第393話 虚飾

「イクセル、頼みましたよ」


 クラスメイト全員の準備が整い、ボス部屋の扉に向かうその途中、カタリーナはイクセルにクラスメイトを纏めるよう頼み事をしていた。


 三人の実力を知るには絶好の機会なのだ。邪魔者が入らないよう徹底するためにも、指揮官であるイクセルの協力は必要不可欠であった。


「ああ、お前の我が儘にはもう慣れた。クラスメイトのことは俺に任せておけ。何者にも邪魔はさせん」


「それは頼もしい限りです」


 お世辞なのかわからない生真面目なカタリーナの返事に、イクセルは嘆息を漏らす。


「はぁ……。付き合わされる身としては、これを機にお前の好奇心が満たされることを願うばかりだ」


 冗談混じりの愚痴をぶつけてきたイクセルに対し、カタリーナは真っ向からイクセルの言葉を否定する。


「いいえ、イクセル。これは好奇心からの行動ではありません。恐怖心からの行動なのですから」


 イクセルはカタリーナの目を見るまでもなく理解した。

 ――カタリーナの言葉は本心から出て来たものなのだ、と。


「……なるほど、な。ならば収穫があることを祈っておくとしよう」


「ええ、そう願うばかりです」


 その言葉を最後に、カタリーナはイクセルの横を通り抜け、ボス部屋の扉に張り付いていた紅介たちのもとへ向かった。


 カタリーナの後ろ姿を見届けたイクセルは声を張り上げる。


「次の戦いが最後の山場だ! 扉を開け次第、中衛、後衛組は守りを固めろ! 主攻はカタリーナ、コースケ、ディア、フラムに任せる! クリスタは守りの要として立ち回れ!」


 イクセルのよく通る声がダンジョン内に響き渡る。

 それは異議、反論を許さない絶対的な命令だった。

 指揮官が故に、そして『七賢人セブン・ウィザーズ』が故に、イクセルの命令に反発する者は現れない。


「――行くぞ! 扉を開けろ!」


 その言葉を合図に、ボス部屋の扉が開け放たれる。

 カタリーナと『紅』の三人は、入り口付近の安全をひとまず確保するため、真っ先にボス部屋へと足並みを揃えて雪崩れ込んだ。




 ボス部屋の構造は至ってシンプル。

 地形は洞窟。薄暗く、岩肌を剥き出しにした約百メートル四方の巨大な空間だった。光が届いていないため、天井の高さは窺い知れない。

 その空間の中央には無数の白骨が山積みにされており、積み上げられた白骨の山の中には鈍く輝く巨大な魔石が見え隠れしている。


 だが、それだけだった。

 それ以外のモノはこの空間の中には何も存在していない。

 生命を感じさせる存在はおらず、魔物の臭いも気配すらもその空間からは何も感じ取ることはできない。


 けれども、カタリーナは知っていた。

 幾度となくこのダンジョンを潜った経験があるカタリーナは、この部屋の主がどんな魔物なのかを知っていた。

 知っていたからこそ、彼女は慌てることなくゆっくりとした仕草で腰から剣を抜き、その時を待つ。


 『アレ』がその姿を見せるまでには、まだ時間的猶予は残されている。

 故にカタリーナは、この部屋の主を知らないであろう三人がどのような反応をしているのかを知るために視線を向け、耳を傾けた。


 すると、彼女の視線の先にはボス部屋にいるというにもかかわらず、緊張感がまるでなく暢気に会話に興じていた三人の姿があった。


「こーすけ、魔物ってアレだよね? もう始めちゃっていいの?」


 白骨の山を指差しながらディアがそう暢気に尋ねる。


「んーどうだろう? 叩くなら今だと思うけど、指示を待った方がいいんじゃないかな?」


「うむ、主の言う通りだ。始まる前に倒してしまってはつまらないからな」


 会話の流れからして、この部屋の主の存在を三人は的確に見抜いているのだろうとカタリーナは察する。

 状況から察したのか、或いは探知系統スキルを保有しているのかはカタリーナには知る由もないが、少なくとも三人は魔物の存在を見抜いた上で暢気に会話に興じるという狂気の沙汰とは思えない言動を取っていることだけは理解できた。


「恐れ知らず……」


 呆れ果てたカタリーナは思わずそう口ずさんでしまう。

 失言をしてしまった自覚はあったが、緊張感のない三人の態度を改めて見ると、訂正する気にはならなかった。


 そんなカタリーナの呟き、もとい失言をフラムが拾い、首を傾げる。


「ん? 恐れる必要がどこにあるというのだ?」


 あまりにもあっけらかんとしたフラムの態度をカタリーナは理解することができなかった。


 どうしてそうまで強気でいられるのか。

 どうしてそこまで己の力を過信できるのか。

 どうして未だ正体を見せない魔物に対して勝利を確信しているのか。


 どうして――。

 どうして―。

 どうして。


 数々の疑問がカタリーナの頭を埋め尽くしていくが、結局のところ行き着く答えはどれも同じだった。


 何者にも劣ることのない絶対的な強さを持っているという確固たる自信があるのだろう、と。

 であるならば、自信に満ち溢れたその力をこの眼に見せてほしい――そう彼女は願った。


 そして、その時が訪れる。

 カイサを含めたSクラスの参加者全員がボス部屋に入った途端、まるで侵入者を逃がさんとばかりに重厚な扉が音を立てて閉じたのだ。


 扉が閉まる音こそが戦いの始まりを告げる合図だった。


 堆く積み上がっていた無数の白骨がカタカタと音を鳴らし、一斉に動き出す。

 一本一本の骨が意思を持っているかのように連動し、やがてそれは形を成していく。


 時間にして僅か数秒の出来事。

 何千、何万もの白骨は巨大な魔石のもとに集まり、四つ首の竜の形を成したのであった。


「ほ、骨の……竜……?」


 驚愕と恐怖の色に染められた一人の女子生徒呟きが、恐怖を伝播する。

 いくらエリートだけが集まるSクラスといえども、全長十メートルを超える竜の形を模した魔物の威容に、多くの者が恐怖してしまったのだ。

 もし、その姿が竜を模したものでなければ、生徒たちの反応は違ったものになっただろう。恐怖することなく、勇猛果敢に立ち向かう者も多く現れただろう。


 しかし、その姿が竜となれば話は別。

 お伽噺や伝説、歴史上の存在にして、恐怖の代名詞でもある竜を知らぬ者は誰一人としていない。


 人という矮小な存在では決して敵わぬ存在――竜。

 その認識は万国共通。この場にいる者のほとんどがその認識を持っていたがために、大半の者は恐怖で足をすくませてしまっていた。


 恐怖を露にするクラスメイトたちの姿をカタリーナは『恐怖するのも仕方がない』と傍観していた。

 自身も初めてその竜の威容を目の当たりにした時は驚愕し、恐怖したことを忘れてはいなかったからだ。

 だが一度でも戦えば、目の前にいる魔物に恐怖を覚えることはなくなる。

 所詮は竜の姿を模倣した魔物に過ぎないのだと、気付くことができるのだから。


 魔物の名は――『白骨模竜スカルヘッズドラゴン』。


 姿形だけは竜であり、その本質は竜ではない。

 その名の通り、竜を模した白骨。模しているだけの偽物だ。


 カタリーナは白骨模竜を前にして、周囲を見渡す。

 この魔物の本質を、正体を元から知っていたクリスタとイクセルは落ち着き払っており、恐怖で足をすくませているクラスメイトたちに檄と的確な指示を送っていた。


 そしてカタリーナは最後に観察対象者の三人に視線を向ける。

 竜の姿をした白骨模竜を目の当たりにした三人がどんな反応をしているのか、見ておきたかったからだ。


 性格が悪いと言われようが、三人が恐怖している姿をカタリーナは期待していた。

 つい先ほどまで余裕綽々な態度を見せ続けていた彼らの化けの皮が剥がれることを期待していたのだ。


(さて、どうなって――えっ……?)


 カタリーナは白銀の瞳を丸くする。

 そう彼らの――フラムの反応が彼女の想像の真逆に位置していたからだ。


 驚愕も恐怖もフラムにはない。 

 あったのは怒り。


 フラムは白骨模竜を睨み付け、怒りの炎を燃やしていたのだ。


 理解が及ばない。

 恐怖することこそあれど、怒りを覚える意味が全くもってカタリーナにはわからない。


 想定外の反応にカタリーナは呆然とフラムを見つめていた。

 その最中、フラムの閉じられていた唇が開かれる。


「……私を前にその姿とは、いい度胸だ。――消し炭にしてやる」


 フラムの獰猛な瞳が、白骨模竜を巨躯を捕捉したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る