第394話 断罪の炎

「「――ギャオオォォォォ!!」」


 白骨模竜スカルヘッズドラゴンの四つの頭から咆哮が轟く。

 全身は見た目通り白骨だけで形成されているため、声帯を持っているはずがない。にもかかわらず四つ首を持つ白骨模竜は、人々を恐怖に陥れるほどのおぞましく威圧的な咆哮を上げた。


 その咆哮により、足をすくませていた多くの生徒たちの膝は本人の意思とは反して、恐怖でガタガタと震えてしまう。

 恐慌状態に陥った生徒たちはただ呆然と立ち尽くし、白骨模竜の巨躯から目を離さないようにすることで精一杯。指揮官を務めるイクセルが事前に説明していた『自衛だけに専念』という言葉はすっかりと頭の中から抜け落ちてしまっている様相だった。


 だが指揮官であるイクセルは、恐怖するクラスメイトたちの姿を見ても尚、冷静さを欠くことはなかった。


「――恐れることはない、落ち着け。あの程度の魔物にカタリーナが遅れを取るわけがないだろう。お前たちは安心して観ているだけでいい」


 声を荒げることなく淡々と発したイクセルの言葉は、恐慌状態に陥っていた者たちの頭の中にスッと入っていく。

 竜の姿をした魔物を前にしても恐れることなく冷静さを貫き続けるイクセルの姿を見たことで、ある程度の落ち着きを取り戻したのである。


「……少しは落ち着いたようだな。ならば次は足を動かせ。散らばらないよう一纏まりになり、守りを固めろ。――クリスタ」


 白骨模竜に視線をやっていたクリスタはイクセルの掛け声に反応し、笑顔を振り撒きながら振り向く。


「はいはーい♪ 何かな、何かな?」


「万が一を想定し、お前は皆の壁役になってくれ」


「えー! 壁役ぅー? あんまそういうの得意じゃないんですけどー」


 クリスタの得意分野が全くの別にあることは事実。

 しかしイクセルは意見を曲げることなく、再度命令を下す。


「不得意かもしれないが、この中ではお前が一番頼りになることには変わりない。いざとなれば俺も手を貸す。いいな?」


「まっ、やれって言うならやるけどさー。あんま期待しないでね?」


「……ふんっ、どの口が言う」


 期待ではなく、信頼。

 イクセルは絶対的な信頼をもって、クリスタに重要な任務を授けたのであった。


「おっ! そろそろ始まるみたいだよ。さてさて、お手並み拝見といきますかー」


 クリスタの視線の先では、今まさに戦いの火蓋が切られようとしていた――。




 鼓膜を破らんとばかりの咆哮が耳朶を打つ。


 四つ首をそれぞれ、紅介、ディア、フラム、そしてカタリーナへと向け、四対一の戦いが実質四対四の構図となる。

 とはいえコアである魔石は巨大な胴体部分の中に一つだけ。

 軋みを上げて動く四つ首を無視し、魔石のある胴体だけに狙いを定めて戦うことが対白骨模竜の定石であることをカタリーナは知っていた。

 面倒な四つ首の相手をせずに胴体へ向けた強力な一撃を見舞いすれば、勝利は手中に収めたも同然。

 無限とも思われるほどの再生能力を持つ白骨模竜を倒す唯一の手段とも言えるだろう。


 そして彼女はその方法を取ることができる力を持っていた。

 しかし――、


 それでは面白くない。

 実力を測ることができない。


 カタリーナは内なる自分の声に従い、自らの手で白骨模竜を倒さないよう立ち回ることを決断。今暫くは『見』に回り、四つ首の一つとじゃれ合い、三人の戦いぶりを観察することに決める。


 中でも特に注目すべき人物は白骨模竜を前にして、何故か怒りを露にしたフラムだろう。

 憎悪とは違う何か別の怒りを露にする彼女が何を仕出かすのか、それがどうしても気になって仕方がなかったのだ。


 そしてついに、白骨模竜が動き出す。


「「――ギャァオ!」」


 猪突猛進に四つの首がそれぞれ四人に迫る。


 凶悪なあぎとが脅威的な速さで真っ直ぐと襲いかかってくるが、ただそれだけ。

 隙を突いたわけでも、工夫を凝らしたわけでもない突進如きではカタリーナを捕らえることはできない。

 軽快なサイドステップで突進を回避。次の攻撃に備えつつ、彼女は辺りを見渡す。

 するとカタリーナの視線の先では、三者三様異なった光景が広がっていた。


 紅介は容易に突進を回避した傍から、緋色に輝く愛刀『紅蓮』で白骨模竜の脛椎に強烈な一撃を放つ。

 強固な白骨は破砕――ではなく、物の見事に切断され、幾本もの白骨が音を立てて地面に転がっていく。


 ディアは白骨模竜の突進に対し、回避を試みようとはせずに真正面から受け止める姿勢を見せる。

 瞬く間にその距離を詰めてくる凶悪な顎。その身を噛み砕かんと迫る顎に臆することなく、ディアは土系統魔法を発動。

 予兆すら誰にも窺わせないほどの超高速発動で地面から巨大な鋼鉄の壁が突如として現れ、白骨模竜の突進は鋼鉄の壁に阻まれ、けたたましい衝突音と共に自壊した。


 そして、最もカタリーナを驚かせた光景を生み出したのはフラム。

 怒りに燃え、獰猛に輝く瞳とは対照的に、フラムは静寂を身に纏っていた。

 『動』の白骨模竜と『静』のフラム。その二つが衝突する――。


「ガアァ……ッ?」


 真っ先に疑問の声を、叫びを上げたのは、突進を敢行した白骨模竜だった。

 魔物の言葉を理解することはできない。だが、カタリーナはその鳴き声が疑問と困惑を示すものなのだと不思議と理解することができていた。

 何故ならカタリーナ自身も、白骨模竜と近しい感情を抱いていたからに他ならない。


「信じ……られない……」


 驚愕のあまりカタリーナは声を漏らしてしまう。

 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだった。


 何せ、白骨模竜の巨大な頭部がフラムの右腕一本で取り押さえられていたのだから。


 ミシミシと音を鳴らす白骨模竜の頭部は身動ぎしようと懸命にその首を曲げるが、フラムの腕力と握力を前に微動だにできない。精々、鳴き声を上げて抗う姿勢を見せるのみ。


「グゥアッ……! グゥアッ……!」


 声帯のない喉から上がる悲鳴。

 その悲鳴に対し、フラムは無慈悲な言葉を告げる。


「竜の名を騙っておいてその程度とは片腹痛い。貴様には過ぎた姿だと言うことを私自ら証明してやろう」


 ――バキッ。


 その言葉が告げられた瞬間、白骨模竜の頭部がフラムの握力によって砕け散り、骨粉が舞っていく。

 コアである魔石さえ残っていれば、いくら砕かれようが何度でも再生は可能。

 とはいえども、白骨模竜はフラムを強敵として、そして畏怖すべき存在だと認知せざるを得なくなっていた。

 故に白骨模竜は、砕かれた頭部を即座にすべて再生した後、他の三人を無視して標的をフラムだけに絞る。


 警戒心を露にした四つ首が白骨でできたその長い首を伸ばし、ゆらゆらと揺れながら遠巻きにフラムを見下ろす。


 フラムだけを警戒する白骨模竜の姿を目の当たりにしていたカタリーナは、呆然と立ち尽くしながら頭だけを働かせる。


 今起きたことは何だったのか。

 スキルによる力だと考える方が自然だが、どうにも釈然としない。

 人間の身体能力を引き上げるスキルは数多く存在するとはいえ、あれほどの効力を発揮するものが果たして存在するのか。


 そんな数々の疑問が頭の中で渦巻く。


英雄級ヒーロー? ……いいえ、あの力は伝説級レジェンドの域……」


 人間の域を超えたフラムの力に、カタリーナは伝説級スキルの存在を疑った。


 だが、真実は異なる。

 フラムはスキルを使ってはいなかった。

 生まれ持った力――竜族が持つ力の一端を見せただけに過ぎなかったのだ。

 無論、単に竜族とはいっても個体差は存在し、その中でもフラムは飛び抜けて大きな力を持っているだけなのだが、カタリーナにはその真実を知る術はない。


「あれ? あの魔物、フラムだけを警戒してる?」


 白骨模竜の標的から自分が外れたことにディアが気付く。


「みたいだね。俺たちは眼中にないっていうか、構ってる暇がないって本能で感じ取ったんじゃないかな? フラムもフラムで敵意をこれまでかってくらい剥き出しにしてるし……」


 自分たちの出番は終わったとばかりに、紅介は紅蓮を鞘に納め、この後の展開を見守ろうとディアと共に後ろに下がっていく。

 その際、紅介からカタリーナに声が掛けられる。


「後はフラムに任せて俺たちは下がりましょう。近付き過ぎると危険かもしれませんし」


「……危険、ですか?」


 白骨模竜ではなく、まるでフラムのことを危険だと言っているような口ぶりにカタリーナは困惑する。


「観ていればわかりますよ」


 そそくさと下がっていく紅介とディアに付いていく形で後方へと待避したカタリーナは、対峙するフラムと白骨模竜を見つめる。

 一挙一動も見逃さないよう、瞬きすら忘れて見入っていた。


 そして、その時が訪れる。


「竜を騙った罪は軽くはないぞ。――灰塵に帰せ」


 ――パチッ。


 フラムが指を鳴らしたと同時に、煉獄の炎が白骨模竜の巨躯を覆い尽くす。


 それは一瞬の出来事。

 刹那の時間で数千、数万から成る白骨の竜は見る影もなく消え去っていた。


「――なっ!?」「――ええっ!?」


 その光景を遠くから見つめていたイクセルとクリスタの驚愕の声が重なる。


 二人が隠しきれない驚愕を露にしている中、カタリーナは一瞬で燃え盛って消えた炎を見て、一人呟いていた。


「綺麗……」


 残ったのは小さな灰の山だけ。魔石すら残っていない。


 カタリーナには吹けば消えてしまいそうな白骨模竜の遺灰の山が雄弁に語っているように見えていた。


 あの者は、フラムは――絶対的な強者なのだ、と。

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