第263話 情報共有

 対等な協力関係を結んだ俺たち『紅』と『比翼連理』の姉弟は、手始めに互いが持つ情報の共有を一時間を超える時間を掛けて行った。

 しかし情報の共有もとい交換といっても、俺たちが持っている情報はエルミールたちと比較すると限り無く少なく、ほとんど一方的に情報を貰う形になってしまったのが心苦しいところではあったが、エルミールたちから文句の声が上がるということはなかった。


 俺たちがエルミールから得た情報は大きく分けて二つ。

 一つは、エルミールとエドワールは孤児院で育ち、その当時の孤児院の院長がボーゼ・レーガー枢機卿であり、今回『比翼連理』に情報を流し、協力を要請したのもその人物だということ。


 もう一つは、『治癒の聖薬リカバリーポーション』の生産と輸出の管理は、聖ラ・フィーラ教の一部の派閥が完全に取り仕切っているということだった。

 そしてその派閥のトップこそが、もう一人の枢機卿であるマヌエル・ライマン枢機卿とのこと。

 国のためになるのであれば、如何なる犠牲も問わない強硬派とも呼ばれるマヌエル・ライマンが陣頭指揮を取り生産している『治癒の聖薬』だが、その詳しい生産工程は同じ枢機卿であるボーゼ・レーガーでさえも、どうやら掴みきれていないらしい。

 しかし、ゼロというわけではない。

 いくら厳重に秘匿されていようが、枢機卿という地位をもってすれば、僅かながらも情報を得ることが出来たそうだ。

 そうして得た情報をボーゼ・レーガーはエルミールたちに伝えた。

 もたらされた情報の内容は『治癒の聖薬』を生産するにはドルミール草に含まれる毒が必要不可欠である、とのことだったらしい。


「だから私たちはギルドマスターに『ドルミール草の採取の阻止』の手伝いを申し出たのよ。ギルドマスターに恩も売れるし、まさに一石二鳥だったわ。まぁ、貴方たちのおかげで色々と計画が狂ってしまったけれども」


 最後のエルミールの言葉は、皮肉が半分、冗談が半分といった割合の可愛らしい? 愚痴だった。

 だが俺はそんな愚痴に付き合うことはせず、後半の言葉を無視したまま話を続けていく。


「事情はわかった。でも、ドルミール草の毒は人を殺せるほどの毒性はないんじゃなかった?」


「その通りよ。過剰に摂取すれば、もしかしたら命を落とすかもしれないけれど、ドルミール草に含まれる毒なんてたかが知れているわ。だから院ちょ……コホンッ! ボーゼ・レーガー枢機卿は不思議に思ったそうよ。どうしてドルミール草が必要不可欠なのだろうかって」


 人を殺すことだけが目的であれば、わざわざドルミール草を用いる必要性はほとんどないだろう。何より、人を殺すだけで『治癒の聖薬』を生産することが可能とも思えない。


「そして悩みに悩んだ結果、ボーゼ・レーガー枢機卿は一つの答えに辿り着いたらしいの」


「答え?」


「この場合、推測と言った方が正しいわね。それでその推測なんだけれど、ドルミール草が持つ毒の性質を利用しているんじゃないかって考えたそうよ」


「毒の性質か……」


 ドルミール草の毒の性質は体内の魔力を暴走させるものだったはずだ。

 ラウロの話を思い出す限り、高熱を出すこと以外に何か異変が生じたなんて話はなかったが、ラウロの話が全て真実であると仮定するならば、ドルミール草を用いる目的は体内の魔力を暴走させることにあるのかもしれない。

 しかし、体内の魔力が暴走することで得られる物やメリットなど果たしてあるのだろうか。


「ドルミール草を用いることで体内の魔力を暴走させているとして、それにどんな意味が? 高熱を出させて意識を朦朧とさせる……とか?」


 そんな俺の疑問に対して、エルミールは神妙な面持ちで首を左右に振る。


「そこまではわからないわ。ただ、体内の魔力が暴走すると熱を出すだけではなくて、魔力を使うスキルが上手く扱えなくなると聞いたことがあるわ。勿論、毒が回っている間だけの話よ」


「つまり、ドルミール草の毒には高熱とスキルを制限するくらいの効果しかないってことか。うーん……」


 八方塞がりになる。

 これ以上議論を続けていても、『治癒の聖薬』に関する有益な意見交換は望めそうもない。

 そんな空気が俺とエルミールの間に流れ始めたタイミングで、それまで暇そうに欠伸を噛み殺していたフラムが突如として口を開いた。


「主よ、ドルミール草に関する話は全部人伝で得た情報なのだろう? だったらまずは、その情報が正しいのか確かめるべきではないか?」


「……確める? どうやって?」


「簡単な話だぞ。ドルミール草を食べてみればいいだけではないか」


「「……」」


 いくつもの白けた目がフラムに向けられる。勿論その中には俺も含まれている。


「魔力が暴走して熱を出すと知っていながらドルミール草を食べる人なんていると思っているのかしら? 先に言っておくけれど、私は絶対に嫌よ」


 フラム以外の全員がエルミールと同じ意見を持っていたのだろう。右に倣えとばかりに、左右に首を振って拒否の意思を示す。


「む……名案だと思ったんだがな」


 どの辺が名案なのか詳しく聞きたいところだ。

 ドルミール草を摂取することで、程度こそわからないものの身体に悪影響を及ぼすとわかっていながら、摂取しようと考える者がいるはずがない。

 ましてやこの場にいる者の体内魔力量は常人のそれを遥かに上回っているのだ。下手に摂取しようものなら、どのような危険が待ち受けているかわかったものではない。


「はぁ……。何だか疲れてしまったわね。今日はこの辺りでお開きにしましょうか」


 緊張の糸が切れた――とはまた少し違うが、フラムの発言によって弛緩した空気になってしまったことは否めない。

 俺もエルミールの提案に同意しようと頷きかけたその時、またもやフラムが口を開いた。


「その前に少しいいか? 実は主に報告があったのだが、今の今まですっかり忘れていたことがあるのだ」


「どうせまたくだらない話なのでしょう? 聞くだけ時間の無駄よ」


 俺に投げ掛けられた話だったのだが、フラムの言葉に返事をしたのは何故かエルミールだった。まるで『これ以上疲れさせないで』と言わんばかりの態度だ。

 またフラムとエルミールの諍いが始まるのか……と思っていたが、そんな展開にはならなかった。

 むしろフラムは不敵な笑みを浮かべ、機嫌良さそうにしていた。


「……フッ。そう思うのであれば、そう思っていればいい」


「それで、その内容は?」


 気取った態度を見せるフラムに話の続きを促す。


「実はだな、教会のすぐ近くに広場があったのだが、その広場の下には地下空間があるみたいだぞ。地下に人の反応がいくつもあったから間違いないはずだ」


「貴女……今の話は本当かしら?」


「私がここで妄言を吐く理由があるか?」


「……あの何もない広場に地下空間があるなんて話は今まで聞いたことがないわね。エドワールはどうかしら?」


「僕も聞いたことないよ、エルミール姉様」


「少し……いえ、とても気になるわね。貴方たち、今夜の予定は?」


 予定を聞いてくるということは、そういうことなのだろう。


「特に無いよ。何時にどこに集合しようか」


 フラムの話を聞いたエルミールの反応を見る限り、広場へ向かうつもり満々なのだろうと察した俺は、予定の擦り合わせを行う。


「未だに監視されている可能性も考慮して、夜更けに集まりましょう。それと集合場所はここでいいかしら? マスターには鍵を開けておくように言っておくから」


 エルミールたちが貸し切っているため、もし監視されているとしても、監視の目が店内まで届くことはまずないだろう。その点から考えると、ここは待ち合わせをするにはかなり都合がいい場所だと言えよう。


「わかった。それじゃあ俺たちは一旦宿に戻ることにするよ。また夜に」


「ええ。また夜に」


 簡単な挨拶を済ませ、俺たちはこの場を後にした。




 そして夜が更け、現在の時刻は深夜の二時を回った頃。

 俺たちはエルミールたちと合流した後、すぐさま例の広場に向かい、もう少しで広場に到着するところだった。

 しかし――


「……ダメね。中に入れそうにないわ」


 深夜にもかかわらず、何故か広場には多くの人だかりが出来ていたのだった。

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