第269話 束の間の休息

 ボーゼ・レーガー枢機卿が居なくなったこともあり、次に会う約束を交わした後、その日は解散することになった。


 俺たちは先日に引き続き法国一の宿を二部屋借り、俺は一人ベッドで横になりながらぼんやりと今後の展望を考えていた。


 次に『比翼連理』の二人と会うのは五日後。

 この空いた五日間で各パーティーごとに情報収集を行い、そして再度話し合いの場を設ける予定になっている。

 しかし、情報収集と一言で言っても容易ではないことだけは確かだ。

 取っ掛かりもなければ、頼れる伝手もない。何かしらのアクションをおこすのであれば、例の広場を探索してみるか、もしくは聖ラ・フィーラ教の総本山である教会に足を踏み入れるかになるが、正直どちらもかなりのリスクを伴うことになるだろう。

 そして何より気掛かりなのが監視者の存在だ。

 フラムが対処してくれてからというのもの、監視されている気配はまるで感じないが、用心するに越したことはない。

 ここは万が一に備え、派手な動きを見せない方がいいのかもしれないといった弱気な考えが脳裏を過っていく。


「……どうしたもんかな」


 照明が落とされた薄暗く広い部屋で俺は白い天井を見上げながら独り言を呟き、瞼を閉じた。




 翌朝、宿のロビーでディアとフラムと合流を果たす。

 二人の顔色からして、どうやらぐっすりと眠れたみたいだ。ディアに関して言えば『形態偽装』の仮面を着けていることもあり、何となくそう思ったに過ぎないが。


「おはよう、こうすけ」


「ふぁ〜ぁ……。おはようだ、主よ」


「おはよう、二人とも。さて、それで今日はどうしようか? 何か案がある人はいる?」


 何か良案はないかと昨夜頭を働かせてみたが、結局何も思い浮かばなかった俺は、情けないと思いながらも二人に今日の予定を委ねることにしたのである。


「んー案と言われてもな。私としては力業でサクッと終わらせたいところだ」


 フラムの考えは情報収集どうこうではなく、今日で全てを終わらせたいといったもの。後先を考える必要がないのであれば、それも一つの手かもしれないが、そうはいかない。

 相手は小さいながらも歴とした一国家なのだ。盗賊やごろつきを相手にするのとは訳が違う。力押しだけで事を進めることなど到底無理な話だ。

 例え『治癒の聖薬リカバリーポーション』の生産工場を見つけ、破壊出来たとしても、その先に俺たちを待っているのは犯罪者の烙印。

 この世界に国際指名手配のようなものがあるかは知らないが、もしあったとしたら確実に犯罪者として世界各国から追われることになってしまうだろう。

 そうならないためにも俺たちは大事にならないよう秘密裏に動く必要がある。

 後始末はボーゼ・レーガー枢機卿に任せるにしても、あまりにも派手に動いてしまえば、それも難しくなってしまうことは明らか。

 従って俺たちの目標は、目立たずに『治癒の聖薬』の生産を止めることになる。


「気持ちはわからないでもないけど、却下かな。いくらなんでも目立ちすぎるし、フラムが暴れたら無関係な人まで巻き込みかねないからさ」


「力の制御にはかなりの自信を持っているが、確かに主の言う通り、敵とそうでない者の区別がつかないか」


 フラムを納得させることには成功したが、今日の予定については未だに白紙のまま。俺は案を求めて視線をフラムからディアに移す。


「わたしは教会に行ってみるのが一番だと思う。わたしが近づくのは危ないかもしれないけど、教会がどんな所なのか、どんな構造なのかを知ることは絶対に必要だと思うから」


 ディアの言うことには一理ある。

 教会の内部に『治癒の聖薬』の生産施設があった場合、教会の内部構造を事前に知っておくことは必要不可欠なことだと言えるかもしれない。

 しかし、教会も馬鹿ではないはずだ。怪しい影が迫っていると知っていながら、そう易々と無関係な人間を中に招き入れるような真似はしないだろう。ましてや俺たちはこの国の国民でもなく、聖ラ・フィーラ教の信者でもないことから、教会に足を踏み入れる難易度はどうしても跳ね上がる。


「教会に行ってみたい気持ちはわかる。けど……」


「やっぱり危険?」


 俺の渋い表情から、その後に続く言葉を読み取ったディアは先回りしてそう聞いてくる。


「うーん……そうだね。せめてもう少し計画を立ててからじゃないと危険過ぎると思う」


 教会に行く必要性は理解している。だが、思いつきで簡単に行くべきところではないことも確かだ。綿密に計画を立て、安全面を確保してから行くべきところだと俺は冷静に判断を下した。

 しかし、だからといってディアの提案を無下にするわけではない。


「だから今日は服を買いに行こうか」


「……服?」


 不思議そうに首を傾げるディア。俺が何を考えているのか理解出来ないのだろう。


「つまり主は気分転換に買い物をしたいということか?」


「うーん……それもあるけど、でもまぁ半分半分ってところかな。俺たちの服装はこの国では少し目立つからさ、少しでも周囲に溶け込めるように白い服を買っておいた方がいいと思ったんだよ」


「なるほどな。確かに今の服装のままでは余所者であると周囲に告げているようなものだからな。だが主よ……清楚な白い服が私に似合うと思うか……?」


 何とも返答に窮する質問が飛んで来る。

 ここで言葉の選択を間違えてしまえばフラムの機嫌は斜めに傾いてしまうだろう。

 しかし、フラムに清楚な服装が似合うか似合わないかと問われれば、正直答えは……ノーだ。

 勿論、普段のフラムを知っているが故にそう思ってしまうだけで、フラムを知らない第三者が見れば普通に見えるとは思うが。


「……」


「……ほう。主よ、何故そこで黙るのだ?」


 沈黙でこの場を乗り切ろうとしたが、そう上手くはいかないみたいだ。フラムの視線がほんの僅かに鋭く変化していく。


「あー……うん。フラムはスタイルも良いし、お淑やかに振る舞えれば似合うんじゃないかな?」


 焦燥感に駆られながら考えに考えたが、そう返すので精一杯だった。


「それはつまり、普段の私はお淑やかではないと言いたいのだな?」


 努力はした。しかし、努力が実るとは限らないのが世の常。努力も虚しく見事に俺は地雷を踏んでしまったのだった。




 毎度の事のように『ご飯を好きなだけご馳走する』という約束をすることで、何とかフラムの機嫌を取り戻すことに成功した俺は、ディアとフラムを連れて服屋を訪れていた。

 目的は当然、白を基調とした衣服だ。そのため、俺たちが入った服屋は白色の衣類だけを取り扱っている専門店であった。


「いらっしゃいませー」


 店の奥からそんな声が聞こえてくる。

 ここは高級店ではないこともあり、店員がわざわざ客を出迎えるようなことはしないようだ。俺からしてみればその方が気楽なのでありがたい対応である。


 それにしても、店内が白一色で染まっているこもあり、目がチカチカして仕方がない。この場にずっと留まっていれば頭がどうにかなるのではないかと思ってしまうほどだ。


「……どの服も同じにしか見えないぞ」


「……確かに」


 掛けられた服を手に取ってみなければ、それがどんな服なのかさえもわからない。だがディアはどうやら興味津々といった様子だった。


「こうすけ、ちょっと色々と見てきてもいい?」


 その言葉に俺が軽く頷くと、ディアは一人で服を見繕い始めた。手に取っては戻して次に、といった風に様々な服を見て回っているようだ。


「主よ、私たちはどうする?」


「店員にテキトーに見繕ってもらおうか……。正直どれでもいい気がしてきたし」


「うむ、全くもって同意だ。それよりも私はさっさと店を出たいぞ……」


 結局、服に然程興味がない俺とフラムは店員に勧められるがまま、上下ワンセットの真っ白い服を購入。それに対してディアは、何着もの服を購入したらしく、服でパンパンになった袋を大事そうに両腕で抱えながら満足そうに微笑みを浮かべていたのだった。

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