第337話 思わぬ落とし穴

「これはどういうことなんですか?」


 アリシアから渡された手紙の中に入っていた三枚の『入学願書』をテーブルに広げ、エドガー国王に問い掛ける。


 現在の時刻は夜十二時を少し回ったところ。

 十二時ちょうどに迎えの馬車が屋敷に着き、寄り道することなく王城に連れてこられた俺たち『紅』の三人は、エドガー国王とアリシアが待っていた一室に通され、今に至る。


 俺の問い掛け、もとい詰問に対し、エドガー国王はばつが悪そうな表情を一瞬浮かべた後、説明を始めた。


「……まぁ、あれだ。結論から言ってしまえば、アリシアの護衛役として『紅』の三人を加えることは無理だと判断した。いくらなんでも誤魔化し切れるとは思えなかったからな」


「マギア王国側に、アリシアの護衛に冒険者が混ざっていると気付かれてしまう恐れがあると?」


「マギア王国側に限った話じゃない。ラバール王国側の人間に対してもそうだ。お前たちの本当の顔を知っている者は限りなく少ない。俺とアリシアを除くと片手で足りる程度だろう。そんなお前たちをアリシアの護衛として紛れ込ませてみろ。不審に思う者が現れるだろうさ。ましてやアリシアの護衛役は近衛騎士団か、王国騎士団から選抜されることになっている。例えお前たちの身分を地方貴族の子息・子女と偽り、近衛騎士として取り立てていたことにしたとしよう。近衛騎士団であれば俺が箝口令を敷くことで、ある程度は口止めできるだろうが、それでも完璧とまではいかない。人の口に戸は立てられないからな」


 エドガー国王が口にした『お前たちの本当の顔』とは、俺たちの素顔のことではない。素性、そして実力のことを差していることは明白だった。


 エドガー国王は立て続けに口を開く。


「それに、だ。お前たちに騎士の振る舞いが出来るとは思えない。貴族としての振る舞いも出来そうもないしな」


 ごもっとも過ぎる指摘に反論の余地はどこにもない。

 貴族のマナーや常識はもちろん、一挙一動どれをとっても貴族だと思われることはないだろう。


 俺とディアが口噤んでいる間に、うちの問題児が口を開いた。


「待て、エドガー。確かに私に貴族としての振る舞いなんてものは無理だが、王としての振る舞いは完璧だぞ。私の右に出る者は誰一人としていないと自負しているほどだ」


 ドヤ顔を決めるフラム。

 本人はクールに決まったと思い込んでいるようだが、的外れな発言をしてしまったとは思っていないようだ。


 案の定と言うべきか、エドガー国王は頬をひきつらせていた。

 誰にでも優しく、フラムを含め俺たちのことを尊敬してくれているアリシアでさえも、どこかぎこちない笑みを浮かべている有り様である。


「ああ、そうだな……。確かにフラムは王としての振る舞いは完璧だ。俺も見習わなければならない部分もあるかもしれないな……。だが、今回求められるものは王としての振る舞いじゃないことをわかってくれ」


 いちいちフラムの的外れな発言に応じてくれるとは、エドガー国王もなかなか人が好い。憎めない人である。


 これ以上フラムの発言に振り回されないようにするためにも、俺はエドガー国王に質問を投げ掛けることにした。


「俺たちを護衛として連れていくことが難しいことはわかりました。では、この『入学願書』とは一体?」


「騎士……今回の場合は護衛役か。それと世話役としてお前たちを同行させることはできなかった。そこで俺は考えたんだ。どうすればお前たちを堂々と同行させられるか、とな」


「考えた結果が、この『入学願書』だと?」


「……そうだ。正直に言うと、これ以上の案が思い浮かばなかったというのもある。護衛役と世話役ができないとなると、残すは生徒としてアリシアと行動を共にしてもらうしかないと。生徒としてなら名分はいくらでも用意できるしな。ちなみに今回の名分は『王国魔法師団の設立にあたり、ラバール王国の優秀な人材をマギア王国の学院に留学させ、魔法系統スキルに関する造詣を深めさせる』、そんなところだ。無論、マギア王国側には王国魔法師団を設立する件は伏せるがな」


 護衛役と世話役ができないことは、こちらとしても重々承知している。だが、その後の話の流れがいまいち掴めない。


 何故俺たちが王国魔法師団に入るみたいな話になっているのか。

 何故俺たちが学院――日本で言うところの高校に入学できると思ったのか。


 他にも色々と疑問は尽きないが、特にこの二つの話が気になって仕方がなかった。


「色々と引っ掛かるところがあったんですが、まず一つ。俺たちが王国魔法師団に入ることが前提みたいになってますけど、俺たちにその気は……」


「その心配は不要だ。あくまでも建前であって、実際に入団させるつもりはないから安心してくれ。後処理の方は俺が何とかする」


 頼もしい限りだ。

 フラムという存在がいる限り、エドガー国王が俺たちを騙す可能性は低い。もとよりエドガー国王の性格上、一度口にしたことを反故にするような真似はしないとは思っているが。

 何はともあれ、どう後処理するのかは知らないが、ラバール王国の最高権力者である国王がそう言うのであれば問題はないだろう。


 残す問題は……。


「わかりました。では後もう一つだけ。俺たちを学院に入学させることなんてできるんでしょうか? 俺とディアはともかくとして、フラムの外見は明らかにアリシアよりも年上にしか見えませんよ」


 俺とアリシアの年齢差は一歳。一歳程度であれば誤魔化せるだろう。ディアも実年齢こそ不明だが、外見は若い。それこそ俺よりも年下に見えるほどに。

 しかし、フラムだけは別だ。どこからどう見ても高校生には見えない。容姿然り、スタイル然り、高校生離れし過ぎている。

 どんなに若く見積もっても二十歳といったところだろう。身分証を偽装したとしても騙し通せるとは思えない。


 しかし、エドガー国王はそんな俺の問いに対し、不思議そうな顔をして首を捻った。


「……ん? コースケ、まさかとは思うが、マギア王国の学院について何も知らないのか?」


「一度もマギア王国に行ったことがありませんし、学院に興味を持ったことが無かったので」


 俺が知らないこの世界の常識がありそうなことを素早く察した俺は、テキトーな理由を並べて素っ惚けることにした。


「常識だと思っていたんだが、そんなもの……なのか?」


「わたしも知らない」


 エドガー国王が疑いの眼差しをこちらに向けてくる前に、ディアが咄嗟に機転を利かし、援護射撃をする。そしてさらにフラムからも似たような言葉が上がった。


「私も知らないぞ。この国の学院とは違うのか?」


 二人の援護射撃の甲斐もあり、エドガー国王は一度首を傾げた後、説明を始めた。


「マギア王国の学院はラバール王国のものとは仕組みが異なっているんだ。一言で言うなら、徹底的な能力至上主義といったところか。身分も生まれも年齢も関係なく、能力が高い者だけが入学を許される。まぁ実際は高い入学金が必要とあって、上流階級の縁者が生徒の大半を占めているらしいがな。ただし、いくら金を持っていようがボンクラは入学できないことから、学生の質はかなり高い。主席ともなれば、並のSランク冒険者を凌ぐ実力を持つとも噂されるくらいだ。『紅』の三人は例外として置いておくとしても、おそらくアリシアでも主席になるのは難しいだろうな」


 その噂が真実であれば、王都の学院で主席であるアリシアでも到底太刀打ちできないだろうが、どうやら当の本人は意外にも負けるつもりはないようだ。

 父親の少し辛辣な言葉に対し、アリシアは余裕を持った笑みを溢す。


「何事も挑戦してみなければわかりません。それに私には世界最高の先生がついていますから」


「世界最高、か。あながち間違いではないかもしれないな。ところで話は変わるが、お前たちは魔法系統スキルを使えるという認識で間違ってないよな?」


「……? まぁそれなりには」


 質問の意図がわからず、俺は首を傾げながら曖昧に答えた。


「コースケの『それなり』の基準がわからないが、ディアはどうだ?」


「わたしは四元素ならどれでも」


「火・水・土・風の四属性全てを網羅してるとは、流石だな」


「私は言うまでもなく火だ。火属性魔法で私に勝る者は今まで見たことがないな」


「……それはそうだろう。むしろフラムに勝る人間が居たら教えてほしいくらいだ。最高の待遇で迎えるぞ」


 今まで俺たちの能力についてほとんど何も訊いてこなかったエドガー国王が何故唐突にそんな質問をしてきたのかといった疑問が頭の中を埋め尽くす。

 俺は僅かな違和感を抱きつつ、口を開いた。


「どうしてそんな質問を?」


「念のために確認したまでだ。俺の勝手な思い込みで魔法系統スキルを全員所持していると思っていたら、実は持っていなかった、なんてことにならないようにな。もしそんなことになったら入学試験で赤っ恥をかく羽目に――」


「――えっ!? 試験!?」


 俺はエドガー国王の言葉を遮り、隠しきれない驚きを発露させた。


「何をそんなに驚いてるんだ? 短期留学とはいえ、試験があるのは当たり前だろ? アリシアだって試験を受けることになっているしな」


 言われてみれば確かに至極当然のことだ。

 俺はてっきり裏口入学みたいなものがあるのだと思い込んでいたが、能力至上主義を掲げる学院にそのような手が通用するはずがない。

 大国の王女であるアリシアでさえも試験を受けるのであれば、俺たちが受けずに入学できるはずもない。真正面から試験に挑むしかなさそうだ。

 しかし実技試験であれば問題はない。自信過剰は良くないが、俺たちが落ちるとは考え難い。ともなれば、問題は筆記試験があるか否かだ。


「ちなみに入学試験の内容は……?」


「筆記試験と実技試験の二つだ。とは言っても実技試験がメインだと思ってくれていい。筆記試験は常識とされる知識さえあれば……、あっ……」


 どうやらエドガー国王も俺たちの『常識の無さ』に思い至ったようだ。口を『あ』の形のままにして固まってしまっている。


「……ディア、自信のほどは?」


「ごめん、あんまりない……」


 フラムに対しては訊くまでもない。この世界の常識とされる知識がどうあれ、おそらくフラムは俺以下だ。

 唯一俺に勝っている点があるとすれば、それは長年生きてきた過程で目にしてきた歴史くらいなものだろう。それが試験に活かせるかどうかはわからないが。


 固まっていたエドガー国王は、隣に座っていたアリシアに優しく揺すられたことで正気を取り戻す。


「まぁ……王都を出発するのは三日後だ。それから港町まで向かい、船に乗りマギア王国に着くまでそこそこ日数は掛かる。その間に勉強すれば何とかなるだろう。……たぶん」


 最後の余計な一言で不安感がむしろ増したが、やるしかないのだ。

 俺は腹をくくり、勉強に励むことを誓う。




 そして三日後の早朝、俺たちは王都を出発した。

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