第372話 真夜中の襲撃

 しんしんと雪が舞い散り、パチパチと音を鳴らす焚き火だけが暗くなった深い森の中を照らす。

 焚き火を囲っていたのは護衛任務中の五人のBランク冒険者パーティーだった。

 彼等が受けた依頼内容は『貴族が所有する荷馬車の護衛』。報酬はそれなりに良いが、受け手が現れない人気のない依頼の一つであった。

 冒険者にとって護衛依頼とは珍しくもなんともない比較的に楽な依頼の一つでしかないが、ここ数ヶ月のマギア王国では少し事情が異なる。


 ――『義賊』。


 この存在の登場によって、依頼の難易度は格段に跳ね上がっていたのだ。

 もし依頼に失敗してしまえば、冒険者ギルドから重いペナルティを課せられてしまう。報酬が貰えないだけでは済まず、罰金は勿論のこと、場合によっては冒険者ランクの降格まで課せられるとなっては、報酬とリスクが釣り合わないと依頼を忌避する冒険者が多数現れるのは当然だった。


 そして何より厄介なのは『義賊』の強さにある。

 マギア王国でそれなりに名を馳せていたSランク冒険者パーティーでさえも、過去に護衛依頼を『義賊』の襲撃によって失敗してしまっていた。

 その時には怠慢や驕りがあったのではないかという声も上がっていたが、その後、将来を有望視されていたAランク冒険者パーティーまでもが立て続けに護衛依頼に失敗したことで、マギア王国に拠点を構える冒険者の誰しもが『義賊』の実力を認めざるを得ない事態に陥ったのである。

 それ以降、貴族が噛んでいる護衛依頼は受け手が現れず、放置された依頼となっていた。


 しかし、ここ数週間で風向きが変わりつつあった。


 理由はわからないが、パッタリと『義賊』が姿を見せなくなったからだ。


 半信半疑ながらも、とあるAランク冒険者パーティーが護衛依頼を引き受け、無事に依頼を達成したことで、それまで機を見計らっていた上級冒険者たちが貴族からの依頼を引き受け始めたのである。


 そんな彼等も、機を見計らって動き始めた冒険者パーティーの一つであった。


 雪をどかしても尚、冷たい地面にどっしりと腰を下ろし、焚き火に薪をくべながら、リーダーの男が緊張感を漂わせながら口を開く。


「目的地の王都まで後一日だ。今日は寝ずに見張りを行う。異論はないな?」


 リーダーの指示に、パーティーメンバーは真剣な面持ちで首を縦に振る。

 異論などあるはずがなかった。休息は必要不可欠なものだが、目的地まで後一日。日が昇れば、後は整備された街道を進むだけ。ともなれば、今晩さえ乗り切れば依頼は達成されたも同然だからだ。

 睡魔に襲われている者は誰一人としていない。張り詰めた緊張感が彼等から睡魔を遠ざけていたとも言えよう。


 異論がないことを確認し、リーダーは話を続ける。


「荷馬車の警備に三人、周辺の警戒に二人で分かれるぞ。警戒組は何かあれば迷わず笛を吹け。どんな些事でも、だ。いいな?」


 最も警戒すべきは『義賊』。次いで野盗、魔物の順だ。

 王都近辺に現れる魔物程度なら問題なく対処できる自信が彼等にはあった。

 心配すべきは人による襲撃だけ。

 しかし、リーダーは慎重に慎重を重ね、警戒を厳とした。一切の不安要素を排除し、依頼を達成するという意識を全員で共有させるための言葉でもあった。




 パーティーを二手に分けてから三十分が経ち、警戒班の二人が拠点に戻ってくる。


「リーダー、特に異常はなかったぜ」


「こっちもだ。真新しい足跡は一つも見当たらなかった」


 季節は冬。雪が降り積もっていることも幸いして、真新しい足跡を探すことは長年冒険者を続けている二人にとってそう難しいことではなかった。探知系統スキルを持っていなくとも、二人がそう言うのであれば、パーティーメンバーはその言葉を信じて疑うことはない。


「面倒をかけたな。暫くは火にあたって暖を取ってくれ」


 夜明けまで一時間おきに三十分見回りを続ける予定になっているため、適度な休息は欠かせない。いくら上級冒険者といえども、この冬空の下では暖を取らなければ凍傷などを負いかねないからだ。


 この間、警戒心と緊張感を切らす者はパーティー内には誰もいなかった。だが、そんな警戒心や緊張感も、圧倒的な実力差を前にしては意味を為すことはないと彼等は知ることとなる。




 夜闇に紛れる黒い外套を纏い、背の高い一本の木の上から標的を見下ろす数人の人影。

 その者たちの眼下には、焚き火を囲う五人の冒険者と荷馬車があった。


「……」


 言葉はいらない。

 その者たちは磨き抜かれた連携によって、ハンドシグナルだけで意志疎通を可能としていた。

 そして、ハンドシグナルにより出された指示は襲撃開始の合図。

 事前に計画していた通りにその者たちは各々の役割を果たしていく。


 合図と共に一つの影が動いた。

 焚き火を狙った水系統魔法を放ち、一瞬にして冒険者たちの視界を奪う。


「――ッ!?」


「なっ!? 火が!」


「――敵襲だ! 構えろ!!」


 突然の出来事に冒険者たちは混乱状態に陥る。

 焚き火で暖を取っていたことで、冒険者たちの眼は暗闇に慣れておらず、周囲を見渡そうが襲撃者の位置は特定できない。

 しかしながら、瞬時に立ち上がり、各々がすぐさま武器を構えたのは上級冒険者らしい流石の対応だったと言えるが、どうしても対応が一歩遅れてしまっていた。


 その対応の遅れを見逃すほど、黒い外套を纏っていた者たちは甘くはない。

 冒険者の実力と位置、荷馬車の位置を事前に把握していたことで、最善で最速の行動を可能としていた。役割分担もハンドシグナルが出た時点で決まっており、冒険者の対応をする者と荷馬車の荷物を奪う者で分かれ、木の上から飛び降りた瞬間から無駄のない動きを見せる。


「な、何事ですか!?」


 荷台で眠りこけていた荷馬車の責任者を任されていた貴族の従者の男は、冒険者たちの騒々しい声を聞きつけ、荷馬車から飛び降りた。

 が、その刹那、従者の男は激しく脳を揺らされ、意識を刈り取られる。


「ア"ッ……」


 地面に降り積もっていた雪がクッションとなり、従者の男は傷一つ負うことなく、倒れ込んだ。


 そして冒険者たちは――、


「火だ! 火を灯せ!」


 視界を確保すべく、火系統魔法の使い手にリーダーは声を荒げながら指示を出す。だが、一向に明かりが灯ることはない。


「おいっ! どうした!? 早くしろ!!」


 喉が潰れるほどの大声を上げているにもかかわらず、火系統魔法の使い手である仲間からの返事はない。

 いや、それだけではなかった。他の仲間たちからも何一つ反応が返ってこなかったのである。


「ふ、ふざけるなぁぁ!! お前ら……が噂の……うっ……」


 額に青筋を浮かべ、リーダーは叫んだ。

 だがその言葉は最後まで発せられることはなかった。

 息を思い切り吸い込んだ途端、激しい目眩が襲い掛かり、意識が朦朧とし始めたのである。


 意地とプライドだけで片膝をつくだけに留めたが、そこまで。

 意識は次第に薄れ、数秒後にはうつ伏せに地面へ倒れ込んでいた。


 薄れ行く意識の中でリーダーは己の不幸を嘆く。


(な……んで……俺た、ち……だけ……こんな目に……)


 そうしてリーダーは完全に意識を失ったのであった。




 黒い外套を纏った者たちだけがその場には立っていた。

 護衛依頼中の冒険者たちと貴族の従者は身動ぎ一つすることなく、地面に倒れている。


「死者はいないな。よし、撤収作業に取り掛かれ」


 ノイズ混じりの性別不明の声が、影なる者たちへ命令を下す。

 その一声により、各自撤収作業に取り掛かっていく。

 ある者はアイテムボックスを用いて荷馬車の荷物を手際よく回収し、またある者は、意識を失い地面に倒れている者たちが凍死しないよう、何処からともなく取り出した毛布をそっと掛けていく。

 そして最後に、消えた焚き火に再び火を灯し、撤収作業を終える。


「念のため、この辺り一帯の魔物を狩るぞ」


 その言葉を最後に、黒い外套を纏った者たちはその場を後にしたのであった。

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