第305話 神造器兵

「やっぱり貴方がわたしの力を……」


「然り。私こそが彼の御方によって生み出された神造器兵、その名はマルセル。神フロディアの力を神器に封じ、その身に宿した超越者である」


 そう言い放ったマルセルの表情は愉悦に満ち、選民意識を隠そうともしていなかった。


「フロディアの封印を担っていたジュールが何者かによって敗れ、その封印が解かれたことは聞き及んでいたが、まさか貴様らの仕業であったとはな。瞳の色の違いでフロディアだと気付くのが遅れたのは不覚であった」


 ディアの瞳の色を丸薬で変化させていなかったら、おそらくマルセルはディアの正体がフロディアであると簡単に気付けていただろう。もし瞳の色を変えていなかったとしても、この後の展開に何ら変わりはなかったとは思うが。


 そしてマルセルの興味がここに来て初めて俺とフラムに向けられる。とはいっても、その興味のほとんどがフラムへと向けられていた。


「貴様は竜族であるな?」


「だとしたら、それがどうしたというのだ?」


 フラムはその正体を言い当てられたことに対し、気にする素振りを全く見せずに平然とした態度で問い返す。


「何故フロディアの封印を解いた? 何故誇り高き竜族が人間などに手を貸している?」


「つまらん質問だし、そもそも貴様は大きな勘違いをしているぞ。封印を解いたのは私ではない。主だ。まぁ、その道中に手を貸したことは確かだがな。それと言っておくが、主を愚弄することは許さんぞ」


「主、か。人間にへりくだるなど、どうやら貴様には竜族としての矜持が欠けているようであるな」


「そんなくだらない物に興味はないからな。重要なのは私が楽しいと思えるかどうかだけだ」


「……快楽主義者か。では人間よ。貴様がジュールを倒し、フロディアの封印を解いた張本人で相違ないか?」


 マルセルの冷やかな瞳が俺を射抜く。

 どうやら俺を見下しているとみていいだろう。だが俺としてはむしろ好都合。その油断が命取りになることを教えてやるだけだ。


 未だに人を殺すことに慣れることはない。いや、慣れてはいけないだろう。

 いくら甘いと言われようが、殺さずに済むのならそれに越したことはない。無論、自分や大切な人の命を最優先に考え、手加減が出来る相手に限るが。


 だが、今回の相手は手加減が出来る出来ない以前の問題だ。

 そもそもマルセルは人ではない。竜族でもない。人の形を模した、ディアの力の欠片と呼ぶべき存在だ。

 自我を持ち、仮初めながらも命を持っている点に於いては人に近しい存在と言えなくはないが、ディアの力を奪って造られた存在である以上、俺にとっては明確な敵である。忌むべき存在と言っても過言ではない。


 マルセルが持つ力を本来の持ち主であるディアに返す。

 そのためにはマルセルを殺す以外に方法はない。


 ディアのために力を貸すと心に決めている以上、マルセルを殺すことに忌避感を覚えることない。それよりも俺は使命感に駆られていた。


 俺は紅蓮を構えた状態でマルセルの問いに答える。


「ああ、そうだ。俺がディアの封印を解いた」


「なるほどな。全ての元凶は貴様であったか。となると、ルッツが画策していたラバール王国の内乱を阻止したのも貴様か?」


「知らないな。仮にそうだとしても、答える必要がどこにあるんだ?」


 誤魔化し切れないと半ば思いつつも俺は白を切った。

 黒に限りなく近いグレーくらいに認識してくれれば御の字だろう。

 大切なのは相手に確信させないことだ。トムという偽名と『形態偽装』を付与した仮面がどこまで通用するかはわからないが、確信に至らせないという点に於いては無駄ではない。それに、ここでマルセルを倒せば全てが丸く収まるのだ。今は不確定な未来の心配をする必要はない。


「その通りであるな。今は答える必要はない。ここで貴様らを捕らえ、彼の御方に引き渡せば済むだけの話であったな」


 マルセルの表情から畏怖や不安の色は一切見られない。三対一にもかかわらず、勝つことが当たり前だと思っている節さえ見受けられる。


 そんな自信に満ちたマルセルに対し、フラムは不満を顕に噛み付いた。


「……貴様。もしやとは思うが、一人で私たちに勝てるとでも勘違いしているのか? もしそうだとしたら片腹痛いぞ?」


 フラムの明確な挑発をマルセルは鼻で笑い飛ばす。


「……フッ、勘違いをしているのは貴様ではないか? 確かに竜族は強い。脆弱な人類からしてみれば、天災と呼んでも過言ではない存在かもしれぬ。だがしかし、この世界で絶対的な強者であるかと言えば、それは否だ。人よりも平均値が高いだけに過ぎぬ。人ではない私を除いたとしても、竜族よりも強い者は数多く存在する。貴様が主と仰いでいる男もその一人であろうよ。己が竜族であるからと言って高を括っていると痛い目をみるぞ?」


「ほうほう、それは興味深いな。私よりも強い存在がいると? それも数多くいると。残念なことに、未だかつてそのような存在に出会ったことはないな」


 俺にはわかる。フラムが確実にキレている、と。

 その証拠に、フラムは笑みを深めながら手の平を握っては開きを何度も繰り返している。今すぐにでも殴りかかって行きそうな気配すら漂わせていた。


「それは貴様が無知で世間知らずなだけ――」


 その刹那、フラムは動き出していた。

 二十メートル離れていた両者の距離は瞬時に消え去り、フラムの拳がマルセルを打ち抜く。

 だが、ギリギリのタイミングでマルセルのガードは間に合う。顔面を文字通り弾け飛ばす勢いで放たれた右のストレートを左の上腕で防いで見せたのだ。


 ガードは間に合った。

 しかし、フラムの拳を受けて無傷のままでいられるわけがなかった。

 フラムの圧倒的な膂力によって、マルセルは大きく後退させられる。褒めるべきは未だに両の足で立ち続けられている点だろう。

 その分、代償は大きいものとなっていた。マルセルの左腕は何とか原形こそ留めていたものの、不自然な方向へと折れ曲がり、誰の目からみても骨折しているように見える。


 フラムはあえて追撃を仕掛けず、マルセルを嗤った。


「ペラペラと口を動かしていたわりに、貴様の実力はその程度か? 話にもならないな」


 フラムの攻撃と口撃を受けたマルセルはその目を険しく、そして鋭く変化させる。

 マルセルはフラムへと向けた視線をそのままに、懐に右手を伸ばし、試験管によく似たガラス製の容器に入った『治癒の聖薬リカバリーポーション』を悪びれることなく堂々とひしゃげた左腕にふりかけた。

 瞬く間に左腕は元の姿へと形を変えていく。


「貴様……その力……」


 フラムの尋常ではない強さをようやく理解したようだ。明らかに警戒の色が濃くなっていた。


「今さら彼我の実力差に気付いたようだな。私が剣を持っていなかったことに感謝しておくがいい。もし剣を持っていたら、貴様は今頃死んでいたぞ?」


「なに、日頃の行いが良かったのであろうよ」


 マルセルは空になった『治癒の聖薬』の容器をその場に投げ捨て、気味の悪い笑みを深めた。


「謝罪しよう。私としたことが、貴様を少々侮り過ぎていたようだ。三対一では私の方が僅かながらに分が悪いことも認めようではないか」


「どう解釈しようが貴様の勝手だが、この期に及んでまだ勝てると考えているのか?」


「――無論だ。三対一ではなく、三対二にすれば状況は大きく変わるであろう。あまり呼びたくはなかったが、貴様の相手はこいつに任せるとしよう」


 そう言ったマルセルの真横の床に黒い魔法陣が現れる。

 魔法陣の規模としてはかなり小さな部類だと言えるだろう。


 黒い魔法陣は黒い粒子を放ち、次第に形を成していき、そしてそれは現れた。


 全ての光を呑み込むかの如く漆黒色に染まった――スライムが。

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