第313話 希薄な気配
突撃を敢行した俺が持つ紅蓮とそれを迎え撃つマルセルの拳がぶつかり合う。
「――ぬっ!」
純粋な腕力は俺が上。徐々にマルセルの拳を押し退けようとしていた。
マルセルは険しい表情で奥歯を噛み締めて必死に抗いながら、俺を強く睨み付ける。
「貴様……どうやって空間転移を……ッ!」
馬鹿正直に答えてやるつもりはない。
俺が『
しかし、この地下空間はマルセルの
『魔力の支配者』を手に入れた今の俺であれば、結界の影響を多少なりとも受けこそするものの、それに抵抗するだけの魔力操作能力を有しているため、スキルの大半が使用可能となった。
例外はマルセルに直接作用するスキルのみ。
結界とマルセルの『魔力の支配者』の魔力阻害の効果でマルセルに触れたスキルは軒並み打ち消されてしまう。現に先の一撃には『
原因はおそらく結界にある。
コピーしたばかりの俺の『魔力の支配者』とマルセルの『魔力の支配者』のスキルレベルは全く同じ。
俺がこの地下空間に結界を展開しようとも、先に同じ力を持つマルセルに結界を張られてしまっているため、結界の上書きは不可能。この場合、結界を張るにはマルセルのスキルレベルを上回るしかないが、この極短時間でスキルレベルを上げることはできない。
そのため、マルセルの結界の影響下にある地下空間で戦う以上、同じ『魔力の支配者』を所持しているとはいえ、リソースを結界の抵抗に割いてしまっている俺はマルセルに比べ、多少不利を強いられる形となっている。
だが、『致命の一撃』が使えなくとも然して問題はない。無論、有るに越したことはないが、無いなら無いで戦いようはいくらでもある。
一見『魔力の支配者』は所持者に向けられたスキルに対する絶対的な防御性能を有しているように見えるが、実際はそうではなく一定の条件が必須だ。
その条件とは、結界を展開し、指定した対象の魔力の制御能力を阻害してスキルそのものを使用できないようにすることである。
何故なら、一度完全に形になったスキルに対する防御能力を有していないからだ。
火系統を除く三属性の魔法が良い例になるだろう。
結界内ではそもそも魔法の行使は極めて困難だ。だがディアのような卓越した魔力制御能力を持っていれば話は別。
実際ディアは、マルセルの腕に氷の針を突き刺した実績がある。
もし仮にマルセルが完全な防御能力を持っていれば、いくら高い魔力制御能力を持つディアと言えど、マルセルの腕を氷の針で突き刺すことなど本来なら不可能のはず。しかし実際はそうはならなかった。
理由は単純。
魔力で氷の針を生み出した時点で、氷の針は確かな実体を持つ物質へと変貌を遂げていたからに他ならない。
理屈としては、水系統魔法で生み出した水でも喉を潤すことができるのと一緒だ。
火系統を除外したのは、火系統魔法だけは魔力を注ぎ続けなければ炎を維持できない点にある。フラムの火球が維持できなかったのは、おそらく魔力を注ぎ込み続けることが出来なかったからだろう。
要するにマルセルとの戦いに於いては、マルセルに直接作用する『致命の一撃』以外で戦う必要がある。逆に言えば、それ以外の制限は特にないということでもある。
火系統魔法に関しては魔力制御に多くのリソースと魔力を割かなければならないが、今の俺なら問題はないと見ていいはずだ。
コピーをする前までは紅蓮一本で戦わなければならなかった。その時と比べれば大きな進展だと言えるだろう。
力比べで勝てないと悟ったマルセルは紅蓮を逸らし、俺の懐に大きく一歩踏み込んだ。
それは優位な間合いで戦うために踏み込んだ一歩。だが、その行動は俺の想定の範囲内だった。
紅蓮での迎撃は懐に飛び込まれた時点で難しいことはわかっている。ならば、と『
『魔力の支配者』には魔力反応を知覚化する能力があるが、所詮は知覚するだけの能力に過ぎず、その本質を見抜くことは不可能。俺の手の内を知らないマルセルにとって、その名の通り目に見えない『不可視の風刃』は虚を突くには十分過ぎる一撃だった。
「な……ッ!」
安易に俺の懐に飛び込んだマルセルは胸部から血飛沫を上げ、さらには風圧によって後方へ十メートルほど吹き飛ばされる。
無論、ここで追撃をしないという選択肢はなかった。
マルセルが『
風圧で吹き飛ばされながらもマルセルは空中で体勢を立て直し、痛みに堪えながら迫り来る俺を睨み付けつつ、懐へ手を伸ばす。
その動きは『治癒の聖薬』を取り出すためのもの以外の何物でもないと判断した俺は、そうはさせないと再度『不可視の風刃』を放つ。
結果、『治癒の聖薬』の使用は阻止した。
しかし『不可視の風刃』は魔力を知覚化できるマルセルに二度通用することはなく、寸前のところで回避される。
その直後、俺の一歩前の地面に魔力が集まりつつあることを察知。マルセルに迫っていた俺は方向転換を余儀なくされ、地を強く踏み込み真横へと逸れる。魔力反応を捉えた地点からは先端を鋭く尖らせた鈍色の太い金属柱が一本立っていた。
両者の距離は僅か三メートル。
瞬きほどの時間で潰せる距離だ。魔法系統スキルを使うまでもなく『治癒の聖薬』の使用を止めることができるだろう。
マルセルが着ている純白の祭服の胸元は破れ、破れた箇所から血が徐々に滲み出している。
出血量からして致命傷には至っていない。だが確実にマルセルの体力は削られている。その証拠にマルセルの顔色は幾分か悪い。青白いとまではいかないが、肌の赤みが減っていた。
「長き時を生きてきたが、ここまで多くの血を流したのは初めての経験であるな」
「……」
独り言なのか、或いは俺に話しかけているのかはわからないが、俺は無言を貫き、全神経をマルセルに向ける。
油断はない。
慢心もしているつもりはない。
研ぎ澄まされた集中力はマルセルの一挙一動を見逃すことはない。
そんな俺の剥き出しの警戒心を余所にマルセルは言葉を続ける。
「貴様は一体何者だ? 何故フロディアの味方をしている? 如何様にして私の力を退けた?」
「……」
俺は紅蓮を握り直し、戦う意思を示すことで遠回しに回答を拒否する。
この場でマルセルを倒すことに変わりはない。そのため、例えマルセルの問いに答えたとしても、その話が外部に漏れる心配はほとんどないだろう。
だが、それはあくまでもこの地下空間にいる存在が俺たちを除いてマルセルだけだったらの話だ。
『魔力の支配者』を獲得し、『気配完知』が正常に機能するようになったことで俺はこの場にマルセル以外の……いや、マルセルの頭部に潜む極小の生物の反応を捉えていた。
それが何かはわからない。あまりにも気配が希薄で『気配完知』をもってしても正確に反応を捕捉することができなかったからだ。
ただ一つ言えることは、警戒するに越したことはないということのみ。
故に俺はひたすら無言を貫くことに徹していた。
「やはり答えるつもりはないか、つまらぬな」
そう吐き捨てると共にマルセルは拳を構える。
だが、その戦う姿勢とは裏腹に、どこかその瞳の奥は諦念の色が見え隠れしているようにも思えた。
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