第383話 発明家

 全クラスのクラス替え試験が終わった日の放課後、中央校舎五階にある、通称『賢者の部屋』にて『七賢人セブン・ウィザーズ』の三人が集っていた。

 その目的は情報の共有にある。


「クリスタ、試験結果の報告をお願いします」


 三人が各々席に着き、話し合いの場が整ったところで、『七賢人』の第一席であるカタリーナ・ギア・フレーリンが、同じく第三席のクリスタに情報を要求した。


「はいはーい♪」


 カタリーナの白銀の瞳と視線を交差させたクリスタは、桜色のポニーテールを揺らしながら元気よく要求に応じる。

 彼女は手元にある乱雑に書き殴られたメモ用紙に目を落としながら情報の共有化を行う。


「えーっとね、まず結論から先に言っちゃうけど、今回のクラス替え試験でSクラスから落ちちゃった生徒は五人。Sクラスの下位五人の全員が全員、Aクラスの上位五人に負けちゃった形だねー。五人が総入れ替えになるなんてこれが初めてなんじゃないかな?」


「「……」」


 クリスタから試験結果を伝えられ、室内は静まり返る。

 カタリーナは思案顔を、もう一人の人物はクリスタの話に全く興味を示すことなく、手元に持っていた魔石を黙々と弄っていた。


「ちょっとー! せっかく人が教えてあげたのに無視は酷いよー!」


 二人から反応が返ってこないことにクリスタは冗談混じりに頬を膨らませて抗議する。


「……ごめんなさい、クリスタ。少し考え事をしてしまいました。続きをお願いします」


 冗談混じりの抗議に対し、カタリーナは謝罪を告げた。

 思いがけない真面目な対応に調子を狂わされながらも、クリスタは話を続ける。


「も、もぉ仕方ないなぁー。今回Sクラスに上がった生徒の名前は成績順に、フラム、ディア、コースケ、ソフィ、アリシア。リーナちゃんが気にしてたラバール王国の四人組は全員Sクラスに来ることになるね」


 Aクラスの試験結果は以下のようにメモ用紙に綴られていた。


 上位決定戦戦績

 フラム 十一戦十一勝(不戦勝四)

 ディア 十勝一敗(不戦勝三、不戦敗一)

 コースケ 九勝二敗(不戦勝二、不戦敗二)

 ソフィ 八勝三敗(不戦敗三)

 アリシア 七勝四敗(不戦敗三)


 ――以下略。


 ここまでがクリスタが持つメモ用紙に綴られていた情報だった。


 カタリーナたちが知る由もないが、実はこの上位決定戦では半ば八百長に近い取り決めが、フラムを除く紅介たちの間で行われていたのだ。


 理由は単純そのもの。

 フラムとの戦いを全力で避けるために他ならない。

 勝つも負けるも自由。ならば、不要で不毛な消耗を避けることも作戦の一つ。

 ディアはフラムとの戦いを、紅介はフラムとディアとの戦いを、アリシアは『紅』の三人との戦いを避けたのである。


 アリシアをただ勝たせるだけであれば、紅介たち全員がアリシアに勝利を譲るというのも一つの手ではあった。が、アリシアがそれを良しとはしなかったのだ。

 我が儘だと言われようが、アリシアは心の底から『その人に敵わない』と思った相手から勝ちを譲られるような汚い行いを嫌ったのである。


 その結果、アリシアはハーフエルフの少女ソフィにこそ敗れたものの、その他の試合を全て勝ち切り、無事に上位五人に食い込んだのであった。

 そして入れ替え戦へ出場し、そこでも勝利をもぎ取り、Sクラス入りを果たしたのである。


 余談だが、ソフィも紅介たち『紅』との戦いを避けていた。

 ――勝てない。戦うだけ無駄。

 戦う前からあっさりとそう判断を下し、さっさと白旗を掲げたのであった。


「やはりそうなりましたか……。アリシア王女殿下までもがSクラスに上がってくるとは少々驚きましたが……」


 予想していた未来が現実に変わる。

 初対面で受けた印象と入学試験の情報から、アリシアを除く三人がSクラスに上がってくるであろうことは容易に想像できていたが、ついに想像が現実へと変わってしまった。しかも想像を超え、アリシアも共に。


 得たいの知れない不安、焦燥、困惑の感情がカタリーナの頭の中を駆け巡る。

 自然と表情は強ばり、声からも覇気が失われていた。


 そんなカタリーナの微妙な変化にクリスタは気付かないふりをしたまま、あえて軽口を叩く。


「こう言ったらあれだけどさ、アリシア王女殿下がワタシたちと同じクラスになるなんてちょっと意外だったよねー。剣の腕は結構凄いみたいだけど、魔法に関してはまだまだみたいだし。実際、そのアリシア王女殿下と直接戦って負けたスヴェン君から貰った報告書にも『魔法の腕は未熟』って書いてあるしね。……あっ! 小さく『未知の魔道具のせいで負けた』なんて言い訳も書いてある! ぷーくすくすっ、だっさーい!」


 大笑いしながらクリスタは手に持っていたメモ用紙を指で何度も弾く。

 少しでもこの場の空気を軽くしようと、スヴェンを犠牲にして笑いを取ろうとしたのだ。

 だが、未だに室内の空気は重たいまま。クリスタの努力は報われない。

 それだけに留まらず、この部屋にいるもう一人の『七賢人』からは、鬱陶しいとばかりに冷たい眼差しを向けられる始末であった。


 これ以上はもうお手上げ。

 クリスタは諦め、大人しく二人の空気に合わせることにする。


「ちぇー……。で、どうするわけさ? リーナちゃんの予想だと、ラバール王国から来た三人組がワタシたちから『七賢人』の座を奪うんじゃないかーとかなんとか言ってたよね? 何か『作戦っ!』みたいなものとかはないの?」


「残念ながら、これといったものは……。ひとまずは、目を逸らさせ、欺き、時間を稼ぎましょう」


 カタリーナの具体性がなく消極的な案に、クリスタは頭の上に『?』を浮かべる。


「えーっと……どうするつもり?」


「私があの方々の目を引きます。『七賢人』に興味が向かないよう学院の首席としてではなく、マギア王国の第一王女として、アリシア王女殿下と交友を深めていこうかと」


 カタリーナのその言葉を訊き、真っ先に反応を示したのはクリスタではなかった。


「……ここ最近、珍妙な口調で喋ってるなと思っていたが、王女らしい言葉遣いを癖付けるためだったってことか、リーナ。……何をそこまで警戒しているんだ?」


 女性にしてはやけに低く、それでいて疲れきっているかのような声が、それまで二人だけの声しか響いていなかった室内に割って入る。


 貧相な身体付きに、ボサボサの栗毛色の髪、目の下の隈、黒のローブの上に羽織っている白衣が特徴的な女性。


 それが『七賢人』第六席――カルロッタ。


 見かけ通り彼女は身体能力、戦闘能力共に極めて低く、戦いに於ける才能を全く持っていなかった。

 だが彼女は戦いとは別の才能を生まれもっていたのだ。『七賢人』に名を連ねることができているのもその才能のお陰であった。


 魔法研究及び、魔道具開発の天才スペシャリスト

 カルロッタを知る人々は彼女を――『発明家インヴェンター』と呼ぶ。


 不可能を可能にする非凡な発想力とその身に宿すスキルがカルロッタを『七賢人』の座に就かせていた。


 ちなみに『賢者の部屋』と呼ばれているこの部屋に散らかっている奇妙な道具や魔石、機材の数々はほぼ全て彼女の所有物であり、『七賢人』が行うクラブ活動に彼女が発明した魔道具や研究成果が多大な貢献をしているのだ。今となってはカルロッタ無しでは『七賢人』が機能しないほどの影響を彼女は持っていた。


 研究以外のことに滅多に興味を示すことがないカルロッタが珍しくカタリーナたちの話に耳を傾けたことに若干の驚きと呆れを覚えながらもカタリーナは言葉を返す。

 呆れたのは、これまでに幾度と紅介たちのことを話題にしてきていたにもかかわらず、カルロッタが何も話を訊いていなかったことを認識させられたからである。


「……前にも言いましたが、私たち『七賢人』の地位を脅かす可能性がある強者が現れたからです。警戒するに越したことはないでしょう?」


「……ほうほう、なるほどな。……ふふっ。面白い、面白いじゃないか。……そいつらはどんな力を持っているんだ? ……私の研究材料になってくれるだろうか?」


「「……狂ってる」」


 カタリーナとクリスタの言葉が重なる。

 カルロッタの相変わらずのマッドぶりに、激しい頭痛を覚えたのである。

 そんな二人を放置したまま、カルロッタは妄想を膨らませていく。


「……顔を合わせるその日を楽しみにしておくとしよう」


 カタリーナの心配を余所に、カルロッタは紅介たちと会合するその時を待ちわびる。

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