第350話 根負け
「はぁ……。何故私がじゃじゃ馬娘の面倒を見なければならないのか」
揺れる馬車の中からぼんやりと景色を眺めながらフラムは愚痴を溢す。
車内にはフラムと使用人の格好をしたプリュイとその従者だけ。御者台には勝手知ったるロザリーが馬車を操縦していることもあり、会話の中で竜族であることを隠す必要はない。
「ふんっ、妾だって不服だっ! 何故次期
プリュイは対面に座るフラムを睨み付けながら文句を言うが、フラムはプリュイに視線を向けることなく淡々と言葉を返す。
「次期といってもまだまだ先の話だろうに。馬鹿馬鹿しいと思っているが、水の一族は強さではなく血筋を重んじる。つまり現水竜王が死なない限り、私からすればお前はただの小娘でしかないぞ」
「むむむっ! 馬鹿馬鹿しいのは貴様ら火の一族だっ! 脈々と続く王の血筋を軽視し、力のみで王を決めるなど野蛮以外の何物でもない! 他の竜族とて妾たちと同じ。例外は貴様ら火の一族だけだ。訊くところによると、火の一族は十年に一度、王の座を賭けて武を競い合っているそうではないか。父上が言っておったぞ、少し前までは
「一体いつの話をしているのだ……。度々競い合っていたのは私が炎竜王になる前の話だぞ。私が強すぎるからか、私が王になってからはめっきり挑戦者が現れなくなってしまった。時折、身の程を弁えない若造が私に挑んでこようとしてきているらしいが、お節介なことに私が戦う前にイグニスが叩きのめしてしまうし、暇で暇で仕方がないほどだぞ」
通称――王の宴。
フラムが玉座に就く以前まで十年に一度行われていた炎竜王の座を競う祭のことを火の一族の間では『王の宴』と呼んでいる。
しかし、フラムが炎竜王となってからというもの、『王の宴』は滅多に開かれることはなくなっていた。
原因は言うまでもなく、フラムの武が歴代の火の一族の中でも圧倒的だったからに他ならない。
フラムが炎竜王となった際の『王の宴』で最も善戦を繰り広げた者は前炎竜王ではなくイグニスだったこともあり、フラムは歴代最強の炎竜王と、イグニスは歴代最優の王の右腕と呼ばれ、畏怖と畏敬の念を火の一族から、そして他の竜族からも集めている。
両者の名を知らぬ竜族はいないと言っても過言ではない。
フラムは『最強』の名を欲しいままにし、最強の王に忠誠を誓い、補佐するイグニスは『万能者』と周知されている。
水竜王の一人娘という立場柄、他の竜族と多くの交流を持つプリュイも当然イグニスの名を知っていた。
「……
拳骨が脳天に落ち、プリュイは衝撃でくるくると目を回す。
プリュイの従者二人は己が主とフラムを天秤に掛けた結果、フラムへの恐怖が上回り、拳骨が落とされる寸前にはプリュイから離れ、恐怖のあまり身体を小さく丸めてガクガクと震えていた。
「暇暇うるさいぞ。まるで私が暇人のようではないか」
事実、フラムは自分自身で言っていた通り、暇人である。
だが、プリュイに暇人だと指摘されるのは癪だったが故に鉄拳制裁を与えるという暴君振りを発揮していた。
目を回していたプリュイはすぐに気を取り戻し、フラムを睨み付け、反論する。
「い、痛いではないかっ! ポコスカと妾の頭を殴りおって! そもそも自分で暇と言っていたのだから――はい……なんでもありましぇん……」
フラムの右手が丸く握られた瞬間、プリュイはあっさりと白旗を上げた。
フラムとプリュイの上下関係ははっきりとしている。地位にかかわらず、戦闘力の面で明確な格付けが済んでいた。
しかしながら、プリュイは幼女のような外見をしつつも、その実、竜族の中でもかなりの実力者だ。
その実力は水竜族の中でも上位。全竜族を見渡してみてもその実力は確かなもの。次代の水竜王に相応しい実力を持っている。
だが、上には上がいるのもまた事実。
火と水、相性の観点からみれば一見プリュイに軍配が上がりそうなものだが、如何せんフラムという圧倒的な強者の存在は属性の相性すら無視しうる。
プリュイは己が全力を出そうとも、フラムには到底敵わないだろうことを本能で理解していた。例え自分と同じ力の持ち主が三人で束になって襲い掛かろうと敵うことはない、と。
そう本能が告げているからこそ、プリュイはフラムに文句を言うことはあるが、本当の意味で喧嘩を売ることはない。フラムの堪忍袋の緒が切れるラインを正確に見抜き、限界ギリギリの中でしか強く出ることはない。
ある程度溜飲を下げたフラムは、呆れ混じりの溜め息を吐きながら元いた席に座り直す。
「プリュイよ、私はもう子守りは飽きたぞ。そろそろ国へと帰れ。お前たちなら人知れずここから抜け出すことなど容易いだろう」
いい加減、プリュイとのやり取りに疲れたフラムは力なく手をひらひらと振り、帰国を促す。が、しかし、
「ふんっ! 嫌なこった! 妾たちの問題が何一つ解決してないではないかっ! 北も駄目、西も駄目となったら、妾たちはどうすればいいのだっ!」
プリュイは頑なに国へ帰ることを嫌がったのであった。
「知らん。東の海にでも行けばいい」
知ったことかとフラムがそう言い放つが、それでもプリュイは食い下がる。
「むーりーだ! 東は地の一族が煩くてかなわぬ。海は妾たちの支配領域だったと言うのに奴らは何かと邪魔をしてくるのだ。なんとかしーてーくーれぇー!」
人知らざることだが、風を除く竜族にはそれぞれテリトリーが存在していた。
火は大陸の南に、水は北の海に、地は大陸の東に国を構えている。
唯一風の竜族だけは特定のテリトリーを持たず、大陸各地を他の竜族に干渉しないよう転々としながら静かに暮らしていた。
遥か太古の昔、火と地の一族がテリトリーを確立していく中、それまで海を自由にしていた水の一族が北の海に国を構えることになった理由は、国を構えるまでに時間が掛かり過ぎたことに由来する。
南には火が、東には地の一族が先んじて国を構えたことから、選択肢は北か西の二択となり、『王の宴』関連のいざこざや相性の良し悪しを考慮した結果、火の一族のテリトリーから最も離れた北を選んだのである。
テリトリーが確立されてから長き時を経て、風を除く各竜族は強い縄張り意識を持つようになり、自然と水の一族は活動領域を国を構えた北の海だけに徐々に狭めていったが、数ヶ月前まではそれでも問題はなかった。
北だけとは言えども海は広い。
マギア王国は他国よりも魔法技術が発展していたことも相まって、北の海には船の往来が多く、水の一族の趣味であり、楽しみでもある財宝集めに困ることはなかった。
しかし、ここ数ヶ月で状況は一変した。
『義賊』の登場により、財宝を積む船の往来が激減したのである。
北の海が駄目ならと、プリュイたちは西の海で活動するようになったのだが、それもフラムによって禁じられてしまった。
プリュイからしてみれば八方塞がり状態に陥ったというわけだ。
盗人猛々しいと言われればまさにその通りなのだが、それでもプリュイからしてみれば死活問題とまではいかないものの、大問題であることには変わらない。フラムにすがる他、選択肢はなかったのである。
抱きついてきたプリュイをフラムは襟首を掴み、強引にひっぺがす。
「……鬱陶しいぞ。自分で何とかしろ」
宙ぶらりんになったプリュイは手足をジタバタさせながら、懸命にフラムに乞う。
「神様、竜王様、フラム様ー!」
「急に私を様付けで呼ぶな! 気色悪いぞ!」
「妾自ら馳走を振る舞うからぁー! 何なら妾とっておきのお宝を一つ差し上げますからぁー!」
「お前の手料理も宝も要らん! いいから大人しくし・て・ろ!」
宙ぶらりんになっていたプリュイを元いた席に放り投げ、フラムは盛大な溜め息を吐いた。
「はぁ……。北の海に船が来なくなった原因はわかっているのだろう? ならばその原因を排除すればいいではないか」
「原因はわかっていても奴らの足取りが掴めんのだーっ! そもそも妾たちは海しか知らぬ! 人間との付き合い方もさっぱりわからぬ!」
もはや幼児退行しているのではないかと疑うほどプリュイの人格が崩壊していることにフラムは頭を抱えると共に、このやり取り全てが面倒になってきていた。
もし仮に我が儘を言ってくる相手が、知り合ったばかりの相手であれば、今頃フラムは冷たくあしらい突き放していただろう。
しかし相手は腐れ縁の間柄……旧知の仲とも呼べるプリュイ。
何だかんだ言ってもフラムはプリュイを無視することも、憎むことも、突き放すこともできなかった。
結果的にフラムは折れた。
これ以上のやり取りは不毛だと、疲れきって鈍くなっていた頭で判断を下したのであった。
「はぁ……。わかった、わかった。協力できることがあれば協力してやる。ただし、私の主に迷惑を掛けるなよ」
「――っし!」
プリュイの渾身のガッツポーズを見て、フラムは何度目かわからない大きな溜め息を再度吐いたのであった。
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