第304話 フェイク

 ディアの主張を聞き、ライマンはこれ以上の説得は不可能だと判断したのだろう。白けた瞳をそのままに、鼻を鳴らす。


「フンッ……どうやらこれ以上の説得は無意味のようであるな。最後に一つ聞かせてもらおう。私が嘘を吐いていると其方は言ったが、一体何の話だ?」


「貴方は二つ嘘を吐いてる。一つは多くの人々を助けたいという想い。貴方は犠牲者に目を瞑り、より多く人々を助けると言っていたけど、それは真っ赤な嘘」


「何故そう言い切れる。現に私は『治癒の聖薬リカバリーポーション』を世界各国で販売し、数多の人々を救ってきたという確かな実績と自負がある」


「実績はあるかもしれない。けど、それはあくまでお金を稼ぐためだとわたしは思ってる。一つ金貨三枚。優先的に購入するためには、さらにその十倍以上のお金が必要になる。この値段じゃ本当に必要としている人たちに行き届くとは私には思えない。もちろん人件費や輸送費、その他にもお金が掛かってることはわかってるつもり。でも、それにしたって高過ぎる。多くの人々を助けたいという想いで『治癒の聖薬』を作ってるとは到底思えない」


 俺としては利益を得ようとすること自体を否定するつもりはない。レーガー枢機卿からノイトラール法国の懐事情を聞いていればなおさらだ。無論、治癒魔法師の命が使われていなければの話だが。

 とはいってもディアが言った通り、いくらなんでも『治癒の聖薬』は高過ぎる。

 上級冒険者や貴族、商人など、ある程度懐に余裕がある者であれば、金貨三枚という金額を支払うことは然して難しいことではない。

 しかし、その他大勢の人たちはどうだろうか。

 以前ナタリーさんから聞いた限りでは、小さな街に住む人々の平均月収は約銀貨五十枚。王都に住まう人たちであればもう少し稼ぎはあるかもしれないが、それでも金貨一枚に届くかどうかといったところだろう。そう考えると、金貨三枚というのはそう簡単に手が届く金額ではない。農村部などに住まう人々からすれば、夢のまた夢だ。

 『治癒の聖薬』を善意の精神で生産していると主張するには、高額過ぎる価格設定であると思わざるを得ない。


「こちらにはこちらの事情がある。其方に価格についてとやかく言われる筋合いはないな」


「事情? 貴方はさっきから多くの人々を救うためと何度も言っていたのに、言っていることとやっていることが全然合ってない。貴方がやっていることは、人の命をお金に変えているだけ」


「其方が私を悪と断じているが故に、そのような結論に至っているだけであろう。現状、供給より需要が遥かに上回っていることを考えれば、適正価格……いや、安価であると言っても過言ではあるまいよ。いずれにせよ、大局的な視点で物事を考えられぬ其方に何を説いても時間の無駄であるな。ならば話を進めよう。もう一つの嘘とは一体何を指している」


「――名前。たぶんマヌエル・ライマンって名前は偽名。違う?」


 ライマンの――否、『マルセル』の目が大きく見開かれる。

 隠しきれない動揺と驚愕が、マルセルの表情にまざまざと現れていた。

 だがそれはほんの一瞬のこと。マルセルはその表情を笑みへと変える。


「私の名を?」


 マルセルの問いに対し、ディアは首を左右に振って答える。


「違う。私が視たのは貴方の魔力。貴方の魔力はわたしの魔力とほぼ同質のものだった。つまり貴方は――人間じゃない」


「……ふははっ、はははははははっ!!」


 狂喜に満ちたマルセルのおぞましい嗤い声が地下空間に響き渡る。


「そうか! そうであったか! 何たる幸運だ! まさか貴様から私のところに転がり込んで来てくれるとはな――神フロディアよ!」


 ディアの言葉と、マルセルから『フロディア』という名前が口から出たことで、俺はようやく確信に至る。


 ディアの神の力を封じた神器をマルセルが持っているということに。


 実のところ、俺はディアとマルセルが会話している最中に『神眼リヴィール・アイ』を使用し、その情報を既に除き見ていた。

 そして俺が視たものは……


 マルセル


 ???スキル『――』


 伝説級レジェンドスキル『拳聖セイント・フィスト』Lv9

 拳技向上、特効・悪、身体能力上昇・特大


 伝説級スキル 『地神魔法アース・フェイブル』Lv5

 土属性魔法の威力・魔力効率の向上、魔力量上昇・特大


 伝説級スキル 『神眼』Lv5

 情報の解析、情報隠蔽、動体視力上昇・特大


 英雄級ヒーロースキル『付与魔導師』Lv8

 生命体を除く物質へのスキル付与、魔力量上昇・大


 英雄級スキル『金剛堅固』Lv9

 物理攻撃耐性の上昇・大、基礎防御力上昇・大


 上級アドバンススキル『調教魔術』Lv5

 魔物の従属下(上限一体)・召喚、魔力量上昇・中

 ……etc.


 主だったスキル構成はこのようになっていた。

 その他は低位の治癒魔法と状態異常に対する耐性を各種揃えているくらいで、特筆すべきスキルはない。


 この情報を視た時、真っ先に目についたのは『マルセル』という名だった。

 マヌエル・ライマンではなくマルセル。

 散り散りに逃げ去っていった彼の部下たちは、確かに彼を『ライマン』と呼んでいたにもかかわらず、俺の『神眼』にはその名が表示されていなかった点を踏まえ、俺は二つの可能性を追っていた。


 一つはライマン本人ではなく、影武者の可能性。

 もう一つは普段から偽名を使っていた可能性。


 演技臭さを感じない部下たちの反応から鑑みて、可能性としては後者の方が高いと考えていた。伝説級スキルである『神眼』を持っていることも踏まえると、偽名だと見抜かれる可能性は極めて低いと言えるだろう。

 しかし、腑に落ちない点もあった。

 それは、偽名を名乗る理由だ。


 枢機卿という立場である以上、多くの人々の目に触れる機会は多々あっただろう。いくら可能性は低いとはいえ、偽名が露呈してしまうリスクが常につきまとうにもかかわらず、何故偽名を使ったいるのかが謎だった。


 しかし、マルセルが人ではないのなら納得がいく。

 十中八九、神器を身に宿したマルセルの寿命は人と同じではない。ともなると、同じ名前を使い続けたまま聖ラ・フィーラ教に、そしてノイトラール法国に居続ければ、人ならざる者として注目を浴びてしまうことになる。枢機卿などの影響力を持つ地位に就けば尚更だろう。

 当然その名前は歴史に刻まれることにもなる。

 仮に数十年単位で聖ラ・フィーラ教の高位に就いたとしても、同名の人物が何度も歴史に名を刻めば不思議に思う者が出てくるだろう。それを回避するために偽名を使っていると考えれば、十分納得のいく話である。


 その代わりに何故マルセルが聖ラ・フィーラ教に居続ける必要があったのかという疑問が湧いてくるが、それはマルセル本人に訊く以外に知る術は今のところない。


 それよりも今は別のところに注意を払わなければならないだろう。

 俺の『神眼』をもってしても、全貌を知ることが叶わない正体不明の――神話級ミソロジースキルに。

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