第351話 王都ヴィンテル
「――と、いうことになったのだ。すまないな、主よ、ディアよ」
王都ヴィンテルへと向かう途中に、滞在することになった都市に到着するやいなや、別の馬車から合流したフラムから、プリュイと協力関係を結んだことを疲れきった表情で説明された。
疲労困憊といった様子のフラムの隣には使用人の格好をしたプリュイが大層ご機嫌そうに鼻歌を奏でていた。
「〜♪ プリュイだ。今日から其方たちと妾は一時的に仲間となる。気軽にプリュイ様と呼ぶことを許そうでは――」
――ゴツンッ。
容赦のない鉄拳がプリュイの頭に落ちる。
「……ふぁい、ごめんなしゃい、調子に乗りました。妾に敬称は要りませぬ」
「主もディアもプリュイでいい。こいつに敬称など使えば調子に乗るだけだからな」
「「……あ、うん」」
俺とディアの引きつった返事が見事にシンクロしたのであった。
フラム曰く、プリュイと結んだ協力関係の内容はこうだ。
一つ、プリュイたちの商売仇とも呼べる者たち(商売仇とは噂の『義賊』ことだ)の調査・探索協力。
二つ、俺たちと行動を共にするのはプリュイのみ。プリュイの従者二人は、俺たちとは別行動で独自に『義賊』の調査に乗り出すとのこと。
三つ、俺たちがマギア王国に滞在する間、プリュイは基本的に俺たちの指示に従う。俺たちに困ったことが起こればプリュイは全力をもって俺たちに力を貸さなければならない。もし従わなければフラムから重い罰が与えられる。
他にもいくつか細かな決まり事はあったが、要約するとこんなところだ。
おそらくプリュイは俺たちがマギア王国に足を運ぶことになった理由を知らないため、プリュイ側だけに有利で一方的な協力関係を結んだと思っているに違いない。
しかし、実際は違う。
俺たちがマギア王国を訪れた理由はアーテから宣戦布告のような言葉を受け取ったからだ。
――マギア王国で騒動を起こす。
その言葉を訊いたからこそ、俺たちは今ここにいる。
フラムもアーテの言葉が頭の片隅にはあったはずだ。
嫌々だったとはいえ、協力関係を結んだ以上、フラムはプリュイを否応なく巻き込むつもりなのかもしれない。
後になってプリュイが怒鳴り散らしながら『詐欺だっ!』と騒ぐ光景が目に浮かぶが、まぁその時はその時だ。フラムに何とかしてもらおう。
王都ヴィンテルまでの道程はまさに順調そのものだった。
魔物や盗賊はもちろんのこと、噂に訊いていた『義賊』の襲撃に遭うことなく綺麗に整備された街道を進み、想定されていた日程通りに俺たちは王都ヴィンテルのそびえ立つ外壁を目前にしていた。
王都にして、マギア王国最大の都市であるヴィンテル。
その様相は俺の想像を遥かに超えていた。
外壁一つとっても、今まで俺が見てきた都市とは明らかに違う。
凹凸も繋ぎ目もないつるりとした鈍色の壁は、まるで一枚の分厚い金属でできているように見える。そして何より特徴的だったのは、都市を半球状に包み込む半透明の虹色の皮膜だ。
虹色の皮膜はシャボン玉のようにその色を自在に変化させ、見た者の目を奪っていく。
「……綺麗」
馬車の窓から外壁を眺めていたディアが感嘆の声を漏らす。
アリシアに限っては声すら出せないほど、都市の美しい姿に目を奪われているようであった。
「あれは……結界か何かなのかな?」
マヌエル・ライマンこと、マルセルから獲得した
「うん、そうだと思う。周囲に漂う魔力がまるであの膜から逃げるかのように不自然な動きをしてるから」
隣に座るディアが俺だけに聞こえる程度の小さな声でそう答える。
「なら、魔法攻撃から都市を守るための防衛装置なのかもしれないね」
推測が間違っていなければ、まさに魔法研究国家の名に恥じぬ素晴らしい防衛機能だと言えるだろう。ラバール王国では見たことがない点を考慮すると、マギア王国の魔法研究はラバール王国の数歩先にいるとみて間違いなさそうだ。
外壁の外側から王都を一目見ただけで、ラバール王国との技術力の差を大きく感じたのであった。
王都ヴィンテルの閉じられた大門を前にして、一度停止命令が下る。
訊くところによると、王都に入るためには一部武装を解除する必要があるとのことだ。危機管理の観点からすれば、ごもっともな要求である。
エドガー国王はマギア王国側からの要求に反対することなく快く受け入れ、率いてきた騎士の半数以上に防具を除く武装を解除するよう通達。
結果的に完全武装が許された騎士の数は二百余り。当然、武装が許された騎士はエドガー国王やアリシアを守るべく、優先的にその周囲に配置された。
ちなみに配置換えの際に俺とディアはアリシアと共に乗っていた馬車から、フラムとプリュイたちが乗っている馬車へと移動することになった。
王女という体裁を保つために、どこの馬の骨ともわからない俺とディアが別の馬車に移動することになったのだが、俺たちが馬車から降りる際に見せてきたアリシアの表情は、心なしか少し心細そうに見えたのは気のせいではないだろう。
馬車を乗り換えた俺とディアは空いている座席に腰をおろし、出発の時を待つ。そして……、
「――開門ッ!!」
馬車の外から聞こえてきたその一言で、重厚な大門が音を立てて開かれた。
門が開かれると共に、王都ヴィンテルに祝砲が幾度と鳴り響く。
巨大な国旗を掲げた両国の騎士が横並びになりながら門を通り抜ける。
その瞬間、万雷の拍手と大歓声が波のように外壁の外まで押し寄せ、ラバール王国からの来客を歓迎した。
長く伸びた列がゆっくりと前へ前へと進み、いよいよ俺たちが乗る馬車が門を通過する。
「「うおぉぉーッ!!」」
「「きゃー!!」」
幾千、幾万もの声が重なり、歓声が雄叫びや奇声のように聞こえてきてならない。
冬の寒さをまるで感じさせないあまりの熱狂ぶりに、自然と背筋が伸び、緊張感と重圧感を抱く俺がいた。
「……」
「主よ、まさか緊張しているのか? 窓は閉まっているのだし、何も気にする必要はないと思うぞ」
「別に俺個人を歓迎してるわけじゃないとはわかっているんだけど、これだけの歓声が聞こえてくると、やっぱり少しは緊張してくるよ」
「わかる。わたしもこういうの苦手だから。人混みもそうだけど、熱気に当てられるとちょっと……」
「そういうものなのか? 私にはさっぱりわからない感覚だな」
「妾もだ。これしきの歓声では何も思わぬな」
変なところで意気投合するフラムとプリュイ。
種族は違えど、やはり王と王女という立場が彼女たちの心を強くしたのかもしれない。あるいは元々の器の差かもしれないが。
本来なら馬車の窓を開け、街並みをじっくりと観察したかったところではあったが、歓声が王都ヴィンテルの中心にある天高くそびえ立つ白銀の城に到着するまで鳴りやむことがなかったこともあり、ひとまずはお預けとなった。
白銀の城に到着すると馬車が止まり、御者台に座っていたはずのロザリーさんが馬車の扉を一度ノックしてから扉を開けた。
「『紅』の皆様は馬車からお降り下さい。後ほど陛下と合流致します」
「むむっ? 『くれない』とはなんだ? 彼奴らのことか?」
プリュイがフラム、俺、ディアの順に指先でなぞるように指してくる。
「左様でございます」
「なるほどな。で、妾たちはどうすればいいのだ?」
「申し訳ございませんが、プリュイ様方は車内でお待ちを。騒ぎになりかねませんので」
「……なっ! 妾たちだけ留守番か!? ずるいでは――」
感情の起伏を見せずに淡々と答えるロザリーさんとは対照的に、プリュイはヒートアップする。
が、ロザリーさんはいつの間にかプリュイの扱い方を会得していたらしく、咄嗟に懐から『ある物』を取り出し、プリュイに見せつけた。
「お待ち下さるのであれば、こちらを差し上げます。どう致しますか?」
ロザリーさんが懐から取り出したある物とは、大粒の金剛石――ダイヤモンドであった。
プリュイの視線は光輝くダイヤモンドに釘付け。もはやそれ以外の物が見えていないのではないかと疑いたくなるほど凝視し続けていた。
「……ゴクリッ」
生唾を飲み込む音が聞こえてきた時点で交渉は纏まったも同然だった。
「……し、仕方あるまいっ! 今回だけは大人しくしておいてやるっ! 妾に感謝するのだぞ!」
「はい、ありがとうございます。では『紅』の皆様、どうぞこちらへ」
ロザリーさんの案内に従い、俺たち『紅』はエドガー国王のもとへと向かったのであった。
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