第373話 アリシアからのお願い
クラス替え試験を二週間後に控えたある日の休日。
朝食を終え、暇を持て余して自室で籠っていた俺に、突然ノックの音と共に来客者が訪れた。
「……? どうぞー」
やることもなくベッドで寝転がっていた俺は身体を起こし、間延びした声で来客を招き入れる。
申し訳なさそうにゆっくりと扉が開いた先にいたのは、アリシアだった。その後ろにはディアと、何故かわからないがロザリーさんもいる。
「失礼します、コースケ先生」
「こうすけ、アリシアが相談したいことがあるんだって」
「相談? 俺に?」
どこか気まずそうな表情をしたアリシアに代わって、ディアが事の経緯を説明する。
「そう。もうすぐクラス替え試験があるでしょ? その試験でアリシアはSクラスに入りたいみたいで、わたしたちに力を貸して欲しいんだって」
力を貸すこと自体は構わない。が、話はそう単純なものではないことを果たしてアリシアは理解しているのだろうか。
クラス替え試験は実力至上主義を標榜するヴォルヴァ魔法学院らしい内容になっており、一部例外を除き、基本的には実践形式(対人戦闘)の試験となっている。
まずはクラスメイトとの戦いに勝ち抜き、Aクラス内で上位五名以内に入らなければならない。そして最後にSクラス下位五名との戦いに勝ち、ようやくSクラス入りを果たすことができるといった仕組みだ。
ちなみに一部例外とは、実技面ではなく学業や魔法研究において実績を残し、教師陣からの推薦を得た者のことを指す。故に、この方法でSクラス入りを果たすことは極めて困難。何の実績も残していないアリシアでは推薦を得ることは不可能だと言っても過言ではない。
となると、アリシアに残されたSクラス入りの方法は実践形式の試験を勝ち抜くことのみ。
だが、ここからが問題だ。
あくまでも俺の見立てに過ぎないが、現状のアリシアの実力では、正直なところ、上位五名以内に入ることは難しいと言わざるを得ない。
俺たち『紅』がどんなに手を抜いて試験に挑んだとしても、上位五名の中に食い込むことはほぼ確実。従って、残る枠は二つだけとなる。その二つの枠にアリシアが入れるか否かが問題だ。
俺たちがアリシアに勝ちを譲るというのも一つの手かもしれないが、アリシアの性格を考えると、それらの行為を良しとするとは到底思えない。であれば、アリシアがSクラス入りを果たすためには、自らの力を試験で示し、残る二枠を勝ち取ってもらわなくてはならないということになる。
率直に、かなり厳しい。
力を貸してあげたいのは山々だが、試験まで残り二週間しかないのだ。打てる手は限りなく少ない。
思い付く限りでは、フラムの地獄の特訓が一番手っ取り早いだろう。あの地獄を乗り越えることさえできれば、スキルが成長するかどうかは別として、短期間でアリシアの戦闘技能はかなり向上すること間違いなしだ。
「それなら、フラムに特訓を頼んでみる? 正直、あまりオススメはしないけど……」
苦く辛い記憶が甦り、俺は頬を引き吊らせながら、そう提案したが、その提案はディアによってあっさりと断られる。
「やめておいた方がいいと思う。わたしがフラムをここに連れてこなかったのも、フラムがアリシアに無理をさせちゃうと思ったからだし……」
提案しておいてなんだが、確かにディアの言うとおりだと考えを改め直す。
おそらくアリシアではあの地獄の特訓を乗り越えるのは不可能だ。下手をしたら命を落としかねない危険性すら孕んでいる。
そもそもの話、護衛を任された身として、アリシアを死地に追い込むような真似が出来るはずがない。それにロザリーさんから許可が下りようはずもないのは明らか。
別の方法を模索する他ないだろう。
「フラム先生の特訓とは、それほどまでに大変なのでしょうか?」
「まあ、『大変』って言葉じゃ収まらない程度には、ね……。とりあえず別の方法を考えようか。何か妙案はないかな?」
アリシアがフラムの特訓をやりたいと言い出す前に、別の案を考えなければならない。俺には思い浮かばない案が出てくることを期待しながらディアに視線を向ける。
「運要素が高いけど、『
ランダムでスキルを獲得できる『叡智の書』を使うというのは悪くはない案だ。
しかし問題が無いわけではない。
ディア自身もその問題を理解していたようで、言葉を続けた。
「手に入れられれば、の話だけど……」
そう、そこが問題なのだ。
『叡智の書』の入手方法は二つしかない。
ダンジョンに潜って魔物からのドロップを待つか、一等地に屋敷を建てられるほどの大金を払って購入するかの二択しかないのである。購入するには金貨数千枚を支払う覚悟はしなければならないだろう。
だが、アリシアは大国であるラバール王国の第一王女なのだ。もしかしたら簡単に購入できるのでは? という期待を込め、これまで沈黙を貫いていたロザリーさんに話を振る。
「ラバール王国から購入費用を出してもらうことはできませんかね?」
「申し訳ございませんが、『叡智の書』を購入するだけの大金ともなると、私だけでは判断しかねます。陛下にご判断を仰がねばなりません」
半ば分かりきっていたことだが、バッサリと断られてしまう。
「……ですよね。あっ! だったら『叡智の書』を持っていたりはしませんか? ロザリーさんなら知っているとは思いますけど、以前俺たちは国王様から依頼の報酬として『叡智の書』をいただいたこともありますし、まだ何冊か国庫に眠っているのでは?」
魔武闘会に出場した時の報酬で『叡智の書』をもらったことを思い出しての発言だったのだが、ロザリーさんから返ってきた言葉は俺が望んでいたものにはならなかった。
「ラバール王国の軍事力を強化する際に、国庫に眠っていた『叡智の書』のそのほとんどは、陛下が選ばれた者たちに使用されております。加えて申しますと、許可が下りるとも思えませんし、許可が下りたとしても王城に『叡智の書』を取りに戻らなくてはなりませんので、どちらにせよ、私にはどうすることもできません」
俺の力を使えば、取りに戻ることはできなくはない。が、しかし、許可が下りないのであれば戻っても意味はない。ここは大人しく諦めるしかないだろう。
購入するという選択肢はこれで消えた。ならば、残す選択肢は一つしかない。
「ダンジョンに潜るか……」
これまた運任せの一か八かの賭けになるが、もし『叡智の書』が手に入らなくても得るものがないわけではない。
魔物との戦いで得ることができる戦闘技術は勿論のこと、スキルの成長や進化も見込めるのだ。ダンジョンに潜って損をすることは一つもない。
もしそれでも尚、アリシアの実力が物足りないようであれば、俺が今咄嗟に思い付いた『
「うん、わたしもそれが一番だと思う。こうすけとわたし、それとフラムがアリシアを守ってあげれば危ないことにはならないと思うから。ただ、ダンジョンが近くにあればいいけど……」
休日だけではなく、学院終わりに寄れるほどの距離にダンジョンが無ければ、アリシアを鍛え上げることは難しいだろう。屋敷の庭で稽古をつけてあげるのも無意味とまでは言わないが、効果は然程見込めそうにない。
劇的な変化を望むのであれば、命を賭けた――は、少し大袈裟かもしれないが、本気の戦いが必要なのである。
まずはダンジョンの有無を調べるところから始めよう。
そう思ったのも束の間、ロザリーさんがダンジョンの情報を俺たちに提供してくれた。
「ダンジョンでしたら、ここ王都ヴィンテルから馬で三時間ほどの場所に高難易度ダンジョンが一つございます。しかしながら、王都から近く、かつ冒険者ギルドに貼り出されている依頼が少ないことも相まってか、多くの冒険者が押し寄せている模様です」
馬で三時間程度であれば、学院帰りに寄れない距離ではない。アリシアには厳しいかもしれないが、馬に頼らず自分の足を使えば更なる時間の短縮も望めるだろう。
ダンジョンの難易度も良し。これ以上ないほどの好条件が揃っている。
「アリシアを鍛えるにはもってこいのダンジョンがあるみたいだし、明日から早速――」
――行こう。
その最後の一言を俺が告げる前にロザリーさんから待ったが掛かる。
「――お待ち下さい。アリシア王女殿下をダンジョンへお連れなさるのであれば、最低でも一人、騎士をお付け下さいませ。『紅』の皆様と騎士たちとの間に摩擦が生じてしまう恐れがございますので」
なるほど、納得である。
俺たちが気軽にアリシアを連れ出してしまえば、騎士たちの面子は丸潰れになってしまう。
只でさえ俺たちは、アリシアと食事を共にするなど優遇された立場にあるのだ。俺たちの素性を知らない騎士たちは俺たちのことを面白くないと思ってしまうに違いない。
足枷になるとまでは言わないが、ここは素直に騎士を付けることに納得するしかないだろう。
「わかりました。なるべくで構いませんが、俺たちの素性を知っているセレストさんを付けてくれるとありがたいです」
「かしこまりました。なるべくそのように手配致します」
こうして俺たちはアリシアを鍛えるため、学院終わりに毎日ダンジョンへ潜ることになったのであった。
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