第388話 先を見据えて
Sクラスに加わってから今日でちょうど一週間。
欠席率が高いことも相まってか、未だに仲の良いクラスメイトはいない。唯一、俺たちラバール組に話し掛けてくれるのはカタリーナ王女だけなのだが、彼女自身も比較的欠席率が高く、結局のところ孤立した学院生活を送っていた。
俺たちSクラスの生徒たちは今、実地訓練という名目のもと、王都ヴィンテルから馬車で三時間ほどの場所にあるダンジョンを訪れていた。
アリシアを鍛えるために度々訪れていたこともあり、俺たちラバール組にとっては慣れ親しんだ場所だ。
二泊三日で行われる実地訓練の参加者はSクラス総勢五十人に対し、僅か二十人余り。過半数以上の生徒がSクラスの生徒特権を使い、実地訓練を欠席している有り様だった。
そんな数少ない参加者の中で目立ったクラスメイトといえば、カタリーナ王女と、Aクラス在籍時にスヴェンに謀られ無理矢理顔を合わせる羽目になったクリスタの二人だろうか。
それと、目立つかどうかは別として、気になる存在がもう一人いた。
短い白髪を七三に分け、眼鏡を掛けた男子生徒だ。
見るからに几帳面そうなその男子生徒は、ダンジョンの入り口付近に到着してからというもの、常にカタリーナ王女とクリスタと行動を共にしており、三者の間に何かしらの関係性がありそうな気配を俺は感じていた。
ダンジョンの入り口に到着し、カイサ先生が点呼を取り終えた後に、今回の実地訓練の概要を大雑把に説明していく。
「毎月の恒例となりつつある実地訓練だが、新顔もいることだし、簡潔に概要を説明しておく。ルールは三日間に渡り、クラス一丸となってダンジョン攻略を行う、それだけだ。戦利品についてはお前たちが好きにしてくれて構わない。小銭稼ぎ程度にはなるだろう。そして今回の目標階層を発表する。そうだな……、今回は二十階層としておこうか」
――『二十階層』。
口の端を吊り上げながらカイサ先生がそう目標を設定した途端、数多くのクラスメイトたちがざわつき始める。
俺たちラバール組は初めて実地訓練に参加するため、ざわついている理由がイマイチわかっていなかったのだが、一人の男子生徒がカイサ先生にとある疑問を投げ掛けたことで、理解するに至った。
「十階層ではなく、二十階層ですか?」
「なんだ? 私の話を訊いていなかったのか? 私は確かに二十と言ったはずだ」
「い、いつもの倍じゃないですか……。いくらなんでもそれは無理なんじゃ……」
クラスメイトたちがざわついたのも納得である。
通常であれば十階層であるところを今回に限っては倍の二十階層を目指すともなれば、騒がしくなるのも仕方がないだろう。中には不安を感じている者もいるに違いない。
「勝手に自分たちの限界を決めるな。今回は珍しいことに成績上位七名のうち三人も実地訓練に参加をしている。それに――」
そこで言葉を一度区切ったカイサ先生の視線が俺たちラバール組に向けられる。
「――Aクラスから来た新顔もいるんだ。皆が皆、一丸となって協力をしていけば、決して不可能な階層ではないだろう」
カイサ先生の言葉に渋々ながらに納得したのか、疑問を投げ掛けた男子生徒は押し黙った。
「これ以上の異論はないな? では、ダンジョンに入る前に役割分担を決めていけ。――カタリーナ」
「はい」
名前を呼ばれたカタリーナ王女は堂々とした声で返事をする。
「お前が中心となり、クラスメイトたちに役割を振っていけ。裁量は全てお前に任せる」
「わかりました」
カイサ先生はカタリーナ王女を一国の王女としてではなく、あくまで一生徒として扱う。アリシアに対しても同じだ。
権力に媚びることのない実に先生らしい振る舞いに、俺は好感を抱く一方で、随分と肝が据わった人だなと思いながら二人の会話に耳を傾けていた。
「皆さん、役割分担を決めていくので集まって下さい」
カタリーナ王女の一声で、クラスメイトたちがぞろぞろと彼女を囲う形で集まり、話を聴く姿勢を整える。
その際、不平不満が出てくることはない。
徹底的な実力主義が浸透しているこの学院では、学院の首席であるカタリーナ王女は身分にかかわらず、尊敬の的になっているからだ。勿論、ライバル視している者も少なからずいるかもしれないが、表立って不満を溢すような幼稚な者はいなかった。
全員が聴く姿勢を整えたことを確認したカタリーナ王女は、カイサ先生から一枚の紙を受け取り、目を落とす。
「今回の参加者は二十一名ですか。でしたら、七人一組を三つ作り、前衛・中衛・後衛に分けるべきでしょう。前衛には遠近問わず戦闘が得意な者を、中衛には戦闘が苦手な者や補助に長けた者を、後衛には遠距離魔法を得意とする者を振り分けていきます。今回の目標は二十階層。素早くダンジョンを攻略していかなければなりませんから」
どうやらカタリーナ王女は、カイサ先生から与えられた目標の達成を優先させるようだ。
ローテーションを組まずに前衛に振り分けられた者の戦闘力でダンジョン攻略を押し進めるというやり方では、クラスメイト全員に均等に戦闘経験を積ませることはできなくなるが、目標の達成を目指すのであれば妥当な判断だと言えるだろう。
問題は誰が前衛を務めるのか、だ。
参加者の名前が書いてあるのだろう紙に、カタリーナ王女が視線を通し続けること約三分。
ようやく頭の中で構想が固まったのか、カタリーナ王女は顔を上げ、振り分けを発表する。
「私の独断で申し訳ありませんが、まずは前衛組を発表します。クリスタさん、アリシアさん、コースケさん、ディアさん、フラムさん、ソフィさん、そして私を加えた七名で前衛を務めましょう。異論はございませんか?」
ここで異論を唱えることができるほどの勇気ある者は俺を含めてどうやら誰もいなかったようだ。皆が皆、粛々と首を縦に振る。
何故俺たちが前衛に抜擢されたのか、という疑問がなかったわけではないが、わざわざ異論を唱えるほどのことではない。それにアリシアにとっては戦闘経験を積む絶好の機会でもあるため、俺は大人しく首を縦に振っていたのだった。
それから中衛、後衛とカタリーナ王女が次々と発表していく。
「――そして最後に後衛兼、全体の指揮官としてイクセルさんを。お願いできますか?」
「ああ、任されよう」
掛けていた眼鏡を右の中指で上げ、堂々たる態度でカタリーナ王女に言葉を返した男――イクセルこそが、俺が気になる人物として頭の片隅に記憶していた男子生徒であった。
イクセルはカタリーナ王女に、あたかも対等な関係だと言わんばかりの態度で意見を述べる。
「一ついいか? カタリーナ」
「何でしょうか?」
カタリーナ王女からは呼び捨てにされたことを気にする素振りは窺えない。至って自然体のまま会話を続けていた。
「俺を後衛に回した理由は理解できるが、何故厳しい戦闘が予想される前衛にSクラスに上がったばかりの生徒たちを固めた? 堅実に攻略を進めていくのであれば、元よりSクラスにいた実力者たちを配置した方が理に適っていると思うが?」
「貴方の意見もわかります。ですが、私はこれが
カタリーナ王女の問いかけにイクセルは僅かな間を開けた後、口を開いた。
「……なるほど、な。カタリーナが最善だと思ってのことであれば問題はない。すまないな、余計な口を挟んでしまった」
「気にしていません。――ロザリー先生、準備が整いました」
イクセルとの会話を終えたカタリーナ王女は、ダンジョン攻略に向けた準備が整ったことをロザリー先生に報告する。
「よろしい。ではこれより、実地訓練を開始する。私も付いていくが、緊急時以外で私を頼ることは許さない。お前たちの力だけで二十階層に到達してみせろ。いいな?」
「「はいっ!」」
威勢の良い返事と共に、Sクラスの生徒たちはダンジョンへ足を進めていく。
こうして、Sクラスの実地訓練が始まったのであった。
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