第384話 絡み合う糸

 クラス替えが行われ、Sクラスの一員としての初登校日を迎えた。


 新しく支給された黒のローブを纏い、俺たちは多くの視線を幾度と浴びながら中央校舎の階段を上っていく。

 紫紺色のローブの時もそれなりに注目を浴びていたが、最上位クラスの証である黒色のローブの注目度は別格。まるで有名人を見た時のような興奮と好奇の眼差しが向けられてくる。


 学院内でありながら、どこか居心地が悪く感じてしまう。

 注目を浴びることで愉悦感を覚える人もいるだろうが、どうやら俺はその手の感情を抱くタイプではなかったようだ。

 しかし、俺を除く面々は注目を浴びることに何も思うところはないようで、至って平然とした態度のまま。

 神経質になっているのは俺だけ。アリシアに限っては、視線など全く気にすることなく、Sクラスに上がれたことに対する喜びの感情を抑えきれずにいた。


 五階まで続く階段を上りつつ、アリシアは大層嬉しそうな表情を浮かべながら口を開く。


「今更ですが、Sクラスに入ることができたのだと実感してきました。まだまだ未熟の身でありながら、先生方と一緒にSクラスに上がれたことを本当に嬉しく思います」


 心なしかアリシアのテンションが普段よりも高い。

 Sクラスに上がれたことが余程嬉しかったのだろう。表情、声色、纏う雰囲気、その全てがいつもと違って見える。


「何だか嬉しそうだね、アリシア」


 ディアも普段のアリシアとの違いに気付いたようで、温かい眼差しを向けて、そんな言葉を掛けていた。


 雑談を交えながら階段を上っていき、いよいよ五階に到着しようとしていた俺たちを五階に着く手前の踊り場で待っていたのは、実技試験『特殊』の試験官であったカイサ・ロブネル先生であった。


 艶のある黒のショートカットに、二十代半ばと思われる年齢、そして抜群のスタイルを持つカイサ先生がSクラスの担任であることは知っていたが、どうして踊り場にいるのか、全くもって謎である。しかも腕を組みながら踊り場で仁王立ちしているあたり、何やら訳がありそうだ。


 今日から俺たちの担任になるカイサ先生を無視することはできない。


「おはようございます」


 軽く挨拶をし、その横を通りすぎようとした瞬間、待てと言わんばかりに声を掛けられる。しかも名指しで、だ。


「コースケに、ディアだったな? やはりSクラスに来たか。待ちわびていた」


 カイサ先生の両の眼が俺とディアを捉える。

 口元には怪しげな笑みを湛え、瞳の奥には燃え滾る闘志が籠められていた。


 どう返事をするべきか俺が困惑していると、カイサ先生が言葉を続ける。


「入試の時からお前たち二人には目を付けていたが、もう一人とんでもない奴がいたようだな。王女の身の安全を確保するためだろうが、ラバール王国にはお前たちのような人材が豊富にいるのか?」


 ここで言う『もう一人』とは当然、フラムのことだろう。

 入学試験、クラス替え試験の結果を踏まえると、フラムに関心が向くのは必然。

 只でさえカイサ先生は俺とディアに目を付けていたらしいのだ。俺とディアを差し置いて全試験でトップの成績を叩き出したフラムに興味を持つのは当然だと言えるだろう。不正があったか無かったか別にしてだが……。


 俺たちへの興味を隠そうともしないカイサ先生に言葉を返したのは、意外なことにそれまで興味がなさそうに沈黙を貫いていたフラムだった。


「私たちほどの実力者がそうそういるわけないだろう。ラバール王国にも、他の国にもな」


 ――傲岸不遜。

 傍から見ればフラムの発言はそう捉えられてもおかしくはない。だがフラムは本気でそう思っているに違いない。

 それほどの実力者が存在するのであれば、拳を交えてみたいとすら思っていそうだ。


 他の追随を許さない圧倒的で絶対的な力を持っているが故の発言。そんなフラムの自信に満ち溢れた言葉に対し、カイサ先生は心底楽しそうに口角を吊り上げる。


「それはそれは楽しみだ。Sクラスでその力の一端を是非とも見せてもらおうじゃないか。――さて、もうじき授業が始まる。教室に向かうぞ」


 カイサ先生の背を追う形で俺たち四人はSクラスの教室へと向かった。




 Sクラス総勢五十人……のはずなのだが、朝礼の鐘と共に入室した俺たちを含め、教室には三十人弱程の生徒しか席に着いていなかった。

 ちなみにその中には、俺たちと共にSクラス入りを果たしたハーフエルフの少女ソフィも含まれている。自己紹介の時間が設けられることを予期してか、一番手前の席に腰をおろしていた。


 Aクラスと大して代わり映えのしない教室。

 設備面に差は一切なく、唯一の違いと言えば空席が目立つところくらいだろうか。


 ……いや、それだけではない。

 教室内を纏う雰囲気がAクラスとは明確に違う。

 比較的和気あいあいとしていたAクラスと比べ、Sクラスの教室の雰囲気は明らかにひりついていた。

 俺たちへ向けられる視線だってそうだ。級友として出迎えてくれるような雰囲気ではなく、まるで仇敵――ライバルを見るような視線を向けてきている。勿論、好意的な視線が全くないとは言わないが、限りなく少ないことにはかわりない。


 異様な雰囲気であるにもかかわらず、カイサ先生は自然体で受け流す。あたかもそれが日常的な光景であるといわんばかりの態度だった。


「ほう、今日はいつにも増して随分と出席率が高いな。新顔が気になって仕方がないといったところか」


「……これで、ですか?」


 隣に立つカイサ先生の呟きを拾った俺は思わず疑問を口にしてしまっていた。何故これほど空席が目立っているのに『出席率が高い』と言ったのかと。


 俺の疑問はカイサ先生によって、すぐに解消される。


「ああ、そうか。Sクラスに来たばかりのお前たちは知らないだろうから説明しておくが、Sクラスは他のクラスとは違って、ある程度の『自由』が許されている。全て話すと少し長くなるから他の説明は省くが、授業に出席するもしないも個人の判断に委ねられているというわけだ。とは言っても、月の三分の一は出席しなければならない。無論、毎月行われる試験にも必ず参加してもらうがな」


 Sクラスに籍を置く。それすなわち、優秀な生徒だと学院側に認められているということなのだろう。故に、かなりの自由が許されているようだ。

 Aクラスには無かった特権である。他にも色々な特権があるようだが、それらに関しては追々知っていけばいい。


 疑問が解消されたので俺は一言礼を告げてからは口を閉じ、カイサ先生の進行に身を委ねる。


「今日からSクラスに加わることになった者たちを簡単に紹介していくから良く聞け。手前から、コースケ、ディア……」


 一人ひとり自己紹介をする時間は与えられず、カイサ先生が名前だけを羅列するだけで自己紹介の時間は終わり、すぐさま空いた席に座るように促された。


 誰がこの席、という決められた席はないようで、俺たち四人が一纏めになれるように座ることができる空席を見渡し、探していく。


 その途中、月明かりに照らされた雪のように輝く白銀の瞳と視線が交差する。

 最上段中央の席に座るその人は、まるでこのクラスの王。

 銀色に、ほんの僅かに金色を差したかのような特徴的な色をした髪を肩口に切り揃えた美少女――カタリーナ・ギア・フレーリン。

 マギア王国の第一王女にして、ヴォルヴァ魔法学院の首席である彼女は俺たち四人を見て、微かに笑みをこぼす。


 カタリーナ王女に気付いたのは俺だけではなかった。

 空いた席に向かう前に姿勢を正したアリシアは、最上段中央に座るカタリーナ王女に視線だけで挨拶を交わす。




 二人の王女がSクラスで再会を果たし、この日をもって、二人の関係が急速に発展していく――。

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