第336話 青天の霹靂
竣工式当日。
待ちに待った日がようやく訪れたとばかりに、王都は朝から賑わいを見せていた。まさにお祭り騒ぎといった様相だ。
商店や出店には多くの人々が列をなし、ショッピングや食べ歩きを楽しんでいる姿があちらこちらで見てとれる。
大通りでは人混みのあまり、人を掻き分けて歩かなければならないほどだ。
そんな中を、俺たち『紅』は冒険者ギルドに向かって歩いていた。
用件は強制依頼の達成報告である。
昨日セレストさんから、俺たち『紅』が強制依頼にきちんと従事したことを証明する書類を渡され、その書類を冒険者ギルドに提出しに行くところであった。
何故わざわざこんな混み合っている日に報告をしなければならないのかと思うところはあるが、そういう決まりなのだから文句を言っても仕方がない。
出発を朝にしたのは、十二時ちょうどに竣工式が開催されることを考慮し、本格的に王都が混み合う時間を避けるためだったのだが、この混雑ぶりを見る限り意味はなかったようだ。
「人混みに酔ったかもしれない……」
隣を歩くディアから珍しくそんな言葉がこぼれ落ちてくる。
「もうすぐ着くから頑張れ。ギルドに着いたら少し休憩を取るつもりだからさ」
「……うん、わかった。頑張る」
ここまでの道中で散々人波に揉みくちゃにされたからか、ディアの顔色は明らかに悪い。どう見ても休息を必要としていた。
そんなディアとは対照的に、フラムはどこかソワソワしている。どうやら視界の端に時折映る、食品を販売する出店に目を奪われているようだ。目を放せばすぐにどこかへ姿を消しかねない雰囲気をフラムは先ほどから常に醸し出していた。
「フラム……、ついさっき朝食を食べたばっかだよね?」
「食べたには食べたが、別腹というやつだ」
フラムの視線は甘い物ではなく、肉の串焼きを売っている出店に釘付けになっているあたり、それは別腹とは言えないだろう。ただの食いしん坊である。
結局俺は、ふらりと姿を消しかねないフラムを引きずるようにして、冒険者ギルドへと歩を進めたのであった。
冒険者ギルドは多少混み合っていたものの、滞りなく報告を終えた俺たちは、副ギルドマスターであるリディアさんに頼み込み、空き部屋を一室貸してもらうことになった。
ちなみに強制依頼の報酬はパーティーで金貨百枚。日本円にして約一千万円といったところだ。
長期間拘束された割には報酬は多いとは言い難い。実力があるAランク以上の上級冒険者なら、安全面を考慮しなければもっと稼ぐことができるだろう額である。しかし、命を賭けなくても済むことを考えると、強制依頼を受けた冒険者から不満の声が上がることはなさそうだ。
空き部屋を借りてから一時間が経とうかどうかという頃には、ディアの顔色はすっかり良くなっていたこともあり、リディアさんにお礼を告げてから冒険者ギルドを後にし、竣工式を観に行くことなく、俺たちは屋敷へと帰ることにした。
その帰り道に、フラムが大量の食料を様々な出店で買い込んだことについては言うまでもないだろう。
再度人波を掻き分け、ヘトヘトになりながら屋敷へと帰って来ると、屋敷の前に一台の馬車がちょうど停まろうとしているところだった。
その馬車は過去に何度も目にしたことがあったため、来客の顔を見るまでもなく、誰であるか簡単に見当がついた。
「あれって……」
ディアもすぐに見当がついたようで、視線を馬車に固定していた。
すると馬車の中から一人の騎士が降り立ち、俺たちに向かって一度頭を下げてくる。そしてその騎士はすぐさま後から降りてくる人物に手を貸すべく、仰々しい仕草で手を差し伸ばした。
騎士の手を借り、ヒールを鳴らして馬車から降りてきたのは、お忍びの装いではなく、王女に相応しいドレスアップした姿のアリシアだった。
ちなみに手を貸した騎士はアリシアの専属騎士であるセレストさんだ。
「突然の訪問になってしまい、申し訳ございません。先生方、少しお時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
ここら一帯は上流階級向けの住宅街ということもあり、今は周囲に人の目がなかったからよかったものの、それも時間の問題だ。
王女であるアリシアがいつまでも屋敷の前にいれば、いずれ人が集まってくるだろうことは想像に難くない。
俺は挨拶もそこそこに、用件を聞き出すことにした。
「俺たちは構わないけど、どうしたの? 後一時間もしないうちに竣工式が始まるんじゃ?」
訊いた話によれば、アリシアは竣工式に出席するはずだ。こんなところで暢気にしている場合ではない。
「父から先生方宛の手紙を預かりましたので、それを届けに参りました。竣工式のことでしたら、私の出番までまだ時間があるので問題はありません」
「わざわざアリシアが手紙を? 手が空いている人に頼めばいいのに……」
おそらくエドガー国王なりに俺たちへ配慮してくれた結果、最も信頼の置けるアリシアに手紙を届けさせてくれたのだろうが、いくらなんでも人選が酷い気がしてならない。
そもそも、だ。セレストさんがアリシアに同行するのであれば、セレストさんに手紙を頼めばいいのではないかと思ってしまう。
だがアリシアは、嫌な顔一つ見せずにキッパリと答える。
「いえ、私はとても重要な務めだと思っています。それに、おそらく父は私以上に重要だと考えているに違いありません」
そう語っている最中、アリシアの視線がほんの一瞬フラムへと向けられていたのを俺の目が捉えた。
そのことからエドガー国王はもとより、アリシアもアリシアなりに『フラム』という存在に気を遣っていることが窺い知れる。
けれども、それはラバール王家に連なる者としての考えであって、アリシアという一人の生徒としての考えではないだろう。
その証拠に、アリシアがフラムに向ける視線には畏怖などの負の感情は一切見受けられない。
このままずっと変わることなく、フラムに親しみを持って接してあげてほしいと俺は密かに思いながら、アリシアに言葉を返す。
「そこまで気を遣う必要は無いんだけどね。今回迷惑を掛けてるのは明らかにこっちなんだし……」
そう言いながらジーっとフラムに視線を送ると、フラムは俺の視線から逃れるようにサッと顔をそむける。
そんなやり取りを可笑しく思ったのか、アリシアは柔らかく自然な笑みを溢した。
「――ふふっ、私はフラム先生が急にそう仰られた時、素直に嬉しいと思いましたよ。実のところ、それまでは少し不安に思っていたのです。ですが、先生方が一緒に来て下さると決まり、今ではマギア王国に行くのが楽しみになったくらいですから」
本当に心の底からそう思ってくれているようで、アリシアの言葉から嘘や気遣いなどは感じられなかった。
そこまで真っ直ぐに言われてしまうと少し気恥ずかしくなってしまいそうになる。
俺は照れ隠しの意味も含めて、話を終わらせることにした。
「そう思ってくれたのなら何よりだよ。――っと、そろそろ時間的にまずいか。そろそろ手紙を受け取ってもいいかな?」
「はい。こちらになります」
アリシアから手渡された手紙は一通のみ。封蝋がしっかりとされていることから、格式張ったものなのかもしれない。
「ありがとう、アリシア。……ん? なんかやけに分厚いな」
手に持った感触からして、薄い紙が一枚だけ入っているということはなさそうだ。
すぐにでも封を開けたい気持ちはあったが、ここはグッと堪えてアリシアを先に見送ることにし、アリシアとセレストさんに別れを告げた。
馬車の姿が小さくなるまで見送った後、屋敷の門を通ってすぐのタイミングで、ディアとフラムから催促の声が上がる。
「こうすけ、読まないの?」
「主よ、早く開けて読んでくれ」
言い出しっぺのフラムはともかく、ディアまで手紙の内容に興味を示すとは正直意外だ。ノイトラール法国での一件以来、ディアの中で何かが変わって積極性が増したのかもしれない。
「わかった。それじゃあ早速……」
パキッと封蝋を割って中身を取り出してみると、そこには短文が書かれた一枚の紙と、びっしりと文字で埋め尽くされた三つ折りの紙が三枚封入されていた。
まずはすぐに読めるであろう手紙に目を通すことにし、二人に聴こえるように読み上げていく。
「今宵、迎えの馬車を送る。エドガー・ド・ラバール」
「……それだけ?」
「うん、それだけ」
手紙の内容は、わざわざ手紙にして寄越す必要性が感じられないほど、実にあっさりとしたものだった。付け加えるならば、説明不足感も否めない。
「後はやたら長い文章が書いてある紙だけだけど……。――はいっ!?」
予想だにしない文字が三枚の紙の冒頭にそれぞれ書かれてあることに気付いた俺は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまっていた。
その紙の冒頭には、それぞれこう書かれていたのだ。
――『入学願書』と。
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