第287話 気の緩み
「十中八九、つけられていたのは私だろうな。……面目ない」
レーガー枢機卿は大きなショックを受けると共に、自身の不甲斐なさを嘆いていた。顔色もかなり悪い。
それもそのはず、襲撃計画が実行直前に漏洩してしまった可能性が高いのだ。当然ながら、作戦の成功率は下がってしまうだろう。
しかし、俺は特に気にしていなかった。不安がないと言ったら嘘になるが、この件に関しては想定の範囲内だった。
レーガー枢機卿がつけられていようがいまいが、レーガー枢機卿の行動が筒抜けになっていたであろうことは想像に難くない。
現に、シュタルク帝国から援軍らしき兵士たちがノイトラール法国に来ていたことからも、ライマンは元よりこちらの動きを警戒していたと見るべきだ。今更監視されていようが、大して警備に差異はないだろうと俺は考えていた。
だが、このまま無視するという選択肢はない。
「少し席を外します」
一言そう言い残し、椅子から立ち上がる。すると、ニヤリと口元に笑みを浮かべながら、フラムも立ち上がった。
「主よ、面白そうだし、私もついていくぞ。一人より二人の方が良いだろう?」
一人でも問題はないと思うが、ここはフラムのご機嫌取りを含めて協力してもらうことにする。それに、相手も二人なのだから。
「わかった。それじゃ、行ってくる」
何か言いたげな様子のエルミールをそのままに、俺とフラムは外に出た。
「フラム、転移を使うから俺の肩に掴まってくれ」
「わざわざ転移を使うのか? あの程度の距離であれば、ひとっ飛びで行けるぞ?」
敵との直線距離は、およそ百メートル。
俺とフラムの身体能力をもってすれば、数秒で潰せる距離でしかないが、万が一逃げられてしまっては面倒なことになることから、ここは出し惜しみなしでいく。
「転移の方が速いし、確実だしね。あ、それと先に言っておくけど、殺さないようにしてほしい。捕まえて色々と話を聞きたいから」
「うむ、了解した。捕まえて拷問にかけるのだな。その際は私に任せろ」
拷問にかけるとまでは言っていないのだが……今は気にしないでおこう。
フラムが俺の肩に掴まったことを確認し、俺たちは曲者がいる建物の屋上より遥か上空に転移した。
視界が一瞬で切り替わる。それと共に、心臓が浮き上がる感覚が押し寄せてくる。
「――よ、着地――せたぞ!」
風切り音でフラムの言葉が聞き取り難かったが、言っていることは大体理解出来た。少し疑問に思うところはあったが。
「……? わかった!」
眼下に慌てた様子の曲者の姿をとらえる。
どうやら俺とフラムが突然姿を消したことで、気が動転しているようだ。
俺は風系統魔法を使用し、真下にいる曲者二人を巻き込む形で空気の塊を叩きつける。
「――ぐっ!」
突然の暴風に曝され、呻き声を上げつつ、腕を盾に目を覆い隠す二人。
その隙に俺とフラムは空気の塊をクッションに、悠々と屋上に着地。そして瞬く間に曲者たちの背後にそれぞれ回り、腕を固めた。
「ふぅ……。主よ、危うかったぞ?」
ジタバタと暴れる曲者を無視して、フラムは意味不明なことを言い出した。
「え? 何が?」
「着地の時のことだ。危うくこいつらを踏み殺すところだったぞ」
「あぁ……そういうことだったのか」
フラムなら一人でどうにでも対処出来るとは思っていたが、なるほど納得の理由である。
さて、それより問題はこの二人だ。
俺の腕から離れようと未だに暴れ続けているが、能力からしてそれは不可能。
俺が捕らえた男が持つスキルは『望遠』と『透視』の二つ。監視役としては、うってつけのスキル構成をしているが、その分戦闘能力は皆無と言える。いくら足掻いたところで、俺から逃げられるわけがない。
そしてフラムが捕らえた男は、というと――
「貴様! 私を誰だと思っている! このような真似をして、ただで済むと思うな!」
「知らんし、興味もない。だがその言葉、そっくりそのまま返してやろう。私を誰だと思っている?」
強烈な威圧感がフラムから放たれる。
塵芥を見るかのようなフラムの冷酷な眼差しに、男は恐怖で身体を震わせる。
「わ……わ、私は、ノイトラールほ、法国の……」
「二度言わせるな。貴様に興味はない。大人しく眠っていろ」
フラムは後ろに固めていた男の腕を一度解くと、男をくるっと半回転させて正面を向かせ、右の掌底で顎を打ち抜いた。
糸が切れた操り人形の如く男は全身を脱力させ、意識を失った。
「全く……本当に五月蝿い男だったな。主よ、こいつも連れていった方がいいのか? 起きたらまた騒がしくしそうで嫌なんだが……」
「偉そうな素振りを見せてたし、連れて帰って情報を――」
怠慢、慢心、油断、自惚。
相手を侮っていたがばかりに、それは起きた。
「――ふは、はははははッ!」
俺が捕らえていた男は自暴自棄に嗤った。
「ライマン枢機卿猊下に、神ラ・フィーラ様の祝福あれッ!!」
いつの間にかに男の左手には、魔石が埋め込まれた筒状の黒い何かが握り締められ、祈り言葉と共に魔石が仄かに赤く光始めていた。
そしてそれは突如として――爆ぜた。
轟音が耳を貫く。
爆風が吹き荒れる。
火薬の匂いが満ち広がる。
黒煙が立ち上る。
大穴が空いた屋上には、俺とフラムだけが無傷で残っていた。
捕らえていた男たちの姿はそこにはもうない。血溜まりと、赤黒い肉片だけが残されていた。
「……」
「主よ、無事だったみたいだな」
呆然と立ち尽くしていた俺は、フラムの声で我を取り戻し、慌てて周囲を見渡す。
「……大火事にはなってないか」
石造りの建物だったことが幸いしてか、小火程度で収まっていた。すぐさま俺は小火を水系統魔法で消火し、応急措置として屋上に出来た大穴を土系統魔法で塞いだ。ちなみに俺たちがいる建物の中は無人だったため、死傷者は二人を除いて他にはいなかった。
「くそっ……完全に油断した。まさか自爆するなんて……」
無意識の内に拳を強く握り締め、手のひらに爪を立てていた。
ポタポタと血が拳から零れていくが、出血はスキルの力によってすぐに止まる。
「油断していたのは主だけではない、私もだ。それより主よ、早くこの場から立ち去った方が良いのではないか? どんどんと人が集まってくるぞ」
あれだけの轟音が鳴り響けば、嫌でも人が集まって来てしまうものだ。『気配完知』も、この場に近付く多くの人々の反応を捕捉していた。
「……戻ろう」
後味の悪い結果となってしまったが、このままここに留まるわけにもいかず、俺とフラムは転移を使って、ディアたちが待つ宿へと戻った。
―――――――――――――――
真夜中に響いた爆発音はフルフトバーカイト教会にまで届いていた。
「……ほう。見事に務めを果たしてくれたようであるな。大儀であった」
ライマンは他に誰もいない自室で労いの言葉を声に出して呟いた。
基本的にライマンは、部下を駒としか考えない性格の持ち主である。だが、今回の労いの言葉だけは、嘘偽りのない本心からきたものだった。
自爆した者は所詮駒でしかない。けれども大役をやってのけたのだ。役立った者に労いの言葉を掛けてやる程度には、ライマンの性格は無慈悲なものではない。
(やはり今宵動くつもりであったようだな、レーガー。だが、私の手の者が知らせを届けてくれた今、貴様はどう動く。動かぬようであれば、こちらから動くのも一興かもしれぬな)
ライマンはハンドベル型の魔道具を鳴らし、部下を呼び寄せる。その部下とは無論、シュタルク帝国から来た者であった。
「お呼びでしょうか、ライマン様」
「全兵士に伝えよ。襲撃に備えよ、と」
「はっ。かしこまりました」
部下が退出し、部屋に一人残ったライマンは、テーブルの上に置いてあったワイングラスを手に持つと、芳醇な香りを放つ紅色の葡萄酒を一息に飲み干した。
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