第338話 出立の時
三日という時間はあっという間に過ぎ去った。
長期間の滞在が予想されることもあり、この三日間は買い出しに奔走する毎日。試験勉強に着手する暇は無かった。
マギア王国へ向かう道中での食事は支給されることになっているため、自分たちで用意する必要はあまりないとは思ったが、備えあれば憂い無しとばかりに大量に買い込んでいたのである。
その他には衣類などの生活必需品も買い込んだ。
生活必需品に関してはマギア王国に到着してから購入しても良かったのだが、俺の疑似アイテムボックスには容量の限界がないこともあって、必要な物から使うかどうか怪しい物までついつい買い揃えてしまったのだった。
そんな三日間を過ごした俺たち『紅』は、ナタリーさんとマリー、そしてイグニスに出発の(別れの)挨拶をしてから、王城へと向けて歩いていた。――三人ともお揃いの地味な黒いローブを身に纏って。
「ローブとか初めて着たけど、どうもしっくりこないんだよなぁ。歩きづらいというか、動きにくいというか……」
丈の長いローブに足を取られるということまでは流石に無いが、着なれていないこともあり、如何せん動きづらいものがある。
それはフラムも同じようで、ぶつくさと文句を言っていた。
「全くだ。何故私がこんなヒラヒラした物を……。寒さなんて感じないというのに」
「慣れちゃえば気にならなくなると思うよ。それに仕方ないよ、フラム。一応このローブは王国魔法師団の制服なんだから」
ディアの言う通り、このローブは王国魔法師団の制服とのことで、三日前にエドガー国王から支給されたものだ。
制服は黒い布地をベースに、ラバール王国の国色である青が袖や丈の縁にアクセントとして入っている。右の胸元には金糸でラバール王国の紋章が刺繍されており、この制服が王国魔法師団に所属しているという証になるとのことらしい。
今回俺たちは冒険者としてではなく、ラバール王国に仕える者として同行することになっているため、このローブを基本的には着ていなければならない。
そんな訳あって俺たちは仕方なくローブを纏い、王城に向かっていたのであった。
王城に到着した俺たちを出迎えてくれたのは、ジュリアン第一王子のメイド兼護衛でもあるロザリーさんだった。
黒髪ショートカットで端整な顔立ちをしているロザリーさんの服装はロングスカートタイプのメイド服。
服装からして、どうやら今回ロザリーさんは使用人枠として、アリシアに付き添う予定になっているのだろうと察する。
「『紅』の皆様、お待ちしておりました。話は陛下からお訊きしております。すぐ近くに馬車を用意してありますので、そちらにお乗りください」
挨拶もそこそこに俺たちはロザリーさんに案内され、馬車に乗り込む。
御者台には普段アリシアの送り迎えをしている老執事が座っており、八人は座れるであろう馬車に俺たち『紅』とロザリーさんだけが乗り、馬車は王城を出発した。
てっきりエドガー国王やアリシア、その他大勢と共に行動すると思っていた俺は、ロザリーさんに質問を投げ掛ける。
「国王様やアリシア王女と一緒に出立するのかと思っていたんですが、俺たちだけは別行動ということですか?」
「いえ、そういうわけではありません。皆様が注目の的にならないよう配慮した結果、西門で合流する予定となっております。西門に到着した際には何卒、無闇に馬車から顔を出さないようお願い致します」
アリシアと共に留学予定となっている俺たちは嫌でも注目を浴びてしまう。故にエドガー国王は、俺たちを他の者の目になるべく触れないよう配慮してくれたようだ。
しかしながら、あくまでも俺たちは王国魔法師団の魔法師ということになっている。謂わば一兵士に過ぎないのだ。
にもかかわらず、大国の国王を待たせるというのは非難を浴びてしまう理由にもなる気がするのだが、その辺のところはどうするつもりなのだろうかという疑問も残る。
冷静に考えずとも、そもそも馬車に乗れるような立場にはないことは明白。エドガー国王とアリシアを護衛する騎士と共に行動するのが普通のはずだ。
馬車なんて上等な乗り物は以ての外で、良くて馬、普通に考えれば徒歩が妥当なところだろう。
果たして馬車に乗り続けていいものなのかといった一抹の不安が脳裏を掠めながら、馬車に揺られていく。
そんなことを考えながら馬車に揺られていると、いつの間にかに馬車は西門に到着してしまっていた。
到着すると共に、ロザリーさんから声を掛けられる。
「到着致しました。今から皆様には別の馬車に乗り換えていただきますので、フードを深く被り、私についてきて下さい。決してフードを外さないようお願い致します」
俺たちが頷き返した姿を確認すると、ロザリーさんは扉を開けて軽やかに馬車から降り立ち、俺たちはフードを深く被りながらその後に続く。
馬車から降りた俺は、ロザリーさんの背中だけを見続けて移動するつもりでいたが、どうしても周りの状況が気になり、顔を見られないよう気を付けながら周囲を見渡した。
するとそこには想像の数倍……いや、数十倍の騎士の姿があった。
見渡す限り、人、人、人。
一体何人いるのか見当がつかないほどの騎士がずらりと列をなし、俺たちに視線を注ぎ続けていた。
「気まずっ……」
やや駆け足で歩きながら、俺はボソッと独り言を呟いた。
好奇心、不信感、嫉妬等々の数々の視線が俺たちに注がれている。好意的な視線はゼロと言ってもいい。
案の定と言うべきか、エドガー国王を待たせた俺たちを好意的に思う者はいないようだ。
当然と言えば当然なのだが、それにしても些か厳しい視線が多すぎるのではないか。
隣を歩くディアも同様に気まずさを感じているのか、俯いたまま顔を上げようとはしない。だが、フラムは違った。
「ほう、壮観だな。千はいるか?」
フードを深く被っているとはいえ、堂々と周囲を見渡してしまえば意味がない。俺は慌ててフラムの頭を押さえつけ、顔を見られないよう下を向かせる。
「なっ、何するのだ」
反論と抵抗を無視し、俺はフラムの頭を押さえつけたまま、ロザリーさんの背中を追い、ようやく一台の馬車に乗り込んだ。
するとそこには、
「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」
アリシアとその専属騎士であるセレストさんの姿があった。
馬車の中は先程まで乗っていた馬車より広々としており、十人は楽々乗ることができそうな造りをしている。
内装も特別仕様なのか、見るからに柔らかそうな椅子に、床に固定されたテーブル、小型の冷蔵庫(魔石を使う魔道具の一種)が備え付けられていた。
「あ、おはよう、アリシア。一つ訊きたいんだけど、もしかして俺たちもこの馬車で?」
「はい、もちろんです。先生方を歩かせるなんて真似は出来ませんから」
上品に微笑むアリシア。
その表情からは、俺たちが同乗することに対して一切疑問を持ち合わせていないように見える。
「馬車に乗せてくれるのは有難いんだけど、王女であるアリシアと同じ馬車ってのはまずくないかな?」
俺は同意を引き出すためにアリシアだけではなく、セレストさんとロザリーさんにも視線を向ける。
しかしセレストは苦笑いを浮かべるだけ、ロザリーさんに限っては無表情のまま反応を示すことすらなかった。
「その点については問題ありません。名目上は車内での私の護衛という形にもなっていますので。事実、先生方の近くにいるのが一番安全ですから」
絶対的な信用と信頼を俺たちに寄せているのをひしひしと感じる。そんなアリシアの想いは嬉しくもあり、責任感を覚えざるを得ないものだ。
けれども千人近くもの騎士を引き連れておきながら、何かしらの緊急事態が起こるとも考え難い。盗賊などの不埒者が襲ってくる可能性はゼロと言い切ってもいいだろう。
可能性があるとしたら、それは知能が低い魔物だけだ。しかし、千人もの騎士を突破できるほどの魔物が現れる可能性は限り無く低い。九分九厘、俺たちの出番はないと考えていいだろう。
「何かあれば俺たちが対処するけど、そんなに心配は要らないんじゃないかな。少し過剰なんじゃないかと思うほど護衛がいるしさ」
人が増えれば増えるほど進行速度は落ちていく。
いくら鍛え上げられた者ばかりとはいえ、千人もの数ともなると進行速度はどうしても遅くなってしまうだろう。
少数精鋭で行動した方が何かと都合が良さそうなものだが、王女が留学のために、そして国王が外交のために他国へ向かうともなれば、大国としての体裁を整える必要があるため、過剰な兵数も仕方がないと割り切る他ない。
「確かに過剰かもしれません。ですが、全員が全員戦えるというわけではありません。儀仗兵、衛生兵、給仕、事務・管理などを行う者も数多く含まれていますから。実際に戦える者となると、その数は半数近くになるかと」
そんなアリシアの説明にディアは頷いた後、質問を投げ掛けた。
「この馬車に移るときに荷馬車のような馬車がたくさん見えたけど、どうしてアイテムボックスを使わないの? まさか持ってない?」
俺は人の多さに圧倒されていたため、荷馬車の存在を確認してなかったが、どうやらディアは荷馬車を見かけていたらしい。
「いえ、もちろんアイテムボックスも使用していますが、危機管理の観点から荷物はアイテムボックスと荷馬車で分けて運ぶことになっているのです。全ての荷物を複数のアイテムボックスに詰め込んだ場合、一つでも紛失したり盗難にあった場合に大変なことになってしまいますから」
アリシア曰く、リスクマネージメントをしっかりと行っているとのことらしい。
確かにアイテムボックスは便利だ。しかしその反面、大量の荷物をアイテムボックス一つで簡単に持ち運べてしまうため、盗まれた時の代償が大きい。ましてやアイテムボックスその物にも莫大な値がつくともなれば、盗まれる可能性は低くはない。
例え自国の騎士に預けたとしても、アイテムボックスの価値に目が眩んで過ちを犯す者が現れないとも言い切れないため、荷物をアイテムボックスと荷馬車で分けて運ぶというのは賢明な判断だと言えるだろう。
色々と考えているんだなぁ、などと暢気なことを考えていると、ふと法螺貝を吹いたかのような低く大きな音が耳に飛び込んできた。
その音を耳にした直後、アリシアが口を開く。
「いよいよ出発するようです。先生方、この先色々とご迷惑をお掛けしてしまうかもしれませんが、何卒よろしくお願い致します」
「ああ、こちらこそよろしく」
こうして俺たちは王都を出発したのであった。
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