第306話 シャドウ・スライム
スライム。
種類や個体差こそあれど、基本的にそのサイズは女性の頭部ほどしかなく、半透明でゼリーのような弾力を持つ最弱に分類される魔物だ。
知能は低く、動きは遅い。これといった攻撃手段も持ち合わせておらず、駆け出しの新米冒険者でも討伐可能な魔物の一つ。それがスライムだ。
弱点も多く、特に斬撃や魔法に滅法弱い。身体の中心部にある小さな魔石を一突きするだけで容易に討伐することが出来る。
面倒な点を強いて挙げるとするならば、打撃耐性の高さくらいだろうか。それ以外に思い付かないほど、一般的なスライムは弱い。
しかしマルセルが召喚した真っ黒に染まったスライムは不気味な雰囲気を漂わせていた。
半透明ではなく完全な漆黒。コアにあたる魔石の位置すら確認出来ない。
俺の視線はマルセルにではなく、漆黒のスライムに引き寄せられる。いや、この場合はスライムから目が離せないといった方が正確かもしれない。
頭の中で警鐘が激しく鳴り響く。背筋が凍るほどの恐怖を俺はそのスライムに抱いていた。
目を離したら殺される。
不思議とそう確信させられた。故に俺はそのスライムから目が離せないでいた。
そしてスライムが現れてから数秒が経ち、突如として変化が訪れる。
俺の目とスライムの目が合ったのだ。
それは比喩なんかではない。紛れもない事実だ。
漆黒色に染まったスライムの身体から血走った眼球が現れたのである。それも一つだけではない。
一つ、二つ、三つとその数は瞬く間に増えていき、一秒にも満ちないうちにその数はスライムの全身を覆い隠すほどまで増えていった。
眼球が一斉に周囲を舐めまわすかのようにギョロりと動き出す。
その瞳には何の色も感じない。喜怒哀楽が抜け落ちた虚空の瞳だった。
おぞましさを感じながら俺は漆黒のスライムに向けて『
が、しかし、
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英#級%キル 『!◯&ζ』 LvΩ
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「――ッ」
激しい頭痛によって『神眼』の使用を途中で断念せざるを得なくなった。
頭痛の原因は脳が情報の処理に追い付かなくなり、オーバーヒートを引き起こしたのだろう。
大勢の人混みの中で『神眼』を使用した時にも同様の症状が出るが、この漆黒のスライムを視た時の頭痛の激しさは過去に類を見ないほどの激痛だった。
頭痛と目眩で足元がぐらつかせながらも、俺はスライムに視線を向けたままマルセルに問い掛ける。
「何だ……これ、は……」
声が掠れ、呟きに等しいほどの声しか出せなかったものの、マルセルの耳にはしっかりと届いていたらしい。マルセルは笑みをその口元に浮かべ、愉しげに口を開く。
「見ての通りスライムである。ただし、シャドウ・スライムという希少種だがな。その能力は再生と変形しかなく、本来は希少なだけで体内にある魔石を破壊するだけで簡単に死に至る脆弱な魔物でしかないが、特別な『餌』を食わせてやればそれなりに使える魔物へと変貌するのだよ」
スライムは雑食の魔物だ。
植物や魔物、動物の死骸だけではなく、排泄物なども養分とする悪食である。だが、それだけの存在でしかない魔物だ。
食べるだけで強くなるなどということはなく、単に生きるためだけに食しているに過ぎない。例外として、ある一定の物を摂取し続けると極稀に別種のスライムへと進化する可能性があるということは耳にしたことはあるが、所詮はスライム。マルセルが言う『使える魔物』に変貌するとは考えにくい。
しかし、目の前にいるシャドウ・スライムはどうだろうか。
俺の『神眼』をもってしても、その全貌が全く見えてこない異常とも言えるほどの莫大な数のスキルを持つ化け物になっている。
一体何を与えればこのような化け物が生まれるのか。
そんなことを考えていた俺の表情を読み取ったのか、マルセルは自慢げにヒントを告げてきた。
「どうやらまだ『餌』の正体に辿り着けていないようであるな。だがそれも仕方がないと言えよう。私の力がなければその『餌』を用意出来ぬのだからな」
「まさか……貴方……」
真っ先に声を上げたのはディアだった。
その声は震え、嫌悪感と怒りを剥き出しにしているあたり、ディアは答えに辿り着いたのだろう。
「ようやく気付いたようであるな。さすがはフロディアと言ったところか。それで、仲間に教えてやらんでいいのか?」
「……言われるまでもない。二人とも聞いて。あのスライムの『餌』は人の命……ううん、スキルそのものだと思う」
「餌がスキル? それってどういう――」
俺の言葉を遮るようにパチパチとマルセルから拍手が鳴る。
その拍手が気に障ったのか、それともまた別の理由によるものか、ディアの表情が一層険しいものへと変化した。
「正解だ。なに、そう嫌そうな顔をするでない。私は有効活用したに過ぎぬ。『
「……人の命を弄ぶ貴方をわたしは絶対に許さない」
「心外であるな。先も言ったであろう? 有効活用だ、と。長話が過ぎた。竜族の女はこやつに任せるとしよう」
マルセルの言葉が合図になったのか、シャドウ・スライムはその形をみるみるうちに変えていく。
小さなゼリー状の漆黒の身体がぼこぼこと次々に膨れあがり、そして最終的にそれは人の形を成した。
漆黒色の全身の至るところに眼球を飾り付けたおぞましい人の姿へと。
ただし、腕から先だけは人のそれとは似ても似つかない。
指はなく、両腕から先は鋭そうな片刃の剣を模していた。
「主よ、この黒い魔物は私に任せるがいい。楽しませてくれそうだしな」
拳を鳴らし、フラムは一歩前に進み出る。
フラムは確かに笑みを浮かべていた。しかし、その表情にはどこかいつもの余裕がないようにも見える。
「フラム、本当に大丈夫なのか?」
「うーむ……剣はないし、魔法も使えないからなぁ。まぁ多少時間は掛かるかもしれないが、問題はないと思うぞ。だが、主の手助けをする余裕まではなさそうだ。――ディアよ、主を任せたぞ」
「うん、任せて」
口調とは裏腹に、フラムはシャドウ・スライムを相当警戒しているようだ。フラムがディアに『主を任せた』なんて言っていたことがその何よりの証拠だろう。
「……さて。まずは手始めに――力比べといこうではないかっ!」
こうしてフラムとシャドウ・スライムの戦いが始まった。
フラムの言葉に嘘は無かった。
すぐさま殴り合いをすると思いきや、フラムはシャドウ・スライムの剣を模した腕に掴みかかり、言葉通り力比べを始めようとする。
しかしシャドウ・スライムがそれに応じることはなかった。
フラムの伸ばした手を身軽に回避し、フラムの首を目掛けて剣を模した腕を振う。
スライムらしからぬ速度で振るわれた腕をフラムは身体を横に傾け、余裕をもって回避した。
が、しかし……、
――ハラリ。
フラムの紅い髪が宙を舞い、そして床へと落ちていく。
「……ほう。完全に避けたつもりだったのだがな」
回避は余裕で間に合っていた。
シャドウ・スライムの腕の形状が変わっていなければ。
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