第288話 保険
「……良かった。二人とも無事で」
宿に戻ってきた俺とフラムを真っ先に出迎えてくれたのはディアだった。そして無傷の俺とフラムの様子を目にし、ホッと安堵の息を吐いていた。
「心配かけてごめん、ディア。見ての通り、俺とフラムは無傷……なんだけど……」
俺のミスでこうなってしまった以上、どうしても歯切れが悪くなってしまう。なかなか続きの言葉が口から出ててきてくれない。
そんな様子の俺を見越してか、エルミールが先に口を開いた。
「コースケの落ち込みようから察するに、敵に逃げられてしまったのかしら?」
「ある意味そうかもしれない。あの世に、だけど……」
エルミールの言葉を切っ掛けに、俺は事の経緯を大雑把に説明していった。
「……驚いた。二人が油断していた隙に自爆してきただなんて、とんでもないことを仕出かされたわね。爆発に巻き込まれたにもかかわらず、怪我一つしていない貴方たちにも驚いたけれど。……まぁいいわ。それより、これからどうするべきか話し合いましょう。場合によっては、計画そのものを一から練りなおさなければいけないでしょうし」
あれだけ激しい爆発音が静まり返った真夜中に響き渡ったのだ。当然ライマンも爆発音を耳にしたに違いない。
そして爆発音を聞いたライマンは教会の警備を厚くしてくるだろう。ともなれば、計画そのものが破綻しかねない恐れがある。厳重に敷かれた警備を掻い潜ることが果たして可能なのか。正直、怪しいと言わざるを得ない。
エルミールの問い掛けに対し、最初に口を開いたのはレーガー枢機卿だった。
「まず決めるべきは、予定通り計画を実行するかどうかだろう。私としてはこのまま実行に移すべきだと考えている。無論、リスクが格段に跳ね上がってしまっていることは承知しているつもりだ。だがそれでも、遠征で大半の兵が出払っている好機を逃す手はない。いや、逃すことは出来ない。皆からしてみれば、火中の栗を拾いにいくようなものかもしれないが……」
今回の場合、『火中の栗を拾う』と言うよりかは『飛んで火に入る夏の虫』と喩えた方が適切な気がするが、そんなことはどうでもいいことだ。置いておこう。それよりも今は計画を実行するか否かを考えるべきである。
「私たち『比翼連理』は、レーガー枢機卿の意思に従うつもりよ。如何なる危険が待ち受けていたとしても、ね。コースケたちはどう考えているの?」
「わたしはこうすけに判断を任せる」
「私もだ。主が好きに決めればいいと思うぞ」
気が付くと、全員の視線が俺に集まっていた。
つまるところ、最終判断は俺に委ねられたと言っても過言ではない。
重責がのしかかる。だが俺は、確固たる意思をもって、こう宣言した。
「俺は今すぐにでも計画を実行するべきだと思ってる」
ライマンの手の者が轟音を響かせて自爆したことで、ライマンはこちらに動きがあったことを把握したに違いない。それに伴い、警備はより厳重なものになるだろう。
しかし、それでも俺は計画を実行するべきだと主張した。
理由は二つ。
一つはレーガー枢機卿と同様に、遠征で兵が出払っている好機を逃す手はないと考えたからだ。
そしてもう一つの理由は、相手がこちらに仕掛けてこないという保障がないからである。
こちらの動きが気取られてしまったことからも、その危機感は高まる一方だ。下手をしたら、既にここに差し向けるための兵を集めている最中かもしれない。
そんな危機感から、俺は計画を即時に実行するべきであると主張したのである。
「では、全員の意見が一致した、と考えていいだろうか?」
レーガー枢機卿の問いに、俺を含めた全員が頷く。
「そうと決まれば、行動を始めよう。向かう場所は――フルフトバーカイト教会だ」
囮役を務めるレーガー枢機卿と『比翼連理』の二人を見送った後、俺たち『紅』の三人は暗闇に紛れつつ、フルフトバーカイト教会を目指す――その前に、近場にある路地裏に来ていた。
周囲に人の反応がないことは既に確認済み。ここで今から行われることは、ここにいる俺たち以外知る由もない。
「フラム、頼んだ」
「うむ、任せるのだ」
返事と共に、石畳の上に紅く小さな魔法陣が展開される。
フラムが展開した魔法陣の正体は
呼び出した者は他の誰でもない。イグニスである。
「ご壮健のようで何よりでございます。それで、私めは一体何をすればよろしいのでしょうか?」
何の説明もなく一方的に呼び寄せたにもかかわらず、嫌な顔一つせずに状況の把握に取りかかるイグニス。何とも頼りになる男である。
「イグニスよ、お前には今から子守りをしてもらうつもりだ」
「子守り……でございますか?」
流石のイグニスでも、フラムの大雑把過ぎる命令に首を傾げていたため、フラムに代わって俺が補足説明をすることにした。
「急に呼び出してごめん、イグニス。実はイグニスにお願いしたいことがあるんだ」
「何なりとお申し付けください」
「ありがとう。それでイグニスには、ある三人を陰ながら守ってあげてほしいんだ」
「承知致しました。ですがその前に、御三方のお名前をお伺いしても?」
イグニスに『比翼連理』とレーガー枢機卿の名前と特徴を説明していく。
「かなりざっくりとした説明しか出来なかったけど、大丈夫かな?」
「問題ございません。王都を拠点とするSランク冒険者パーティーの情報は全て記憶していましたので」
イグニスなら『比翼連理』のことを当たり前に知っている気がしていたこともあり、驚きは然程なかった。むしろその優秀さに慣れつつあるほどだ。
「早速で悪いけど、イグニスは先に教会へ向かってほしい。教会の位置は――」
指を差して大まかに教会の位置を教える。建物の大きさや特徴からして、道に迷うことはまずないだろう。イグニスであれば、なおのこと心配はいらないはずだ。
「皆様、ご健闘を。それでは失礼致します」
それだけを言い残し、イグニスは闇夜に溶けて消えた。
「イグニスなら心配はいらないだろうし、俺たちもそろそろ向かおうか」
「うん」
「うむ! 奴は優秀だからなっ」
まるで自分のことのようにフラムは自慢気に胸を張っていた。
フラムに頼んでイグニスをわざわざ呼び寄せてもらった理由は、万が一に備えてのものだった。
相手の戦力がどれほどのものなのかわからないため、もしかしたら『比翼連理』の二人だけでは対処不可能な事態に陥るのではないかと懸念し、保険を掛けることにしたのである。
この件に関しては、事前にディアとフラムには伝えていたが、レーガー枢機卿と『比翼連理』には伝えていなかった。無論、信用出来ないから、という理由からではない。
伝えなかった理由は一つ。
俺たち『紅』と『比翼連理』の関係に亀裂が入ることを避けるためだ。
もし俺が『『比翼連理』の実力じゃ対処出来ないかもしれない』などと口にしようものなら、俺たちを嫌っているであろうエドワールが反発してくることは火を見るより明らか。
エルミールなら理解してくれそうな気はするが、それでも多少は気分を害してしまうだろう。故に黙っておくことにしたのだ。
イグニスには悪いが、イグニスの出番がないことを祈りつつ、俺たちは裏路地を後にし、颯爽とフルフトバーカイト教会へ向かったのであった。
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