてしまっていたのだ。




 それから僅か数秒後、思わず目を覆いたくなるほどの光景が広がっていた――。

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