第352話 マギアの国王
ロザリーさんの案内に従い、俺たちは白銀の城の入り口でエドガー国王と合流を果たす。
その場には王女であるアリシアはもちろんのこと、選抜されたのであろう二十人ほどの騎士の姿と、十人の使用人の姿があった。
俺たちは整列して待機している騎士と使用人を横目に、エドガー国王とアリシアのもとへ足を運んだ。
「来たか。いきなりで悪いが、お前たちにはやってもらわなければならないことができた」
「……もしかして面倒事ですか?」
いち早く厄介事の臭いを嗅ぎとった俺は胡乱げな眼差しを遠慮なくエドガーに向けた。
「面倒事と言えば面倒事かもしれないが、今回は俺のせいじゃないからな。端的に言うと、マギア王国側からちょっとした要求があったんだ。アリシアを除く長期滞在予定者の面談を行いたいとな。とはいっても簡単な身辺調査みたいなものだろう。すぐに終わるはずだ」
面談と言うのはあくまでもオブラートに包んだ言い方に過ぎないことは明らかだ。実際は危険分子の炙り出しにあることは誰にだってわかる。
とはいえ、本心からラバール王国から来た者を疑っているかは定かではない。危機管理の観点から考えると、長期滞在者の身辺調査を行うことは必要な措置だと言えよう。
周囲にいる人々に訊かれないよう俺は声を潜める。
「わかりました。ですが、大丈夫ですかね? ラバール王国に住んではいますが、俺たちは冒険者です。実際はラバール王国に仕えてるわけじゃありませんし、フラムに限っては……」
俺たちが冒険者であることは冒険者ギルドで照会を行えば簡単に露見してしまうだろう。例え冒険者カードを隠したとしても、冒険者ギルドで登録した名のままラバール王国の一団に随行してしまっている以上、到底隠しきれるものではない。
そして何よりも問題なのはディアとフラムが人間ではない点だ。
ディアが人間ではないことはエドガー国王も与り知らぬことだが、フラムに関しては当然理解している。
もしマギア王国が持つ未知なる技術で二人が人間ではないことが露見してしまえば大問題に発展しかねない。
エドガー国王も同様の懸念を抱いているはずだ……そう思っていたのだが、平然とした態度で小さく笑った。
「心配のし過ぎだ。冒険者であることは気付かれてしまうかもしれないが、ラバール王国の体裁はどうあれ、大した問題にはならないだろう。それにお前たちにはラバール王国の学院で講師を務めた確かな実績と証拠が残っているしな。フラムに関しても正直俺はあまり心配していない。フラムの実力の程はコースケの方が理解してるんじゃないか? 一応フラムに訊いておくが、竜族であることが露見する可能性があると思うか?」
「――ないな」
一瞬の躊躇いも見せずにフラムはそう断言し、言葉を続ける。
「私の人化は完璧だ。この国の技術力がどれほどかは知らないが、私の隠蔽能力を超えることはあり得ない。断言できるぞ」
確かに、と思わされるほどフラムの言葉は正しい。
仮に
科学技術ではなく、個人個人が持つ能力が物を言うこの世界ではスキルが絶対なのだ。
俺が持つ
フラムの言葉に追従して口を開いたのはディアだった。
「わたしの
ディアが言うところの『目』とは、魔力を視覚化できるディアの力を指していることはすぐにわかった。
ディアが太鼓判を押したのであれば何も心配はいらないだろう。
次なる問題はフラムに太鼓判を押したディア本人。しかし、その問題もディアの口から間接的に問題がないことを知らされる。
「わたしたち三人の問題は解決したも同然だから、後は普通に面談を受けるだけでいいの?」
「ああ、普通にしていてくれればそれでいい。ただし、くれぐれも失礼はないようにしてくれよ? 俺はそっちの方が心配だ。コースケ、任せたぞ」
「あはは……。善処します……」
「これで話は終わりだ。俺とアリシアはこれから挨拶を済ませてくる。ではな」
「先生方、失礼致します」
エドガー国王とアリシアは白銀の城の入り口で待っていた案内人らしき人物のもとへ、数名の護衛を引き連れて城の中へと一足先に入っていった。
――――――――――
「数年振りですかな、ラバール国王」
マギア王国国王――アウグスト・ギア・フレーリン。
光沢を失いつつある銀色の短い髪と、四十半ばに差し掛かっているにもかかわらず覇気を身に纏う分厚い肉体を持つマギア王国の国王。
アウグスト国王は、葡萄の豊潤な香りを放つ赤い液体が注がれたワイングラスを片手に持ちながら、対面に座るエドガー国王に親しみを感じさせる柔和な笑みを見せる。
「ええ。久方ぶりですが、相も変わらずお元気そうで何より。フレーリン国王」
アウグスト国王の所作そのままに、エドガー国王はワイングラスを持ち、笑みを作る。
顔合わせは玉座の間ではなく、来客と食事を楽しむために設けられた広間で行われていた。
壁面には数々の絵画が飾られ、白のテーブルクロスが敷かれた長テーブルの上には昼時ということもあり、軽食とデザートが並べられている。
二十人は座ることができる席数はあるが、席に着いているのは僅か五人だけ。両国王にエステル王妃、アリシア、カタリーナ王女の五人である。
給仕や護衛の騎士たちは同室こそしているものの、存在感を極限まで消し去り、席に座る五人だけの空間を壊さないよう徹していた。
「話はエステルから訊きましたが、随分と思いきったご決断を。まさかラバール王国の第一王女をヴォルヴァ魔法学院に留学させようとは。我が国とラバール王国の仲は良好とはいえ、よくアリシア王女のご留学をお許しになられましたな」
「不安が全くないと言えば嘘になりますな。現にこうして私も貴国を訪問させていただきましたので。ですが、決断自体は簡単なものでした。貴国の魔法に関する研究は素晴らしく、学ぶべき点が多いという共通認識をアリシアと持っていましたから」
両者ともに大国の国王という対等な立場にあるが、年齢の違いや実の姉の夫ということもあって、エドガー国王の言葉遣いは無意識のうちに、ところどころ対等とは言い難いものとなっていた。
「光栄ですな。我が国のヴォルヴァ魔法学院をアリシア王女のご成長の場として選んでいただけるとは。是非とも有意義な時間としていただきたいものだ。アリシア王女とカタリーナは同い年。交流を深め、切磋琢磨し、互いに高めあっていく仲となってほしい」
アウグスト国王から視線を向けられたアリシアは懇切丁寧にお礼の言葉を述べ、頭を下げる。
「唐突な留学の申し出であったにもかかわらず、お許し下さったフレーリン国王陛下に感謝を申し上げます」
「なに、気にすることはない。ヴォルヴァ魔法学院の門戸は常に開かれている。ただし、入学試験は自力で突破してもらう他ないがな。無論、優秀なアリシア王女のことだ。合格は間違いないだろう」
評価されての言葉なのか、もしくは重圧を与えるための言葉だったのか判断は難しいところであったが、アリシアは眉一つ動かすことなく、顔に笑みを貼り付けたのであった。
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