第289話 警鐘
「……時間だな。エルミール、エドワール、準備はいいか?」
懐から取り出した懐中時計で時刻を確認したレーガーは、瓜二つの双子に声を掛けた。
自身が院長だった孤児院の孤児だった姉弟は、面影はそのままに、今となっては立派なSランク冒険者となった。
だがレーガーからしてみれば、いくらSランク冒険者になったと言えど、愛する我が子であることに変わりはない。
故に思う。
双子の姉弟を巻き込むべきではなかったのではないか、と。
モヤモヤとした想いがレーガーの胸をざわつかせる。
しかしそんな想いは、双子の姉弟の頼もしい顔つきを見て、一瞬で霧散していった。
「私たちはいつでも行けますわ。ねぇ? エドワール」
「うんっ! 僕とエルミール姉様にかかれば、どんな相手が来たって負けたりしないよ」
「はは、そうか。本当に……本当に頼もしくなったなぁ」
「先生? どうかなされたのですか?」
紅介たちがいないこともあって、エルミールは無意識の内に『レーガー枢機卿』ではなく、親しげに『先生』と呼んでいた。
「いや、少し昔のことを思い出していただけだ。ではそろそろ行こうか」
「「はい」」
二人の返事を合図に、物陰から姿を現す。
フルフトバーカイト教会の正門までは、ここから歩いて一分もかからない。
三人はゆっくりと、そして堂々とした足どりで歩き出した。
正門を挟むように配置された松明の灯りを三人は視認する。
「……おかしい」
歩みを止めぬままレーガーはそう呟いた。
「そうですわね。門番が二人だけだなんて些か無用心……いえ、きな臭さを感じますわ」
「うん、僕もそう思った。罠、なのかもしれないよ、エルミール姉様」
教会はもう目と鼻の先。
しかし、視認できる人影は二つだけ。それがどうしても不気味に思えて仕方がない。自然と姉弟の足どりは重くなっていく。
だがレーガーだけは毅然とした態度を保てていた。
「大丈夫だ。まだこちらは何も悪いことはしていない。安易に手を出してくるような真似はしてこないだろう」
レーガーが毅然とした態度を保てていたのは、自身が枢機卿という地位にあるが故のものだった。
枢機卿である自分に対し、そう簡単には手は出せないだろうという軽率過ぎる憶測。戦いというものを全く理解していない愚者の思考を持ってしまっていた。
(先生……それは甘過ぎる考えですわ……)
エルミールはそう危惧しつつも、それを口にすることはなかった。
戦いになれば、あくまでも戦うのは自分たち姉弟だけであり、レーガーがどんな考えをしていたとしても、然程戦いには影響がないと割り切ったからだ。
むしろ考えの甘さを指摘してしまえば、レーガーは姉弟の身を案じ、引き返そうと言い出しかねない。そう思ったからこそ、口にすることはなかったのであった。
「そうなることを願いますわ」
取り繕った笑みをエルミールはレーガーに向けた。
レーガーを先頭に、正門の前に三人は到着した。
門番の姿を確認すると、やはりと言うべきか、普段門番を任されている聖ラ・フィーラ教の信徒ではなく、シュタルク帝国の兵であった。
レーガーは、あえて気付かぬふりをして門を堂々と通り抜けようと一歩踏み出す。
しかし――
「現在、フルフトバーカイト教会への立ち入りは禁じられております。どうぞお引き取りを」
淡々とした口調で、門番の一人がレーガーたちの立ち入りを拒否してきた。
「禁じられている? そのような話を耳にした覚えも、命令を下した覚えもないが? そもそもここはノイトラール法国だ。シュタルク帝国の兵が出しゃばるべきではない」
「ライマン枢機卿猊下から協力要請を受けております。どうぞお引き取りを」
まるで機械仕掛けの人形のように感情が見えない返答を繰り返してくる門番に嫌気が差してくるが、レーガーはそれを堪える。
「私は聖ラ・フィーラ教の枢機卿、ボーゼ・レーガーだ。其方らがいくらライマン枢機卿から協力要請を受けたとはいえ、私の出入りを制限する権利は、其方らにもライマン枢機卿にもない。入らせてもらおう」
これ以上の問答は不要とばかりに、レーガーは門番と門番の間を通り抜けようと、再度足を一歩踏み出した。
だが、門番はそれを許さない。
手に持っていた槍と槍を交差させ、レーガーの侵入を阻んだ。
「……何の真似だ?」
「お引き取りを。さもなくば、力を持って排除させていただくことになります」
門番とレーガーの視線が交錯し、火花を散らす。
そんな二人の様子をエルミールは一挙一動見逃さぬよう、真剣な眼差しで見つめつつ、頭の中では思考を巡らせていた。
(面倒なことになったわね……。このままでは向こうに大義名分を与えることになりかねない)
エルミールはこの時、ライマンのやり口を的確に見抜いていた。
レーガーが先に手を出すよう仕向けることで、仮にレーガーを殺害することになったとしても、最低限ではあるが、言い訳がたつようにライマンは画策していた。
無論、強引過ぎるやり方だと言わざるを得ないものだが、それでもレーガーが手を出したという事実があれば、ライマンは大義名分を得ることが可能となる。
さらに面倒な点を付け加えると、門番を任されているのがシュタルク帝国の兵であるということだ。いくらライマンから協力要請を受けたとはいえ、もしシュタルク帝国の兵に死人を出せば、外交問題に発展しかねない。ライマンの派閥の者は勿論のこと、派閥に属さない者も手を出したレーガーを糾弾してくるに違いない。
(本当にやりたい放題やっているのね、ライマンという男は。先生の立場を悪くしないためにも、ここは私たちが出るべきでしょうね)
エルミールは隣に立つエドワールに視線で合図を送ってから、レーガーを自分たちの後ろへと移動させ、門番の前に出た。
「私たちはここに用があるの。通してちょうだい」
「……」
返事はなかった。
しかしその代わりに、門番の持つ槍がエルミールたちにそれぞれ向けられる。
言外に『これ以上近付くことは許さない』と警告を発していた。
(残念だけれど、戦う以外に選択肢はなさそうね)
エルミールは警告を無視し、更にもう一歩前に進んだ。
その瞬間、エルミールの胸元を目掛け、槍が突き出された。
――キィィッン!
金属で金属を打ち叩いたかのような甲高い音が鳴り響く。
音が鳴り止むと、そこには穂を失った槍を持った門番が呆然と立ち尽くしていた。
「なっ……」
「ふふっ。貴方の槍が私に届くとでも思ったかしら?」
「――このッ!」
怒りで我を失ったもう一人の門番がエルミールに槍を突き出す。が、それも届くことはなかった。
「もう武器は持っていないようだけれど、それじゃ門番は務まらないのではないかしら? だからもう――大人しく寝ててちょうだい?」
ニコリと笑みを浮かべたエルミールの姿を見た門番は、その光景を最後に地に倒れ伏し、意識を失った。
「お疲れ様、エドワール」
「こんな奴ら、僕に掛かれば余裕だよ、エルミール姉様」
双子の姉弟がやったことは至ってシンプルなことだった。
会話をすることで意識をエルミールに集めている隙に、エドワールが『念動力』と『多重加速』を使用した。ただそれだけである。
槍には、武器屋で特注で作ってもらった小さな金属球を。
門番の後頭部には、そこらで見繕った小石を。
どちらも緻密な制御が必要となるが、Sランク冒険者である『比翼連理』にとっては、出来て当然のことでしかなかった。
「さて、とりあえず邪魔者は排除したわけだけれど――」
エルミールの言葉が最後まで告げられる前に、それは起きた。
教会の鐘とは音色の違う、けたたましい鐘の音が鳴らされたのだ。
「……これで終わってくれるわけがないわよね」
わかってはいたものの、ため息を吐かずにはいられなかった。
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