第311話 紅い瞳
高熱による意識の混濁と視界が紅く明滅する中で、俺はディアとマルセルの戦いを見守っていた。
ディアが防戦一方になっているのは一目瞭然。すぐにでも助けに入りたかったが、どうしても身体が言うことを聞いてくれない。
そんな状況にもどかしさを感じながらも、高熱の原因となっているであろう『
未だに体温は高いままだったが、ひとまず体温の上昇は止まっていた。
眼痛と共に紅く明滅する視界も徐々に明滅する頻度が低くなっている。
このことから『血の支配者』の暴走は鎮まりつつあると考えてもいいだろう。問題はスキルのコピーがいつ終わるのかどうか。
感覚からして、コピーが失敗に終わっている感じはしない。どちらかと言えば、『血の支配者』が『
心臓が力強く鼓動し、全身に血液を循環させていく。
それに伴い、俺の『何か』が書き換えられようとしている。
その『何か』の正体はわからない。細胞なのか、精神なのか、はたまた魂――俺という存在そのものなのか。
自分が自分じゃなくなってしまうのではないかと思うと気が狂いそうになる。
俺は自分が書き換えられられそうになることを恐怖し、心の中で必死に抗っていた。
得体の知れない恐怖と戦っていた。
だが、そんな恐怖を上回る恐怖が現実になろうとしている光景を目にしてしまう。
ディアが俺のいる方へ振り返り、マルセルに背を向けて走り出す。そして俺へと向かって走るディアの背中に迫る幾本もの土の針。
土の針はディアとの距離を着実に縮めていき、ディアを捉えようとしていた。
数秒後には土の針がディアを貫くだろうことは明らか。
当たりどころが悪ければ即死は免れない。
ディアが死ぬ。殺される。
そう思った瞬間、それまで俺の心を支配していた『書き換えられる』という恐怖が、『ディアが死ぬ』という恐怖に塗り替えられた。
その結果、今まで抵抗していた『何か』が俺を書き換えていく。
すると、みるみるうちに体温が下がり、眼痛と共に紅く明滅していた視界が鮮明になる。
すなわちそれはコピーが完了した合図だった。
結界の構築、魔力反応の知覚化、スキルの抽出、魔力操作・阻害(対象指定可能)、魔力量上昇・極大
『
「――こうすけっ!」
激しい焦燥感に駆られたディアの叫び声が耳を打つ。
叫び共にディアは背中から少量の血飛沫を上げながら俺を目掛けて跳んだ。
俺とディアの視線が交錯する。
ディアは痛みによって一瞬顔を歪めていたが、すぐさま目を大きく見開き、何故か驚きの表情を浮かべていた。
一秒にも満たないうちにディアは俺の胸元に飛び込んでくるだろう。しかし、悠長にその時を待っている時間はなかった。宙を跳ぶディアの真下の地面が盛り上がっているのを俺の目が捉えていたからだ。
「――ディア!」
俺は反射的に『魔力の支配者』と『
「ディア! 怪我は――」
マルセルを視界の端に捉えつつ『魔力の支配者』を発動したままディアの怪我の具合を確認しようとすると、ディアは微笑みながら首を左右に振った。
「ううん、大丈夫。大した怪我じゃないし、自分で治せるから」
どうやら強がりではなさそうだ。
俺はホッと安堵の息を吐き、強張っていた肩の力を緩める。
「それよりこうすけ、その眼は……瞳の色はどうしたの?」
「……え? 瞳の色?」
意味はないと半ば理解しつつも、左手で両目を順に擦ってみるが、特にこれといった違和感はない。
視界は良好。眼痛も既に収まっている。
鏡があれば簡単に確認できるだろうが、そう都合良く持っているわけもなく、残念ながら確認する術はなかった。
「うん。こうすけの瞳の色が紅くなってる。何があったの?」
「わからない。体調が悪くなってた時に視界が紅く明滅してたけど、今はそんなことはないし……」
思い当たる節といえば、『魔力の支配者』をコピーしたことだけだが、マルセルが聞き耳を立てている可能性が排除できないため、あえてぼかして答える。十中八九コピーしたせいだと思っているが、全てが片付いた後にディアに説明すればいいだろう。
それより今は俺たちを……いや、俺を睨み付け続けているマルセルをどうかしなければならない。
「ディアは治療に専念してほしい。後は俺に任せてくれ」
「うん」
ディアの声に不安の色は一切ない。絶対的に俺を信じてくれているようだ。こうなったら期待に応えるのが男というもの。
紅蓮を構え、マルセルに向き直る。
マルセルは明らかに俺を警戒していた。それもそのはず、魔法系統スキルが全く使えなかった俺が突然空間転移魔法を使ったのだから、警戒するのも仕方がないと言えるだろう。
彼我の距離は二十メートル。
俺は地面を強く蹴り、マルセルとの距離を詰めた。
―――――――――――――
「……ふむ、このままでは埒が明かないな。全くもってタフな魔物だ」
再三に渡るフラムの猛攻を全て耐えきったシャドウ・スライムは未だに平然とした様子で二本の足で立っていた。
ここまでの両者の戦いは一方的なものだった。
猛攻を仕掛けるフラムと、防御と回避に専念するシャドウ・スライムという形だ。
最初の方こそシャドウ・スライムもフラムに攻撃を仕掛けていたものの、斬撃、殴打、腐食、四属性の魔法……。そのどれもがフラムに通用することはなかった。
だがそれも当然の話ではあった。
シャドウ・スライムは数多のスキルを所持してはいるが、その中に伝説級スキルは一つもなく、全て英雄級スキル以下。フラムの圧倒的な身体能力と防御力を考えると勝ち目は皆無に等しい。
唯一の勝機は最初の一手だけだっただろう。
油断とまではいかないが、相手の実力を測るため、そして戦いを楽しむために手を抜いていたフラムの目を最初の一撃で潰していれば万が一が起きていた可能性もあったかもしれない。
だが、そんな『もし』は起こらなかった。その時点でシャドウ・スライムは詰んでいたと言えるだろう。
とは言っても、決め手に欠けているのはフラムも同じだ。
シャドウ・スライムが極めて高いレベルの物理耐性を所持していることを数回拳を交えた後に悟ったフラムは、攻撃手段をあれこれと変えながら戦っていた。
指先を揃えて手刀の形をとってゼリー状の身体を切り裂いたり、力任せに腕や頭部を引きちぎったりしていたが、瞬く間にその身体を再生されてしまっていた。無論、身体の体積が減るようなこともない。
(竜王剣か魔法さえ使えれば楽に倒せるんだが……。むー……どうしたものか)
コアとなる魔石の位置さえわかれば、難なくフラムはシャドウ・スライムを倒していただろう。しかし、相手は光すら呑み込む漆黒色をしたスライム。普通のスライムなら半透明が故に簡単に魔石の位置を特定できるが、ことシャドウ・スライムに於いては特定する術はない。
人間と同等サイズの身体から、体内を自由に移動する小さな魔石をピンポイントで破壊することは困難。全身を散り散りに引きちぎったとしても魔石が残ればすぐさま再生してしまうだろうことは明白。何よりそんな面倒なことをフラムはしようと考えてはいない。
(主から紅蓮を借りるか? いや、それでは主に負担が掛かってしまうしな。……仕方ない。ここはディアを見習って魔法が使えるか試行錯誤していくか)
フラムはあまり魔力の制御を得意としていなかったが、『これも特訓だ』と自分に言い聞かせ、戦闘スタイルを切り替えることにしたのであった。
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