第262話 対等な関係

 エルミールの協力要請を受けるか否か。


 受けた場合のメリットは明白だ。

 新たな情報を得ることが出来る。この点に尽きるだろう。

 しかもエルミール曰く、情報源は『治癒の聖薬リカバリーポーション』の生産に反対している人物から得たとのことだ。つまるところ、『治癒の聖薬』が如何様に作られているのかを知っている人物ということになる。

 あくまでも俺の安易な予想に過ぎないが、エルミールたちに情報を与えた者はおそらく聖ラ・フィーラ教の中でも高い地位を得ている人物の可能性が高い。

 そんな人物から得た情報ともなれば、俺たちが知る由もない有益な情報をエルミールたちが持っている可能性は高いだろう。

 このような観点だけから考えると、協力するのもやぶさかではないと思えてくる。


 だが、デメリットがないわけではない。

 もしエルミールたちの目的が俺たちの目的と大きく掛け離れていた場合、面倒なことになること間違いなしだ。勿論、殺し合いになったとしても、俺たちが負ける可能性は極めて低い。むしろ、皆無と言っても過言ではないかもしれない。

 『比翼連理』の二人が持つスキルを全て知っている俺からしてみれば、俺一人でも余裕をもって勝利することが可能だと思っているほどに、実力が掛け離れているからだ。

 殺し合いに発展するまでもなく、二人を容易に無力化(意識を奪う)出来る自信がある。しかし『比翼連理に勝った』という事実が残り、さらにはそんな噂が広まってしまえば無駄に注目を集めてしまうことになりかねない。

 その点だけが気掛かりであり、面倒だと思っている部分だった。


「それで、どうするか決まったかしら?」


 フラムといがみ合っていたエルミールは、いつの間にかに争いをやめていたらしく、俺に返答を求めてきた。

 けれども、未だに俺は答えを導き出せていなかった。故に答えの代わりに、ある一つの質問を投げ掛ける。


「……まだ決まってない。率直に言うと、エルミールたちの目的がわからない以上、答えなんて出せないよ」


「私たちの……目的? そんなの決まってるじゃない」


 何を今さら、といったように首を傾げながら不思議そうな表情を浮かべるエルミール。


「――『治癒の聖薬』の生産を阻止する。それが私たちの目的よ」


 不思議と俺は、エルミールの返答を聞いても驚くことはなかった。むしろ納得がいっていたほどである。

 しかし、エルミールたちが行動してきた中で一つだけ腑に落ちない点があった。


「やっぱりか。でも、どうしてドルミール草の採取の妨害を自分たちから手伝うとギルドマスターに申し出たんだ? 相反する依頼を冒険者ギルドが受注していると知らなければ、そんな申し出は出来な……い……」


 そこまで口にして、俺はようやく一つの答えにたどり着く。


「あっ……そういうことだったのか。エルミールたちに情報を与えたのは『ドルミール草の採取の阻止』を冒険者ギルドに依頼した人物――ボーゼ・ルーガー枢機卿ってことか」


 冷静に考える必要も、頭を悩ませる必要もないほどに簡単に答えが出て然るべきだったにもかかわらず、どうして今の今まで気付かなかったのかと自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。


「あら、少しヒントを与えすぎたかしらね」


 エルミールの言葉は半ば肯定しているようなものだった。

 しかしながら、二つしかない枢機卿の地位を持つ人物からの情報ともなれば、それは間違いなく有益なものであるはずだ。ましてや『治癒の聖薬』の生産を阻止したいと考えている人物の情報ならば、俺たちの目的に添った情報を得られる可能性が高い。

 そして何より、エルミールたちの目的が俺たちと合致している点を踏まえると、ここは協力関係を結ぶべきだろう。

 

 そう俺は判断を下した。


「……よし、決めた。協力するよ。ただし、対等な協力関係を結びたいと思っている」


「対等な協力関係、ね。それがどんな関係なのか、具体的に教えてちょうだい?」


「具体性とかは特にないよ。ただ、上も下もない関係を結びたいと思っただけだから」


「要するに、一方的な命令はお断りってことかしら?」


「そうだね。そう思ってくれて構わないよ」


 俺の返事を聞いたエルミールは、右手の人差し指を唇にそっとあて、考え込むような仕草を見せる。だが、笑みを隠しきれていない表情からして、あくまでも考え込むフリをしているだけのようだ。


「ふふっ。わかったわ。その『対等な協力関係』とやらを結びましょう」


 ベッドから立ち上がったエルミールは右手を俺に差し伸べてくる。そして俺は、差し伸べられたその右手を優しく握り返したのであった。


――――――――――――――――――


 聖ラ・フィーラ教の司教であり、ラバール王国とノイトラール法国を往き来する輸送部隊の隊長でもあるホラーツは、教会本部に設けられている自室の中で落ち着きなく右往左往していた。

 しかし彼の心情を考えれば、それも仕方がないことではある。

 確信にこそ至っていなかったものの、追跡者の存在に気付いていたにもかかわらず放置してしまうという失態を犯し、マヌエル・ライマン枢機卿に咎められてしまったのだから。


 そんなホラーツは今、部下からの報告を待っていた。いや、待ち望んでいるといった方が正しいかもしれない。

 そしてついに、待ち望んでいたその時が訪れる。


 重厚な木製の扉が二回ノックされる。

 ホラーツは、はやる気持ちを抑えきれずに自らドアノブを捻り、来訪者を迎え入れた。


「ホラーツ様、報告がございます」


 来訪者の正体はホラーツの期待を裏切ることなく、待ち人であった部下だった。

 ホッと安堵の息が漏れそうになるホラーツだったが、部下の前でそのような真似は見せられないと己の感情を律する。


「ご苦労様です。それで、何か掴めましたか?」


 労いの言葉を部下に投げ掛ける余裕こそ見せることは出来たが、別の見方をすれば、それしか出来ていなかった。

 何の前置きもなくホラーツは部下に報告を促す。


「追跡者の正体こそ未だに判明していないものの、だいぶ絞り込むことが出来ました。十中八九追跡者の正体は冒険者であると考えております」


 報告を聞いたホラーツは、舌打ちをしたい気持ちと調査が多少なりとも進展したことを喜ぶ気持ちで板挟みになるが、それを表情に出さない自制心は持ち合わせていた。


「その根拠は?」


「はい、調査に法国の兵士を使うなとのご命令だったので、貧民街に住み着くごろつきを使い、国中のあらゆる場所を監視させました。その結果、冒険者ギルドを監視させていた二十名の内の三名の消息が途絶えたのです」


「仕事を放棄しただけという可能性もあるのでは?」


「いえ、その線は限り無く低いかと。報酬は調査終了後に支払うことになっていましたし、ごろつき同士を互いに監視させ、裏切りを働いた者を見た者には別途報酬を支払うと告げていましたので」


「……なるほど、そうでしたか。そして、裏切り者を見た者は誰一人としていなかった、というわけですね」


「仰る通りでございます」


 部下が持ってきた報告は吉報と言っても過言ではない内容だった。

 無論、まだ追跡者の正体が冒険者である確証がないことくらいはホラーツも理解している。偶然、冒険者ギルドを張っていた者が何者かに害された可能性も十分に考えられるからだ。

 しかしホラーツは、その可能性を切り捨ててもよいと考えていた。

 偶然を追っても切りがないし、何より今は一刻を争っている事態。小さな可能性を追っている時間などホラーツには残されてはいなかった。


 それらを踏まえ、ホラーツは部下に新たな命令を下す。


「でしたら調査をもう一段階進めるとしましょう。入手した入国者リストから冒険者だけを抽出して下さい。お願いしますね」


「かしこまりました、ホラーツ様」

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