第387話 歪な関係性
俺たちが基本的に座っている座席の位置は教壇近くの前の方の席なのだが……、どうにもここ数日、背後から視線を感じてならない。
観察をしてくるようなものでもあり、探りを入れてきているのようにも感じるその視線は、日を追うごとに遠慮が無くなってきている。
不快とまではいかないが、一体どんな意図があって俺たちを見てくるのかが気になって仕方がない日々を俺は送っていた。
Sクラスに加わってから早五日。
今日も今日とて背後からの視線を感じつつも、座学の授業を終え、いよいよSクラスに来てから初めての実践的な実技授業が行われることになった。
着替えは不要。ローブ姿のままで実技授業は行われるため、授業と授業の合間の短い休み時間の間に教室を移動し、第一野外演習場へ向かう。
その道中、突如背後から俺たちは声を掛けられる。
「……少し時間を貰ってもいいか?」
女性にしては低い声に、感情を悟らせまいとする無表情の顔。
しかし、瞳の奥だけは違った。好奇心という炎を揺らし、真っ直ぐとその視線をアリシアへと――アリシアが身に付けている腕輪へと向けてきたのだ。
その瞬間、フラムが動く。
とはいっても、さりげなく立ち位置を変えただけに過ぎない。アリシアの身の安全を確保するために、アリシアのすぐ近くに移動したのである。
「え、ええ。移動しながらでよろしければ……。確か貴女は……カルロッタさん、ですよね?」
アリシアはやや困惑しながらも、カルロッタという女性の言葉を受け入れる。彼女の突拍子もない強引な言葉に押し負けた形だ。
「……こうして話すのは初めてのはずだが、よく私の名前を知っていたな」
「この数日の間にクラスメイトの名前は覚えましたから」
「……勤勉なことだ。……アリシア王女殿下は努力家だと小耳に挟んでいたが、本当だったみたいだな」
彼女の身嗜みもそうだが、初対面の相手――しかも大国の王女を相手にしても、気遣うということを知らないようだ。
あたかも対等な関係……いや、むしろ言動からして見下していると言っても過言ではないカルロッタの態度に対し、アリシアは特に思うところはないらしく、そのまま話を続けていく。
「ありがとうございます。ですが、自分が努力家だと思ったことはありません。――ただ強くなりたい。その一心で研鑽を積んでいるだけですから」
「……それが努力家ということなんじゃないかと思うんだが、まぁ、そんな話はどうでもいい。……一つ相談があるのだが、いいか?」
「相談、ですか……?」
唐突な相談の提案に、困惑をより一層深めるアリシア。
理解が及ばないと表情にまざまざと表れていた。
一方的に会話の主導権を握られた状態のまま、カルロッタは相談を持ち掛ける。
「……その右腕に着けている腕輪。……それを見せてほしいんだ」
カルロッタの視線が完全にアリシアの右手に集中する。
嫌な予感がしたのか、アリシアはカルロッタの視線から逃れるように右手を背中に隠した。
すると、それと同時に二人の会話に警戒心を高めたフラムが横から加わる。
「――ダメだ。貴様からはどこか胡散臭いものを感じるからな」
「……見て触るだけだ。……私が腕輪を盗むとでも思ったか?」
フラムがキッパリと拒絶の意思を告げたが、カルロッタは簡単には引き下がらない。むしろ拒絶されたことによって、より興味を抱いてしまったらしい。
まずい展開だ。
カルロッタが腕輪のどこに興味を持ったのか知らないが、製作者が俺であることを知られるのはまずい。
だからといって唐突に俺がここで口を挟み、追撃するように拒絶するのは愚策だろう。どうしても隠し通したい物であると暗示しているようなものになってしまう恐れがあるからだ。
この場はフラムに任せ、俺は知らぬ存ぜぬを貫き通す。
「そんなことは微塵も思っていないぞ。お前に見せてやる義理がないだけの話だ。そもそもだ、私の目を掻い潜って盗めるはずがないだろう?」
「……そうか。……少しばかり探求心が先行し過ぎてしまったようだ。……機会を改めるとしよう」
それだけを言い残し、カルロッタは俺たちの前から立ち去った。
立ち去る間際、カルロッタの視線がほんの僅かにディアに向けられた気がしたのは俺の気のせいだろう。
――――――――――
「ちょっと、ちょっと!? 何勝手なことをやってくれちゃったのさ、ロッタちゃん!」
カルロッタとアリシアたちの一連のやり取りを陰ながらに見届けていたクリスタは、カルロッタを人気のない場所に連れ込み、説教……もとい、猛抗議を行っていた。
「……探求心が先走ってしまったんだ。……仕方がないだろう?」
カルロッタに反省の色はない。
強いて彼女が悔いている点を挙げるとすると、それは接触する機会を見誤ってしまったことだけであった。
「……だろう? じゃないよ、全くもう! リーナちゃんに軽率な接触は慎むようにって散々言われてたの、もう忘れたの!?」
(……交友関係を先に構築すべきだったか。……些か性急に事を進めすぎたな)
クリスタが声を荒げているにもかかわらず、カルロッタはどこ吹く風とばかりに聞き流す。
この時のカルロッタの頭の中には『未知への関心』しか存在していなかったのだった。
返事がないことからカルロッタに説教は無意味だとクリスタは悟り、大きなため息を吐く。
「はぁ〜……。研究熱心? なのはいいけどさ、もうちょっと自重してよ。これじゃあワタシがリーナちゃんに怒られちゃうじゃん」
「……安心しろ。……当分接触する予定はない。……警戒心を抱かれてしまったようだからな」
「いやいや、ツッコミどころ満載なんだけど!? 予定がないんじゃなくて接触できない状況に陥っただけだよね!? それにその言い方だと警戒心を持たれてなかったら接触する気満々だって聞こえるんだけど!? はぁ……、はぁ……」
早口で捲し立てたばかりに、クリスタは息を切らす。
「……そんな早口で話すと疲れるぞ?」
「誰のせいだと思――って、もういいや。ロッタちゃんに何を言ってもワタシが疲れるだけだし……」
「……わかってるじゃないか。……私は私がしたいようにする。……何者にも縛られるつもりはないと昔から言っているだろう? ……私が『
この時、カルロッタは
整った環境と研究や発明に掛かる費用を用意してくれれば、それだけで彼女は良かったのだ。
カルロッタは『七賢人』という地位に意味も興味も持っておらず、ただ惰性とその才覚だけでその座に居続けているに過ぎない。
つまるところ、カルロッタ然り『七賢人』のメンバーは一枚岩ではないのだ。
利害・崇拝・主従・縁故など、様々な関係性の上で『七賢人』のメンバーは相互関係を築いているのである。
特段カルロッタは『七賢人』への思い入れが希薄だった。
当然、その事実をクリスタは理解していた。
故にクリスタはカルロッタに多くのことを求めず、ただ大人しくしてくれるよう説教紛いの説得をするだけに留めていたのだ。
「はいはい、わかってますよーっだ。――って、そろそろ授業が始まっちゃうじゃん! ラバール王国から来た新入りちゃんたちの実力を観察しなきゃだし、ワタシは先に行くから!」
「……私は休む。……身体を動かすのは得意じゃないからな」
「知ってるよ。じゃ、また放課後!」
シュバッと音を立て、クリスタは第一野外演習場を目指し、その場を後にしたのであった。
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