第312話 カラクリ

 戦闘スタイルを切り替えたフラムは悪戦苦闘していた。

 とは言っても怪我は一つも負っておらず、魔力の制御に意識を割いていたこともあり、防戦一方の状況になっているだけ。シャドウ・スライムの攻撃をいなし、魔法での反撃を試みて失敗というのを幾度と繰り返していた。

 自然とフラムのフラストレーションは溜まっていく。


(ああ、面倒だ! いっその事、竜化して踏み潰してやりたいところだぞっ!)


 無論、ここでフラムが竜の姿を取れば、地下空間の崩壊は免れない。地下空間は崩落し、この場にいる者全てが生き埋めになってしまうことは明白。紅介とディアがこの場にいる以上、我慢するしかないことは流石にフラムでも理解している。


 何よりフラムは竜の姿より人の姿を好んでいる。竜化した自分の姿が醜いなどとは当然思っていないが、人化できるようになって以来、長き時に渡って人の姿を取っていたことから、今となっては人の姿の方が好ましいと考えていた。

 そんなこともあり、フラムはいくらフラストレーションが溜まろうが最後の一線を越えることはない。もしフラムが竜化をする時が来るとしたら、それは本当に窮地に追い込まれた時だけだろう。


 シャドウ・スライムの猛攻がフラムに襲い掛かる。

 腕の形状を槍、剣、鎌、鉤爪など様々な形に変化させ、フラムの命を刈り取ろうと執拗までに攻撃を繰り返す。

 その姿勢は反撃を受けることを全く恐れていない。本能でフラムの攻撃が自身に通用しないと理解しているようですらあった。

 その堂々とした恐れをなさない態度に、フラムのフラストレーションがまた溜まっていく。

 何故、炎竜王ファイア・ロードたる自分がスライム如きに手こずらなければならないのか、と。


(……ふぅ。落ち着け、落ち着くんだ、私)


 拳をわなわなと震わせながらも、懸命に怒りを鎮めようと自分に言い聞かせるフラム。

 感情のままに力を振るっても意味はない。ここは一度冷静になるべきだと、何とか怒りを抑え込む。


 いくらシャドウ・スライムが猛攻を仕掛けようが、フラムにかすり傷一つ負わせることはできない。

 時が経てば経つほどフラムはシャドウ・スライムの攻撃に慣れていき、今となっては意識の大半をシャドウ・スライムにではなく、思考に割く余裕が生まれていた。


(そういえば主が『自身に作用するスキルを封じる効果はない』とか何とか言っていたな。確かに私の人化は解けていないし、主の推測は間違っていないように思えるが、よくよく考えてみると、スキルの封印なんて芸当が果たして可能なのか? いくらディアの神の力を奴が持っているとはいえ、私の耐性を突破してスキルを封じることが出来るとは思えない。もしそんなことが出来るのであれば何故自身に作用するスキルは封じないのだ? それに感覚としてはスキルが封印されたというよりかは妨害されている感じだしな。封印ではなく妨害だとすれば……)


 神造器兵であるマルセルであれど、炎竜王である自分のスキルをそう簡単に封印出来るわけがないとフラムは結論付ける。

 自己評価が高いのではなく、純然たる事実。

 炎竜王たるフラムを一方的に縛り付けるなど、神でも不可能であるとフラムは信じてやまない。

 故にフラムは一つの結論に至った。


「……なるほどな。ようやくカラクリがわかったぞ」


 フラムはそう言い、手のひらの上に火系統魔法を発動させた。

 ボゥッと音を立てて現れた小さな火柱は、当然の如くすぐさま霧散する。


(ふむ、やはりこうなるか。だがこれで確信は得た。私のスキルは封じられてなどいない。おそらくこの空間には空間に作用する魔力を狂わせる類いの結界が張られているのだろうな。であれば、いくらでもやりようはある)


 反撃開始だ、とばかりにフラムは口元に笑みを浮かべる。

 そしてまずはこれまでの鬱憤を晴らすべく、フラムはシャドウ・スライムに全力の右ストレートをお見舞いした。

 しかし、シャドウ・スライムはフラムの全力の一撃をものともせず、頭部の形を大きく凹ませただけで倒れることも吹き飛ばされることもない。すぐさま凹んだ頭部が元の形に戻っていく。

 だが、この一撃はあくまでもストレスを発散させるための一撃に過ぎない。

 本命は次の攻撃にあった。


「……ふぅ。これでスッキリしたし、貴様とのお遊びはこれで終いとさせてもらうぞ」


 フラムのその言葉に、纏う雰囲気に、シャドウ・スライムは激しい警戒心を見せた。

 漆黒色の身体に植え付けられた無数の眼球全てがフラムを注視し、来るであろう攻撃に備える。


 フラムの指先が綺麗に揃えられ、手刀の形となる。

 無論、手刀による斬撃でシャドウ・スライムを仕留められないことは百も承知。

 あくまでもこれはその次の攻撃に繋げるための一手に過ぎない。


「行くぞ?」


 問い掛けるような言葉と共にフラムは一息でシャドウ・スライムの懐に飛び込んだ。

 対してシャドウ・スライムは迎撃するわけではなく、腕の形状を盾の形に変化させ、防御の構えを取る。

 本能が告げていたのだ。この攻撃を貰うのはまずい、と。


 だがフラムは止まらない。

 勢いそのままに、自分の手をシャドウ・スライムの身体の中に取り込ませるよう盾に深く突き刺した。


 シャドウ・スライムはその瞬間を好機と捉えた。

 フラムの手首から先が己の身体の中に深く突き刺さったことにより、相手は身動きが取れない。

 このまま超近接戦闘に持ち込めば、斬撃にしろ、打撃にしろ、魔法にしろ、一方的に有効打を与えられるのではないかと。

 だが、そんな考えはシャドウ・スライムの頭の中から即座に消え失せた。冷酷な笑みを見せるフラムの表情を見て悟ってしまったのだ。


 ――負けたのだ、と。


「腹は立ったが、久しぶりに良い戦いができた。礼として、苦しまないよう一瞬で終わらせてやろう」


 他者に影響を与えるスキルが使えなかったはずのフラムが、ありとあらゆる物全てを灰に帰す伝説級レジェンドスキル『灰塵パーガトリー煉炎フレイム』を発動。

 そしてシャドウ・スライムは紅蓮の炎に巻かれ、もがき苦しむこともなくコアである魔石ごと一瞬で灰と帰した。


「やはり私は天才だなっ」


 満足げにフラムはひとり頷く。

 フラムは手刀をシャドウ・スライムの体内に突き刺した時点でスキルが問題なく使えると確信した。


 最初から疑問はいくつかあった。

 何故自身に作用するスキルだけは使えるのか。

 炎竜王たる自分を完全に封じるほどのスキルが果たして存在するのか、といった疑問が。


 冷静に考えれば、他者に影響を与えるスキルだけをピンポイントで封じるスキルがあるなど到底考え難い。全てのスキルを封じるスキルの方がまだ納得がいくくらいだ。

 だが、どちらにせよそんな化け物染みたスキルが存在しうるとはフラムにはどうしても思えなかった。


 そこまで考えたフラムは、ふと思い出したことがあった。

 それはこの地下空間に入ってすぐの出来事。

 魔力の制御が上手くいかずに、火球が消え去ったこと。そして魔力の制御に長けたディアだけが魔法を使えた事実を。


 それらからフラムは『この地下空間には魔力を拡散させ、魔力の制御を困難にさせる効果がある結界が張られているのではないか』という答えに辿り着いたのだ。

 故に地下空間に干渉しないようシャドウ・スライムの体内に手を突っ込むことで結界の影響を受けない状況を作り出し、見事に『灰塵煉炎』の発動に成功。時間は掛かったが、無事勝利を収めたのだった。


 シャドウ・スライムを倒したことで暇を持て余したフラムは紅介とディアの援護に向かおうと、視線を紅介たちのいる方向へと向ける。

 視線の先では未だに紅介とマルセルが熾烈な戦闘を繰り広げていた。しかし、その光景を目の当たりにしたフラムは焦って駆け寄るような真似はせず、ゆっくりとした足取りで一人佇むディアのもとへ向かい、楽観的な声音で声をかける。


「こっちは片付いたぞー」


「うん、見てたよ。ありがとう、フラム」


「なに、気にする必要はない。それより、どうやら私の出番はもうないようだな」


「うん」


 二人の視線の先では紅介がマルセルを圧倒する形で、戦いはいよいよ終わりを迎えようとしていたのだった。

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