第374話 物足りなさ

 クラス替え試験を週明けに控え、いよいよアリシアの特訓も残すところ後二日。この二連休はダンジョン内で寝泊まりし、最後の追い込みをする予定となっている。


 今日明日のアリシア付きの騎士は勝手知ったるセレストさんということもあり、アリシアにはダンジョン内を自由に立ち回ってもらい、研鑽を積んでもらうつもりでいた。


「はぁーッ!!」


 気合いが込められた細剣による一撃で大蛇型の魔物の首が落ち、魔物は大きな魔石だけを残して霧となって消えていく。


「――アリシア様! お怪我はございませんか!?」


 十階層のダンジョンボスとの戦闘が終了し、それまで落ち着き無くソワソワしながら見守っていたセレストさんがアリシアのもとまで駆け寄り、怪我が無いか全身を隅々まで確認していく。


「はぁ……、はぁ……。だ、大丈夫です。怪我はありません」


 息こそ切らしていたが、アリシアに怪我はない。

 いくら高難易度ダンジョンとはいえ、俺たち『紅』が見張っている以上、アリシアが重傷を負うことはあり得ない。

 万が一……いや、億が一、怪我を負ったとしても、ディアの治癒魔法があるのだ。アリシアの安全は確保されていると言っても過言ではない。


 心配をしているセレストさんを余所に、俺たち『紅』の三人はアリシアの成長度合いを話し合うことにした。


「戦闘技術はだいぶ磨き上がってきたんじゃないかな?」


「うん、危なっかしい場面もあんまり無かったし、すごい上達してきたと思う」


 初めてこのダンジョンを訪れた時は、アリシアの独力では三階層が限界だった。だが、僅か二週間足らずでアリシアは十階層までほぼ独力で到達できるようになった点を踏まえると、かなり成長したと言えるだろう。

 強いて残念な点を挙げるとするならば、『叡智の書スキルブック』を未だに入手できていないところくらいなものだ。

 そう易々と入手できるとは端から思っていなかったが、全く期待していなかったと言えば嘘になる。俺の淡い期待は見事に打ち砕かれた形だ。


 俺とディアはアリシアの成長度合いに概ね満足していたが、フラムだけは違った。


「そうか? 私はまだまだ足りないと思っているぞ。所詮、これまでアリシアが戦ってきた相手は知恵なき魔物ばかりだ。行動パターンさえわかってしまえば、どうという相手ではないからな」


 なかなかに手厳しい評価だ。求めるハードルがかなり高いとも言える。

 だが、フラムの言うことがわからないわけではない。

 事実、アリシアの戦闘スタイルは、どこか頭で戦っているような印象を抱かせるものだったからだ。


 知識を蓄え、戦闘に反映させる。

 アリシアは反射的に身体を動かしているのではなく、相手の動きを計算し、予測した上で身体を動かしている感じなのだ。

 その戦闘スタイルを悪いとは思わないが、物足りなさを感じるのもまた確か。フラムが厳しい評価を下したのもそういった点からだろう。


 フラムが下した評価に付け加えるように、ディアが悩ましげに口を開く。


「確実にSクラスに入れるかって訊かれたら、確かに微妙かもしれない。剣技は通用すると思うけど、肝心な魔法が……」


 ディアは最後まで言葉にすることはなかったが、『魔法が通用しない』。そう言おうとしていたことは明白だった。


 現状、アリシアが使える魔法系統スキルは二つ。

 上級アドバンススキル『火炎魔法』と、同じく上級スキルである『暴風魔法』の二つである。

 どちらも等しく上級スキルだが、火系統魔法の方が得意というアリシアの自己申告通り、『暴風魔法』よりも『火炎魔法』の方がそのスキルレベルは高い。『火炎魔法』に限ればレベルはカンストの十。スキルが進化するのも時間の問題だろう。


 しかし、それだけでは物足りないというのが正直なところだ。

 ヴォルヴァ魔法学院は世界最高峰の学院、それも魔法に特化した学院ということもあり、上級スキル程度の魔法系統スキル保持者は山のようにいるだろう。上位クラスであるS、Aクラスともなれば尚の事だ。


 アリシアは生まれもった才能に恵まれ、元々の体内魔力量がかなり多いようだが、魔力量が多いだけでは何の意味もない。

 魔法とはイメージなのだ。使い手の工夫や想像次第で下剋上の可能性すら大いに秘めている。

 だが、その点に於いてアリシアは下剋上をする側ではなく、される側になってしまう可能性が高い。

 魔法の理解度、使用数、熟練度、想像力などでは、学院で長く学んできたクラスメイトたちにどうしても劣ってしまうからだ。


「うーん……」


 どうしたものか、と俺は頭を悩ませる。


 今日までダンジョンに毎日通い、アリシアは魔物を相手にひたすら戦闘技術を磨いてきたが、魔法の練度が上がったかどうかと問われれば、答えは『微妙』の一言に尽きる。

 なまじアリシアは剣の腕が立つ。

 そのため、戦闘スタイルが剣技を中心としたものになっており、魔法はあくまでも補助的な位置付けになってしまっているのが現状だ。

 残り二日で魔法の腕を上達させるには、戦闘スタイルそのものを変えて集中的に鍛えるしかないだろう。無茶ぶりもいいところだが、我慢してもらう他ない。


 ある程度方針を固め終えた俺はアリシアを手招きして呼び寄せ、この先の特訓内容を伝える。


「残り二日は戦闘スタイルを魔法主体にして、どんどんとダンジョンを攻略していこう。くれぐれも剣に頼りすぎないようにしてね」


 唐突な無茶ぶりだったにもかかわらず、アリシアは不満一つ見せずに素直に頷き返してくる。


「わかりました。頑張ります」


 闘志が籠った力強い返事と共に、アリシアは休むことなく次の階層へ続く階段を降りていった。




 ダンジョン攻略は順風満帆――とはならなかった。

 剣を半ば封じた状態のアリシアは何とか十一階層こそ突破したものの、続く十二階層で限界はすぐに訪れてしまったのだ。


 上半身が鷲、下半身が獅子の姿をした、体長三メートルほどの『ブリザード・グリフォン』なる魔物が登場し、その魔物から放たれた氷結の羽の乱舞に、アリシアは大苦戦を強いられていた。


「――くっ!」


 剣技を主体とした普段のアリシアであれば、ここまで苦戦を強いられることはなかっただろう。自慢のフットワークを生かし、攻撃の隙を与える前に仕留めることもできたはずだ。

 だが、魔法を主体とした戦闘スタイルを俺が命令したせいか、もしくは蓄積した疲労が判断力を鈍らせたのか、アリシアは精彩を欠いてしまった。フットワークもまるで生かしきれていない有り様だった。


 アリシアは自慢のフットワークを生かすことなく、数多の氷結の羽をただ闇雲に大火球を生み出し、その悉くを迎え撃とうとしたのである。


 ――悪手。

 最悪の一手を打ってしまったと言っても過言ではない。


 全身を氷結の羽から守るために大火球を生み出したことで、大量の魔力をロスさせていく。


「……うっ」


 魔力の枯渇を感じてか、アリシアは苦悶の表情を浮かべる。

 今にも力尽き、地に膝をつけてしまいそうだった。


 これ以上の戦闘は困難。

 そう判断し、アリシアを救出すべく俺を含めた『紅』全員が一斉に動き出す。


 アリシアのもとへディアが駆け寄る。

 俺は防壁を生み出し、氷結の羽から二人を守る。

 ブリザード・グリフォンを業火によってフラムが駆逐する。


 俺たちは完璧な連携によって、魔物の駆逐とアリシアの救出を成功させた。


 当然ながら、俺たち『紅』の三人に焦りは全くなかった。

 ブリザード・グリフォン如きに遅れを取ることはないと理解していたからだ。


 しかし、アリシアの専属騎士を任されているセレストさんは違った。


「――大丈夫でしょうか!?」


 セレストさんは焦燥感を隠すことなくアリシアに問い掛ける。


「は、はい。私は大丈夫です。少し休めば、まだまだ戦え――」


 疲労がかなり色濃く顔に表れていたが、アリシアの向上心の炎は消えることはない。

 だが……、


「――申し訳ございませんが、専属騎士として、これ以上アリシア様を危険な目に遭わせる訳にはいきません。特訓はこれまでとさせていただきます」


 セレストさんの判断によって、アリシアの特訓は急遽中止させられることとなったのであった。

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