第270話 敵情視察
「こうすけ、この後はどうするの?」
ディアが購入した服が詰まった袋を預り、アイテムボックスにしまっていると、そんな疑問が投げ掛けられた。
「んーそうだなぁ……」
現在の時刻はまだ昼前。
買い物だけで一日を終わらせてしまうには、あまりにも早い時間帯。このままでは少し早い昼食を取ったとしても、暇を持て余してしまうだけだ。
有り余った時間を有効活用すべく、俺は回りの悪い頭を懸命に働かせる。
まず最初に考えるべきは、どのようにしてディアの『教会へ行きたい』という願いを叶えるかどうかである。
あくまでも俺の憶測に過ぎないが、ディアは『
もしかしたら自分がどのように人々に語り継がれてしまっているのか気になって仕方がないのかもしれない。例えそれが悪名だとしてもだ。
もし俺がディアの立場だったら教会に近寄ろうとは絶対に考えないだろう。教会にいったところで、やってもいない罪を被せられていることを知るだけになるだろうことは想像に難くないからだ。
当然そんなことはディアも理解しているはず。
しかし、ディアの気持ちは教会に傾き続けているようだ。
「時間があるのなら、わたしは一度教会の近くに行ってみたい。さっき買った服に着替えれば怪しまれずに近付くことくらいは出来ると思うから。……だめ?」
この場面で上目遣いをしてくるなんて反則である。意図的かそうでないかはどうあれ、俺に対しては効果抜群。『形態偽装』の仮面を着けた状態ではなく、素顔のまま上目遣いをされていたら、簡単に『いいよ』と首を縦に振ってしまっていたに違いない。
「うぐっ……。ダ、ダメです」
何故か変な言葉遣いになってしまう俺。だが辛うじて縦に振りかけていた首にストップを掛けることに成功する。
「……残念」
がっくしとディアは項垂れているが、何の考えもなしに早計に教会へ足を運ぶことなど到底出来やしない。教会へ行くにしても慎重を期して行動すべきである。
そこで俺は、ディアに一つの提案を行うことにした。
無論、その提案はディアにとって悪いものではない。不満を抱くことはあるかもしれないが。
「ディアが教会に行きたい気持ちは理解してるつもりだし、どうにかしてあげたいとも思ってる。だからこうしよう。俺が一度一人で教会を偵察してくる。結果次第だけど、その後に三人で教会へ行こう」
結果次第とは勿論、そもそも教会に入ることが可能なのか、そして安全であるか否かを見極めてから、という意味に他ならない。
そして、その意味をディアが違えることはなかった。
「……うん、わかった。こうすけ、無理はしないでね」
そう返事をしたディアは渋々といった様子ではなさそうだ。どちらかといえば、喜びの感情を頑張って抑えつけているといった風に見える。
「もちろん。というわけで、着替えなきゃいけないし、一旦宿に戻ろうか」
二人の了承を得て、俺たちは一度宿へと戻ったのであった。
二人に留守番を任せ、全身真っ白な衣服へと着替え終えた俺は、早速教会の近くを彷徨いていた。
ちなみに俺の服装は、白い厚手のワイシャツに白のパンツルックスタイルだ。寒い時季に差し掛かっているため、端から見ると寒そうに思われるかもしれないが、俺にはスキルによる耐性があるため、寒さは問題にはならない。
時間が時間ということもあり、周囲には大勢の人々が行き交っていたため、偵察するにはもってこいの状況。そして真っ白な衣服を身に纏っているおかげか、俺に対して不自然な視線を向けてくる者の気配は一切感じられない。
出だしは上々。
後は信者を装いながら教会の偵察を行っていくだけだ。
当然ながら、今の段階で教会の中へ入るつもりは俺には毛頭ない。今回の偵察の目的は、あくまでも教会の中へ簡単に入ることが出来るかどうかを知ることにあるのだから。
教会の敷地は二メートルほどの高さの白色に塗られた鉄柵でぐるりと囲われており、遠目で見る限り一般人が教会に出入りするためには、警備員らしき者たちが左右に立っている正門を潜らなければならない仕組みとなっているようだ。
俺は教会から少し離れた見通しの良い場所で、望遠の能力を持つ『魔眼』を発動し、正門から教会へ入っていく人々をくまなく観察していく。
その結果、わかったことが二つある。
一つは、正門を潜るには身分証が必要だということ。
正しく言うならば『身分証らしき物』だろうか。
何故『らしき物』なのかと言えば、門番にカード状の物を提示し、許可を得た者だけが門を潜ることを許されているようなのだが、見たところそのカードは俺が今まで一度も見たことがない謎の白いカードを提示している者がほとんどだったからだ。
あくまでも俺の推測に過ぎないが、その白いカードの正体はおそらく聖ラ・フィーラ教の信者であることを証明するカードだと思われる。
どのようにしてそのカードを入手することが出来るのかまではわからないが、そのカードさえあれば教会に入ること自体はそう難しいことではなさそうだ。
そしてもう一つ判明したことは、冒険者が教会の敷地に入ることが許されていないということ。
見るからに冒険者然とした者が冒険者カードを門番に見せたところ、否応なしに追い出されていた光景を俺はつい今しがた目撃した。
当然のように追い出された冒険者は、激しく抗議の声を上げていたようだが、抗議も虚しく相手にされていない様子だった。
その激しいやり取りから察するに、普段であれば冒険者カードでも教会内に入ることが出来ていたのだろう。だが裏を返せば、『今』は冒険者カードでは入ることが許されないということに他ならない。
残念ながら確証までは得られてはいないが、それでもこれらの情報は十分に有益なものであると言えるだろう。
特に冒険者に対して入場制限がかけられていると知ることが出来たのは大きい。
考えるまでもなく、冒険者に制限がかけられた理由が俺たちにあることはまず間違いないだろう。
しかし、いずれにしろ冒険者カードしか身分証になり得る物を持っていない俺たちでは、教会に入ることは困難なものであると言わざるを得ないのもまた事実。
この問題を如何に解決するかが鍵となってくる。
冒険者カードは使えない。だからといって商いをする予定がない俺たちが商人ギルドで新たに身分証を作ることは商人ギルドの制度上難しい。
何故なら冒険者ギルドとは違い、商人ギルドは簡単に商人登録をすることが出来ない仕組みになっているからである。
商人登録している人物からの紹介や、商売計画書の提出などといった様々な条件があり、そのいずれかを満たさない限り商人登録が出来ないようになっているのだ。最悪、といったら失礼な言い方になってしまうが、知り合いの商人であるロンベルさんに頼めば条件を満たすことは可能だろう。無論、そのためには一度王都に戻る必要があるが、その点に関してはゲートを使えばどうとでもなる。
しかし、大商人になりつつあるロンベルさんに、そう簡単にアポイントが取れるのかと問われれば、疑わしいと答えざるを得ない。それに何より手間が掛かりすぎてしまう。
次に『比翼連理』と会う約束をしているのは四日後。時間は然程残されてはいない。
故に俺は、正攻法ではない全く別の方法で教会の中に計画を立てる。
その方法とは、俺の力を知る人物であれば至って簡単に思いつくもの。
そう――それは『転移』である。
不法侵入でしかないが、この際仕方がないと割り切るしかない。
しかし『転移』で簡単に侵入出来るとはいえ、問題がないわけではない。
教会は壁ではなく鉄柵で囲われているため、見つからないよう転移先を探す必要があるからだ。
鉄柵を越えるだけであれば転移など使わずに跳べばいいだけ。だがそれではすぐに見つかってしまうのが落ちだ。
従って俺は、転移先になりそうな死角を探すべく行動を開始したのであった。
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