第392話 白銀の眼差し

「共闘、ねぇ〜。まあ良いんじゃない?」


 アリシアから持ち出された提案を受け、カタリーナはクリスタにその旨を説明していた。


「彼らの力量を測るにはそれが一番だと納得させられたのです。共に戦うことで何か見えてくるものがあるのではないかと」


 観戦しているだけではわからない三人の実力を共に戦うことで肌で感じることができるのではないか。そうカタリーナは判断したのだ。

 何より、次の階層はボスが現れる二十階。

 強力な魔物が現れることは確約されており、三人の実力を測るには絶好の機会。この機を逃す手はない。


「それじゃあワタシも一緒に戦った方がいいかな? リーナちゃんのためなら頑張っちゃうよ?」


 袖を捲り、小さな力こぶを見せつけてくるクリスタに対し、カタリーナは苦笑しながら首を左右に振った。


「いいえ、遠慮しておきます。戦力が過剰になりすぎても意味がありませんし」


 学院最強の名を欲しいがままにしているカタリーナの目から見ても、クリスタはかなりの強者だった。

 もしクリスタまで戦力に加えてしまえば、二十階層のボスといえども容易に倒してしまうことは火を見るより明らか。

 只でさえ、通い慣れているこのダンジョンの二十階層に現れるボス程度であれば、カタリーナとクリスタだけでも余裕を持って倒すことができるのだ。

 ボスを物差し代わりにするためにも、ここはクリスタには遠慮してもらい、カタリーナだけがあの三人と共に戦った方が得られるものが多いと彼女は考えたのであった。


「ちぇー、つまんないのー。ならワタシは高みの見物? でもしてますよーっと」


 わざとらしく頬を膨らませ、クリスタはそっぽを向く。


 クリスタが本気で拗ねているわけではないことを理解しているため、わざわざカタリーナが謝罪をすることはない。その代わりに桜色の髪を優しく撫でる。


「では、そろそろ私は共闘を持ち掛けに行ってきますね。クリスタは彼らの戦いをその目に焼き付けておいて下さい。頼みましたよ」


「お任せあれ、カタリーナ・ギア・フレーリン王女殿下。――ぷぷっ」


 笑いを堪え切れずに溢しながらも、クリスタは仰々しい仕草でカタリーナを見送ったのであった。


――――――――


 疲労によってアリシアは前線から離脱してしまったものの、俺たちSクラスは二日目にして二十階層に到達。今は今日最後の戦いとなるボスに向けた準備を、ボス部屋前の安全地帯で整えている最中であった。

 もっとも、準備を整えているのは他のクラスメイトたちだけであり、俺たち『紅』は暇を持て余している。

 俺たちには疲労も怪我も全くと言っていいほどないため、どちらかといえばクラスメイトたちの準備(疲労や英気の回復)が整うまで待たされているといった感じだろうか。


 特にやることがなく俺たちが雑談に興じて時間を潰していると、アリシアが一度席を外したかと思いきや、何故かカタリーナ王女を連れて俺たちのもとへとやってきた。


 好奇心が隠しきれていない白銀の瞳が、地面に腰を下ろしていた俺たちを見つめてくる。


「何でしょうか?」


 今はクラスメイトとはいえ、相手はこの国の王女だ。

 いくらなんでも座ったままでは失礼にあたると思い、俺は腰を上げて対応した。


 ほんの僅かに警戒心の色が含まれた当たり障りのない無難な俺の一言に、カタリーナ王女は柔らかな笑みを見せ、口を開く。


「ここまでの道中、素晴らしいご健闘ぶりでした。見事という他ない数々の魔物との戦闘に思わず見惚れてしまい、皆さんと同じ前衛組であるにもかかわらず、これまで全くといっていいほどに戦闘に加われなかったことをここで謝罪させて下さい。申し訳ございませんでした」


 いきなりの謝罪に、何故だか妙に嫌な予感が脳裏を過る。

 謝罪されたことに関してはそこまで不自然な流れではないだろう。何せ、カタリーナ王女の言葉は何一つとして間違っておらず、ここまでの道中で彼女に力を貸してもらった覚えが俺にはなかったからだ。

 一応の言い訳として『見惚れて』とは言っていたが、実際問題、俺たちに丸投げしていたも同然だった。しかしながら、俺たちが勝手に攻略を進めていってしまった側面も勿論あるため、文句を言える立場ではないことはわかっているつもりだ。


 俺はひきつりそうになる頬を堪えながら、謝罪に応じる。


「謝られるほどのことではありませんし、どうか頭を上げてください。俺たちが勝手にやったことですから」


 王女に頭を下げられる構図を他の人に見られては面倒なことになりかねない。

 厄介事は御免被りたいため、俺は角が立たないような受け答えをした――のだが、厄介事は通り過ぎていってはくれないようだ。


「いいえ、それでは面目が立ちません。どうか私に挽回の機会を与えては下さいませんか?」


 ……ほら来た。

 嫌な予感というものは得てして当たってしまうのだ。


 俺の瞳に映し出されるスキル欄には『直感』の二文字はどこにも見当たらないが、大方俺の嫌な予感は当たっているに違いない。


 そんな俺の思いはひとまず置いといて、まずは返事をしなければならないだろう。

 当然、俺の答えは『Yes』だ。王女の頼みを断れるほど俺の度胸は据わっていないのだから。


「も、もちろん喜んで。ですけど、挽回の機会とは……?」


 頬が完全にひきつってしまっているが、気にせずに話を続ける。


「次の戦い……強力な魔物が現れるこの階層で、私を貴方方と共に戦わせて下さい。――必ずや、お役に立って見せましょう」


 その白銀の瞳からは、絶対的な自信が窺える。

 見栄、虚勢、自惚れの類いは一切なく、心の底からの言葉だと不思議と思わされるような力強さを、その白銀の瞳から俺は感じ取った。


 だが、カタリーナ王女のこの提案を俺の独断だけで頷くことは難しい。

 そもそもの大前提として、俺たち『紅』だけの実地訓練ではないのだ。ディアやフラムは当然のこと、他のクラスメイトにも何かしらの説明が必要になってくるだろう。


「ありがたい話なのですが、勝手に決めて良いものなのでしょうか? クラス内で各々の役割を話し合ったりする必要が――」


 今まで独断専行でダンジョンを攻略してきた俺が言えた台詞ではないが、二十階層のボスは今回カイサ先生から与えられた最終地点であり、大トリなのだ。

 最後の最後まで俺たちだけでパパっと片付けてしまってもいいのかという気持ちが俺の中に芽生えていたが故に、俺は迷い、濁した発言をしていた。


 しかし、俺の言葉はあっさりと否定される。


「イクセル――私が指揮官に任命した者には私の方から伝えておきますので、ご心配には及びません。それに元より、他のクラスメイトの方々には自衛だけに専念していただくつもりでしたから」


 カタリーナ王女の一方的な指示にクラスメイトたちが納得し、従うのかといった疑問を俺が抱いていると、いつの間にか地面から腰を上げたディアが俺の隣に立ち、会話に加わってきた。


「それってつまり、最後の戦いに他の人を参加させてあげないってこと? 自衛だけじゃ訓練にはならないと思うけど……」


「いいえ、そういった意図ではありません。クラスメイトたちの安全を最優先に考えた結果、自衛だけに専念していただくことが一番であると判断をしただけです。……この先に現れる魔物は、これまで戦ってきた魔物とは一線を画す強さを持っていることを私は知っていますから」


 カタリーナ王女の口振りからして、おそらく彼女はこの先に現れるボスと剣を交えた経験があるとみて間違いなさそうだ。

 そして、一度でも剣を交えたことがあるからこそ、カタリーナ王女はクラスメイトたちの安全面を考慮し、このような判断を下すに至ったのだろう。


 この先に現れる魔物の強さを知らない俺にはカタリーナ王女の判断にケチをつけることはできなかった。勿論、それはディアも例外ではない。


「うん、それならわたしも納得、かな。怪我をしないこと、そして何より、命を失うことだけは絶対に避けないといけないから」


「ご納得していただけたようで何よりです。それと、ディアさんは先ほど『最後の戦い』と仰っていましたが、ダンジョンから出るための帰り道にも魔物との戦闘は起こるでしょう。その時には、これまで戦ってこなかったクラスメイトの方々に実戦経験を積んでいただこうと思っております。皆さんのご奮闘のお陰で体力と魔力の温存はできているでしょうし、カイサ先生が設けた不可能と思えるほどに厳しい制限時間内での帰還も随分と現実味が帯びてきたかと」


 俺、ディア共に、カタリーナ王女に言いくるめられた感は否めないが、何はともあれ方針は決まった。


 カタリーナ王女と共闘し、ボスを倒す――と。


 拭いきれない疑問がないと言えば嘘になる。


 何故、このタイミングで共闘を申し出てきたのか。

 何故、カタリーナ王女と同じ『七賢人セブン・ウィザーズ』であるクリスタが出しゃばって来ないのか。

 果たして本当に二十階層の魔物は他の魔物と一線を画すほどの強さを持っているのか、と。


 多くの疑問を抱えながらも、こうして俺たちはボスに挑戦する運びとなった。

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