第389話 見極め

「ふぁ〜ぁ……。何故私たちばかり雑魚の相手をしなければならないのだ?」


 大きな欠伸をしながらバッタバッタと魔物を己の拳だけで殴り倒していくフラムが、隣で共に戦っている俺とディアに愚痴を溢す。


「わたしたちが前衛だから……かな?」


 四元素魔法を巧みに操り、これまたバッタバッタと魔物を倒していくディアがフラムの愚痴を訊いてあげていた。


 実地訓練が行われているこのダンジョンは高難易度ダンジョンと言われているが、俺たちからしてみれば大した魔物はいない。

 ましてや、まだ八階層――浅い階層だ。

 どんなに気を抜いていたとしても怪我の一つすら負うことはない。いくらフラムが戦闘狂とはいえ、退屈しのぎにもならない魔物の相手ばかりをさせられている現状にフラムは嫌気が差してきたようだ。


 そんなフラムとは対照的なのはアリシアだ。

 生き生きとしながら魔物との戦いに精を出し、魔物との戦闘経験を己の糧にしようと懸命に努力している。その働きぶりは俺たち『紅』をも上回る勢いだった。


 ちなみに俺たちと同じ前衛組であるカタリーナ王女とクリスタに限っては武器すら構える様子はなく、ここまで破竹の勢いで八階層まで辿り着いたが、二人が魔物と戦闘を行った回数は片手で数えられる程度のみ。しかも極めて簡単な魔法を使っただけであった。


 何故、彼女たちはここまで戦う意志を見せないのか。

 もしや俺たちの力量を測ろうと、『見』に回っているのではないかといった疑問が俺の頭の中を駆け巡るが、俺はそれを口にはせずに、ただ黙々と魔物を倒していった。




 このダンジョンは広い。

 階層によって、洞窟、草原、森林など地形が様々変わっているのだが、基本的にはSクラス二十一人+カイサ先生で団体行動が可能なほどの広さをどこの階層も誇っている。

 だが、魔物との戦闘をしていたのはほぼ前衛組のみ……いや、そのほとんどを俺たちラバール組とハーフエルフの少女ソフィだけで対処していたと言っても過言ではない。

 一方で中衛、後衛組は暇で暇で仕方がないだろう。今のところ彼らの仕事は俺たちが倒した魔物が落とした魔石拾いくらいなものだ。


 知恵なき魔物が跋扈ばっこするダンジョンとはいえ、魔物もそこまで馬鹿ではない。二十人を超える集団をわざわざ襲ってくるようなことは滅多になく、基本的には進路上にいる魔物を俺たち前衛組が排除していくだけでダンジョン攻略はトントン拍子で進んでいく――。


―――――――


 彼らの戦いぶりは見事の一言に尽きる。


 カタリーナはあえて魔物との戦闘に加わることなく、アリシア率いるラバール組の戦いぶりを観察し、そう結論付けていた。


 舞い踊っているかのような巧みな剣捌きで魔物を倒していくアリシアとそのフォローに回る紅介。

 魔物からの攻撃の悉くを無視し、拳だけでものを言わせていくフラム。

 四元素魔法を駆使し、中衛・後衛組の最後の砦として守りを固めるディア。


 四人が四人とも卓越した戦闘能力を有していることはここまでの道中で明らかになった。その中でもとりわけ、紅介、ディア、フラムの活躍がカタリーナの目に留まっていた。


「実力の底が未だに見えてきませんね……」


 今尚、戦い続けているラバール組とソフィを離れた位置から観察していたカタリーナは、隣に立つクリスタにだけ聞こえる声量でそう呟く。


「確かに……。これはちょっとワタシの想像以上かも。アリシア王女殿下も対魔物に限ればかなりの実践経験がありそうだし、意外と侮れない存在かもね。まーそれでも? と比べちゃうと霞んでみえちゃうけど……」


 クリスタの視線は紅介たち三人に釘付けになっていた。

 まだ階層も浅く、クリスタからしたら強敵と呼べるほどの魔物は未だに現れてはいない。だが、ここまで圧倒的で一方的な戦いを繰り広げることが容易でないことは誰の目から見ても明らか。

 苦戦する姿どころか汗一つかいていないところを見るに、あの三人の実力は異常なのではないかとクリスタの目には写り始めていた。


「前方から敵影多数! 後衛組はいつでも魔法を放てるよう迎撃準備を整えろ!」


 カタリーナたちの後方から、指揮官に任命したイクセルの指示が飛んで聞こえてくる。


 ここ八階層の地形は荒野。

 イクセルの声を訊き、二人は遥か前方に視線を向ける。

 するとその視線の先には、砂煙を撒き散らしながらこちらに向って走ってくる獅子型の魔物の群れの姿が多数見えてきていた。


「えーっと、どれどれ? 大体二十体くらい、かな? あの勢いのまま突撃されちゃうと怪我人が出ちゃうかもしれないねー。どうする? リーナちゃん」


「彼らの実力を見極めることも大切ですが、クラスメイトたちに怪我人が出ることは私の望むところではありません。私たちも戦闘に加わりましょう」


「りょーかい。じゃっ、ちゃちゃっと倒しちゃいますか♪」


 カタリーナとクリスタはきたる魔物に備える。

 カタリーナは鞘から剣を抜き、クリスタは体内で魔力を練り上げていく。


 獅子型の魔物の体長は三メートル前後。

 獰猛な牙と人間を超える体躯から繰り出される物理攻撃には注意が必要だが、低階層の魔物ということもあり、一体一体の脅威度は然程のものではない。

 今回は群れで迫ってきているため、緊急の対応を強いられてしまったが、二人は慌てずに極めて冷静に魔物の群れの到着を待つ。


「中衛組の皆は怖がらずにワタシたちの後ろで一纏まりになって待っててねー♪ ――下手に動かれると迷惑だから」


 最初の方はにこやかに声を掛けていたにもかかわらず、クリスタの表情と声音が途端に豹変する。


 その豹変は謂わば戦闘態勢へ移行した証だった。

 クリスタの瞳からは色が失われ、ただただ真っ直ぐと標的を見つめる。

 こうなったら最後、クリスタは獲物を全て駆逐するまで止まることはない。


 そんなクリスタの豹変ぶりに、隣に立っていたカタリーナは嘆息を漏らす。


「はぁ……。貴女が皆を怖がらせてどうするのですか……」


「……」


 カタリーナの言葉は無視される。

 極度の集中状態に入ったクリスタにはカタリーナの声が届いていなかったのである。


「……まあいいでしょう。今は魔物への対処が最優先事項ですから」


 魔物との距離が徐々に詰まっていき、今となってははっきりと魔物の姿形が視認できるまでになっていた。

 その距離およそ三百メートル。

 数十秒と経たぬ間に魔物の群れがSクラスを襲ってくるだろう。

 カタリーナは自身も集中状態に入るため、一度深く息を吸い込んでから剣を構える。


 しかし、その時は訪れなかった。

 ある者の魔法によって、全てが杞憂に終わったのだ。


「……えっ?」


 カタリーナは信じられない光景を目の当たりにし、間の抜けた声を漏らす。

 いや、カタリーナだけではない。クリスタも、その後ろにいたクラスメイトたちも、そしてSクラスの担当教諭であるカイサまでもが、ただ呆然とその光景を見つめていた。


 ――うねり狂う巨大な炎の柱が現れ、迫り来る魔物の群れを一瞬にして消し炭にした光景を。


 信じられない光景を見させられ、表情を消して豹変していたクリスタは我を取り戻し、声を上げる。


「あれって、魔法……じゃないよね?」


 魔法以外の何物でもない、自然現象では起こり得ない光景を見ていたにもかかわらず、クリスタは今自分が見たものを魔法ではない別の何かであって欲しいという願望のもと、カタリーナに言葉を投げ掛けた。

 だが、カタリーナは冷静に物事を解析し、クリスタの言葉を否定する。


「……間違いなく魔法でしょう。誰の魔法だったのかわかりませ――」


 最後まで言葉を紡ぐ前に、信じられない光景を生み出した張本人がカタリーナに近寄り、声を掛けてきた。


「おい、何をぼさっと突っ立っているのだ? せっかく私が魔物を駆除してやったというのに、全く……。雑魚の相手はもう懲り懲りだ、早く先を進むぞ」


 それだけをカタリーナたちに告げ、フラムは紅介たちのもとへと戻っていく。


 フラムの後ろ姿を見届けた数秒後、カタリーナは幼子のように無邪気に笑った。


「あはっ、あははははっ! 凄い、本当に凄い! 凄すぎて笑っちゃうほどに!」


「……いやいや、よく笑っていられるね、リーナちゃん。それより――ホント想像以上だよ、フラムちゃん」


 大笑いするカタリーナとは対照的に、クリスタは冷たい眼差しをフラムの後ろ姿に向けていたのであった。

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